6.死の気配
アラタがマップの印がついている地点に到着すると、そこには洞穴があった。
丘の麓の岸壁にある洞窟で、入り口からしてそれなりの広さがある。
たぶん、自然地形というよりは、何かしらのイベントで使用されるタイプの洞窟なのだろう。
入り口の横には松明台が置いてあり、そういうところからもそういった雰囲気を感じさせる。
ここをあのラルフという男のクラン、ユグドラは仮拠点として利用しているわけだ。
クラン勧誘のために親睦会じみたものをしようとするならば街の酒場でもいい気がするのだが、そこらへんは他のプレイヤーに聞かれたくないような内密な話をする可能性も考慮してのものなのかもしれない。
こういった場所だと敵も湧きそうなものだが、さすがに対策はしているだろう。
アラタは洞窟の入り口に立ち、そこでぎゅるりとお腹がなった。
便意ではない。空腹だ。
遊戯領域の中だろうと腹は減る。
空腹や睡眠などのグローバルステータスは全領域共通だ。
通常ならば一旦ログアウトするか、それともこの領域で食事をするかというところだが、クラン勧誘の親睦会ならば、食事くらいは用意してくれているはずだ。
現地料理、というのはなかなか信用できないのだが、この際仕方がない。
リアリティとやらを追求したが故に、食事の質のアベレージが酷いことになっている遊戯領域はそれなりに存在する。
安定を取るならば個人領域かセカンディアのどこかで飯を食ってから戻ってくるのが一番いい。
が、時間で約束している以上は行くしかないだろう。既に遅れているのだ。
アラタは洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟内の道は一直線で、分岐はないようだった。
中は思いの外明るい。松明が等間隔で配置され、視界には困らなそうだ。
明るいぶんだけ、歩きながら洞窟内の様々なものがよく見えた。
比較的滑らかな岩肌に、歩きやすい地面。そこには色々なものが落ちていた。
ぺしゃんこに潰れた革袋、錆びて放置されている短剣、蝋燭のない燭台、それに上半身と下半身が両断されたプレイヤーの死体。
上半身は地面に突っ伏し、少し離れたところに下半身がある。
どうみたって蘇生待ちだ。このゲームの仕様として、デスペナルティがアホみたいに重い代わりに、三十分の間は蘇生の受付時間として待機できる。
その時間内に蘇生アクションを受けることができれば、最低三日間はログインできない事態を避けられるわけだ。
この死体も、死亡後に一縷の望みにかけて蘇生待機をしているのであろう。
残念ながらアラタには蘇生ができるスキルもアイテムもなかった。
ここで重要なのは、蘇生受付時間内の死体に遭遇した、というところだ。
つまり、この気の毒なプレイヤーは直近三十分以内に殺されたということになる。
そうなれば、この洞窟内にはこのプレイヤーを両断した何者かがいる可能性が非常に高いということだ。
普通に考えれば引き返すべきだが、アラタは進むことにした。
単純に、興味があった。
このプレイヤーを殺したのが何者なのか。
とんでもない敵がいる洞窟を仮拠点にしたとは考え難い。
あるいはそうとは知らずに拠点にし、帰ってきた敵に殺されたのか。
アラタが進むと、次々と死体が見つかった。
首のないもの、腕がもがれ胸に大穴の空いたもの、足を切断され、逃げ惑いながらも背後からトドメをさされたと思しき遺体。
しばらく進んだ先に、大きな空洞になっている場所が見えた。
あそこが本来集まる場所だったのではないかと思う。
そこに近づけば近づくほど、死体の数は増えていた。
その中には、アラタの知っている顔もあった。
ラルフだ。
アルパの街で勧誘のシャウトをしていた快活な男。
判別のしにくい状態になっているが、間違いない。
右目が潰れ、袈裟斬りに両断された上半身だけが確認できた。
たぶんこの先に、この惨状を引き起こした犯人がいる。
ユグドラの面々は、腐っても攻略組なはずだ。
参加自体が難しい遊戯領域の、しかも早期攻略を目指そうという面子である。
必ずしも腕が伴うとは限らないが、それでも平均としてみれば良いプレイヤーが揃っていた確率が高い。
そんな面子を、これだけ無惨な死体に変えたのはどんな恐ろしい怪物なのか。
アラタは、恐怖よりも遥かに大きな興味に惹かれて足を進める。
『死ぬ』ということがなくなったシャンバラの人間は、総じて恐怖心が薄い傾向にある。
洞窟の大空洞は予想を超えた惨状だった。
地面が血で赤黒く染まり、どこを見ても死体があった。
その数は十ではきかない。
どの死体も巨大な刃で切断されたような傷がある。
そして、空洞の中心に、その犯人がいた。
この惨状を引き起こした怪物、なのだろう。
しかし、その姿はアラタが描いた想像とは大きく違っていた。
太古の昔から最も危険な生き物は、二本の手があり、二本の足があり、自分と同じ言葉を喋るものだ。
そこには、少女がいた。
薄い赤色の長髪、初期装備のままらしき服は血に染まり、恍惚とした表情で空洞の中心に佇んでいた。
その少女が犯人だと特定するのは容易だ。なぜなら、その手には少女に似つかわしくない物騒な大鎌が握られているからだ。
あどけないその顔には傷ひとつなく、その血が全て返り血なのは明白だ。
目で見たものを鵜呑みにするならば、その少女はユグドラのメンバーと、勧誘に乗ってこの場に来た全てのプレイヤーを皆殺しにしたということになる。
少女が空洞の入り口に立ったアラタに気づき、死体の山の中では絶対に相応しくない笑顔を浮かべた。
少女は口を開かずに、言う。
MEILI-RES:あら? まだお客さんなの? パーティはもう終わったと思ったのだけれど。