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56.協力要請


 報酬の武器は、翌日の午後には完成させるという約束だった。

 

 アラタはユキナの工房に向かっていた。

 報酬として武器を受け取るためだ。

 

 昨日はひどい飲み方をして記憶がほとんどないが、今日の午後に来てくれれば渡せるという話は覚えていた。

 向こうがそれを覚えているかは正直なところかなり怪しいと踏んでいるが、忘れていたらそれはそれだ。


 武器の受取り以外にも、アラタには狙いがあった。


 アラタがこの領域から開放される条件は、推定ではあるが六体のボスエネミーを倒して試練とやらをクリアすることだ。

 メインの探索ダンジョンで戦わされるボスは確定でこの条件に含まれている。

 しかし、それだけだと六体のボスに届かない。


 城塞都市ガイゼルから先は、重要拠点が二つ、その道中のダンジョンが二つという構成になっているとパララメイヤから聞いている。

 そうなると探索で倒すべきボスは四体しかいない。

 となれば、サブクエストで条件になっているボスを探し出すしかないわけだ。


 たまたまではあるが、パララメイヤと一緒に行ったダンジョンのアポストロスベアーは試練の条件だった。

 この一件でサブクエストの中にも試練の条件となるボスが存在するのは確定している。


 ならば今のうちから、同じような試練の条件になっているサブクエストを探してしまおうというわけだ。

 どうせレベリングはまだしなければならないのだ。

 レベリングをしつつ、忌々しい戒めとやらの解除条件を満たそうとするのは最も効率的な動きになる。


 その件について、ユキナ・カグラザカに打診してみようというわけだ。

 無論、アラタが厄介な状態になっている件は伏せる。

 大ボスが存在するサブクエがあり、それを探したいといえば十分だろう。


 こちらも手が足りない状況だ。

 アラタが確実に頼れる知り合いといえば、パララメイヤ・スースルーのみだ。

 メイリィは未知数過ぎて数にいれるわけにはいかない。


 幸いと言ってはなんだが、ユキナ側も人手は足りないはずだ。

 ボッタクリの代償として、ユキナは他プレイヤーにすこぶる嫌われていると言っていた。

 それならば、協力関係を築くのは難しくないとアラタは考えた。


 相も変わらずスラム街じみた街を行き、アラタはユキナの拠点へと着いた。

 布がかかっているだけの入口に踏み入ると、中には前回と同じようにロンがいた。


「今日の午後には武器を仕上げてくれるって話だったと思いますが、終わってますか?」

「ああ、終わってるよ」

「良かった、記憶違いだったらどうしようかと思いましたよ。なにせ昨晩はさんざんだったので」


 ロンが思い出したくないものを思い出したような、苦い顔をした。


「とにかく、早いとこお嬢のところへ行ってくれ。着いたら即通すように言われてるんでな」


 そう言ってロンは奥の扉へと進むように促してくる。

 アラタがロンの横を通り抜ける際に、ロンがぼそりと言った。


「お嬢に変なことするんじゃねぇぞ」


 アラタは立ち止まり、


「変なことってなんですか?」

「変なことは変なことだよ、お嬢が待ってるんだ、さっさと行け」


 ロンはぶっきらぼうに言い捨ててそっぽを向いてしまった。


 アラタは構わずユキナの工房に足を踏み入れた。

 前回来た時と変わらぬ散らかり具合だ。


「アラタ! 待っとったで!」


 ユキナが笑顔で迎え入れてくれた。

 ここは前回とは大きく違うところだ。


「ずいぶん早くできるんですね」

「材料は揃ってたからな。材料さえあれば作るのはすぐや」


 ユキナからのトレードの申し出が網膜に表示される。

 アラタ側からは何も提示せず、一方トレードで武器を受け取った。


 月影+2

 攻撃力36


 笑えるくらい強そうだ。

 アラタが苦し紛れに買った無銘+1の実に三倍の威力がある。

 早速装備して握りを確かめる。悪くない感触だ。


「どや? ちゃんと色も付けて強化しといたで」


 ユキナは言って、自信満々のドヤ顔をしている。


「街ひとつ分武器更新を我慢して、次の街の最強武器を買った時はよくこういう気持ちになりますね」

「わかるわそれ」


 ユキナは実に上機嫌に見える。

 耳がぴょこぴょこ動いているのは、やはり感情と連動しているのだろうか。


「それとこれや」


 再度トレードの提示。


 提示されたアイテムは征伐者の杖。

 パララメイヤ用にと頼んだキャスター用の装備だった。


「一応聞くけど、誰用の装備なん? それ」

「友人用ですよ。リルテイシア湿原を一緒に攻略してくれたね」

