60.進展
ラーズグリフの家の前まで来たはいいが、そこからどうすればいいのか意外に困った。
無骨な木の扉にはチャイムもベルもない。
外から大声で名前を呼べば出てくるのかもしれないが、パララメイヤとユキナがいる手前、それもなんだかやりにくいように感じた。
とりあえず、という感じでアラタは家の扉をノックしてみる。
すると、ありがたいことに中から足音が聞こえ、すぐにラーズグリフが姿を現した。
あいも変わらず典型的なドワーフの姿で、アラタを見て、
「おお! 右目の! どうしたんじゃ? ワシにもっと細かく調べてもらうつもりになったか?」
ユキナが「右目の?」とつぶやいていたが、アラタは反応しなかった。
「いえ、痛いのは嫌なので。アナタは魔道具の専門家かなにかなんですよね?」
「いかにも」
とラーズグリフは胸を張る。
「ちょっと見てもらいたいものがあるんですが」
「いいぞ、中に入れ。後ろのおねーちゃん達もな」
話が早くて助かった。
ラーズグリフに導かれ、研究室とは名ばかりのゴミ屋敷に足を踏み入れる。
YUKINA-RES:さっきの右目のって聞かれてたのなんなん?
ARATA‐RES:ラーズグリフはエミュレーションレベルの高いNPCみたいなので、特徴について反応するんだと思いますよ。
背後でユキナの納得していないような気配が伝わってくる。
実際、ユキナに話したらどうなるのだろうか。
アラタがアルカディアから移動できなくなっており、その裏にエデン人が関わっていることを。
ユキナはゲームに熱中するタイプに思える。
話しても保安委員会に通報せず、意外と目をつぶるかもしれない。
しかし話したところで利点があるかといえば、それは疑問だ。
アラタは考えを振り払い、ラーズグリフに意識を戻した。
今は考えても仕方がない。
それにユキナとはどれくらい付き合いが続くかもわからないのだ。
家の奥にある、ラーズグリフが研究室と自称する部屋に入った。
以前と変わらぬ散らかり具合だ。
部屋に入ったユキナが、
「えっらい散らかっとるなぁ、なんやここは」
お前が言うのか、とアラタは思った。
ユキナの工房とて似たような散らかり具合だったのだから。
「ここがワシの研究室だ。さあ、何について聞きたいんだ?」
「聞きたいのはコレについてです」
アラタはインベントリから壊れた魔道具を取り出す。
「ふーむ、ちょっと調べさせてもらっていいか?」
アラタは魔道具をラーズグリフに渡した。
ラーズグリフは壊れた魔道具を作業台に持っていき、何やら色々な器具を使って調べている。
「これってたぶん、イベントが進んでるんですよね?」
パララメイヤが小声で言った。
「せやんな、こういう動きをしてるってことはたぶんビンゴや」
ここまで来てあの杖がなんなのかわからんでは終わらないだろう。
アラタも同意見だ。
しかし、前回は結局わからんで終わってしまった。油断はできないかもしれない。
「おい、右目の。コイツはどこで手に入れた?」
ラーズグリフの声が真剣味を帯びている気がした。
「市場のくじで当てましたよ」
ラーズグリフが振り返り、アラタに疑惑の目を向けてくる。
「本当か? まあいい」
ラーズグリフが戻ってきて、アラタに魔道具を返した。
「なにかわかりましたか?」
「時逆の杖だよそれは。ワシの目に狂いがなければな」
「時逆? どういうものですか?」
「その名の通り、時間を戻す伝説級のアーティファクトだ。くじで当てた? 信じられんね。なぜそんなものを持ってる?」
「本当にくじですよ。直せますか?」
ラーズグリフは沈黙してアラタを見つめた。
それから諦めたように一瞬目をつぶり、
「まあお前さんにも事情があるんだろうな。直せるぞ。素材さえあればな」
本当にくじで当てたものなのだが、ラーズグリフはそれを信じるつもりはないようであった。
「直すには何が必要なんです?」
「時を経た霊樹の枝だな。それがあれば直せるはずだ」
「それはどこで手に入りますか?」
ラーズグリフはため息をつき、
「まったく、最近の若いやつはなんでも聞けばいいと思っておる」
「わからないんですか?」
ラーズグリフはムッとし、
「わかる」
「じゃあ教えて下さいよ」
「もう少し人に教えを乞う態度ってものがだな」
「おじさま、教えていただけませんか?」
割り込んできたのはパララメイヤだった。
両手を重ねて懇願するその様はいかにもわざとらしかったが、パララメイヤの場合は素でやっているのだろう。
「ウチからもお願いするわ、お・じ・さ・ま」
ユキナの方は絶対にわざとだろう。
それでもラーズグリフには効果があったようで、オホンと大きく咳払いをしてから、
「少し離れているが、ガンラ山道から東に行った森に、かなり古い霊樹がある。その枝ならば修理に使えるだろう」
「ありがとうございます」
パララメイヤが素直に礼を言った。
「それを持ってくれば直してくれるんですよね?」
「持ってこられればな」
ラーズグリフの言葉には挑戦的な響きがあった。
「なにかあるんですか?」
「時を経た霊樹には生命が宿る。そう簡単には取らせてくれんぞ」
まるで霊樹と戦いになるような言い草だ。
実際そうなるのかもしれない。
「構いませんよ、腕には覚えがあるので。そっちこそ持ってくれば本当に直してくれるんですよね?」
「ワシを誰だと思っとる。魔道具の権威だぞ」
パララメイヤとユキナに念信を飛ばした。
ARATA‐RES:ということでクエストだと思いますが、受けていいですよね?
YUKINA-RES:望むところや!!
PARALLAMENYA-RES:わたしもやりたいです。
二人とも即答だった。
「では持ってきます。修理お願いしますよ」
「無事帰ってこられるといいがな」
ラーズグリフの家を出て、ジャーナルを確認すると、確かにイベントクエストが発生していた。
このクエストのボスがアラタの開放条件になるかはわからないが、進展はしたわけだ。
それに報酬がレアアイテムとなるとかなりいい流れともとれる。
用意されたレールの上を走っている感じはどうにも気に入らないが。
アラタは二人に確認を取る。
「クエストですけど、いつ行きますか? 出来るだけ早いほうが僕としては有り難いです。あと、ロンにも手伝って欲しいのですが大丈夫でしょうか?」
「ウチは今からでも行けるわ。ロンも声かければ大丈夫や」
「わたしも大丈夫ですよ。まだ午前ですし、すぐに行けば暗くなる前には終えられますよね」
話が早いと助かる。
「では行ってみましょうか。霊樹の枝を取りに」