「ひとつでよかったんか?」

「どういうことです?」

「キャスター用の武器は言われて作ったけど、他の面子は?」

「いませんよ、そんなの」

「どゆこと?」

「湿原は二人パーティでクリアしましたから」


 ユキナは一瞬ポカンとした顔をしたが、すぐに笑みを見せた。


「さすがやな。すごすぎてちょっと笑えるわ」

「やりたくてやったわけじゃないですけどね」


 ユキナはくっくっくと笑い、


「今バザーじゃ身代わりの護符が結構な値段で取引されとる、なんでかわかるか?」

「いきなりなんの話です?」

「攻略法の話や。あそこDPSチェックはやっぱり厳しいらしくてな。そいで武器もミラーによっちゃ手に入りにくい。そこで生み出されたのが身代わり戦略や」


 だいたい話が読めてきた。


「DPSチェックをミスしたあとの全滅技にも、身代わりの護符は有効なんですか?」

「ご明察。といっても三十秒くらい経ったら再度全滅技が来るらしいけどな。でも、それだけ猶予が作れればなんとかクリアまでにはこぎつける。みんながそこまで苦労してるコンテンツを二人でクリアとは、そら笑うわ」


 ユキナは不思議と満足そうにしているように見えた。


「ところで……」


 ユキナの雰囲気が変わる。


「その友人って、女か?」

「どうしてそんなこと聞くんです?」

「いや、べつに参考までにな。ほら、防具まで作るみたいな話になったら、男女で装備が違ったりするやろ?」

「女性ですよ」


 ユキナはわざとらしいニヤニヤ笑いを浮かべて、


「それってつまり、コレか?」


 そう言って小指を立てる。


「違いますよ。ただ、ちょっとじゃ返せない借りがあるんでね」

「そっかそっか、ただの友達か」

「なんなんです?」

「なんでもない。とにかく、これで約束は果たしたわ。今後も困ったらいつでも声かけてな。友人価格で提供したるわ」

「それなんですけど良かったら協力しませんか?」


 ユキナの答えは早かった。


「ええで」


 交渉することになると考えていたアラタは言葉に詰まった。


「どしたん? 変な顔して」

「いや、まだ細かい話もしてませんでしたし」

「どうせレベリングか、次の探索ダンジョンの話やろ?」

「前者ですね」

「なんか行きたいサブクエでもあるん?」

「行きたい、というか探そうと思ってるクエストがありまして」

「ふむ?」

「この装備なんですが」


 アラタは月乙女の忍衣を指さし、アイテムの情報を飛ばした。


「えっらい強いなぁ……その装備」

「これはフィーンドフォーンの、発生条件が面倒そうなサブクエストで偶然入手したものです。そこには探索ダンジョンのボスのような、強力なボスがいました。たぶんこのガイゼルにも、そういった強力なボスがいるサブクエストがあると思うんですよね」

「その言い方だと、報酬よりもボスと戦いたいように聞こえるなぁ」


 事実ではあった。


「僕より強いやつに会いに行くってやつですよ」

「かっこええな」


 冗談でお茶を濁したつもりであり、ユキナも茶化して返してきたのだと思った。

 しかし、その瞳にからかいの色はなく、至極真面目な顔でアラタを見返していた。


「まとめると、強敵討伐に関わるクエスト探しとその攻略を手伝ってほしいってことやな?」

「その通りです」

「乗ったわ。ウチとロンもどうせレベリングせなアカン。こっちでもその手のクエスト探してみるわ。なんやその顔、なんか不満なん?」

「話が簡単に通り過ぎて、なにか裏があるんじゃないかと勘ぐっているところです」

「あるよ、裏」

「なんです?」

「アラタと一緒に遊べるからや」


 その言葉を発するユキナはえらく艶っぽく、昨夜の表情を彷彿とさせた。

 しかし、その顔はすぐにいたずらっぽい笑みに変わる。


「からかわないでください」

「バレた?」


 んふふーと笑うユキナは楽しそうだ。


「とにかく、見つけたら念信で連絡ください。こっちもガイゼルで探してるんで、見つけたら連絡します」

「あいわかった、どっちが先に見つけられるか勝負やな」


 アラタは踵を返す。

 部屋を出ると、再度ロンが話かけてきた。


「おい、変なことしなかっただろうな」

「してませんよ」

「ホントかぁ?」


 覗き込むロンは大層ガラが悪く見えた。

 そんなロンを無視して、アラタはユキナの拠点を出る。


 武器は受け取れた。

 協力も取り付けられた。

 とにかく目的は達成できたのだ。


 ユキナの思惑は気になったが、考えるだけ無駄な気もした。


 帰り道、ユキナの艶っぽい表情が、頭を離れなかった。


 


 

 


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