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53.お花畑野郎


 アラタは闘技場内に入り、NPCの観客たちを眺めて不思議な気分になっていた。

 思えば、これだけ賑やかな舞台で戦うのは初めてだ。

 

 闘技場の中央に向かう際に、ヤンが配置した札が落ちていたので蹴飛ばしてみる.

 わかってはいたが、札は地面に張り付いたようになっていて動かなかった。

 そう甘くはないらしい。


YANG-RES:無駄ですよ、その札は一度貼り付いたら剥がれません。

ARATA-RES:まあ一応やってみようと思いまして。やるだけならタダですし。


 先に闘技場の中央にいたヤンは、爽やかな笑顔でアラタを迎えた。


YANG-RES:ところで、純粋な疑問なのですが、あなた達はなんなのですか?

ARATA-RES:  ?  :IMAGE ONLY

YANG-RES:先程のメイリィ・メイリィ・ウォープルーフの試合放棄は仲間割れか何かですか?

ARATA-RES:ああ、そのことですか。あれは僕に勝ち星を譲ってくれただけだと思いますよ?


 ヤンは不敵に笑う。


YANG-RES:面白いことを言う人ですね。

ARATA-RES:ジョークを言ったつもりはありませんけど。

YANG-RES:あなたはさっき私の札を蹴っていた。つまり、何が用意されているのかある程度は理解しているわけだ。

ARATA-RES:厄介なスキルの準備が整っているんでしょうね。

YANG-RES:それがわかっていて勝てると思っているなら、相当な自信家だ。


 アラタが抜刀する。

 アナウンスは煽りに煽り、会場のざわめきは最高潮に達している。


YANG-RES:気に病むことはないと思いますよ。

ARATA-RES:なにをですか?

YANG-RES:この状況から勝てる者なんて存在しませんから。


「それでは決勝戦第四試合!!」


ARATA-RES:いいんですか?

YANG-RES:  ?  :IMAGE ONLY

ARATA-RES:それだけ大口を叩いていると、負けた時恥ずかしいですよ。


 ヤンは笑う。


YANG-RES:その言葉、そのままお返ししますよ。


「開始!!!!」


 アナウンスが開始の号令を告げたと同時だった。


「剣舞・色想八卦呂呂終曲」


 ヤンの囁くような発声。


 アラタが近づく間もなく、ヤンがスキルを発動した。

 地面に設置された札から光の線が走り、六芒星が描かれる。

 そうしてアラタを囲むように、無数の黒いモヤが浮かんでいた。


 黒いモヤから現れたのは、日本刀だった。

 何十という日本刀が、アラタに刃を向けて浮かんでいた。


ARATA-RES:ああ、よくあるやつですね。

YANG-RES:よくあるやつ?

ARATA-RES:こうやって武器を飛ばしてくる攻撃、ゲームだと見るじゃないですか。これ系っていったいいつのなにが元祖なんですかね?

YANG-RES:時間を稼いでるつもりですか?

ARATA-RES:いえ、でも思ったよりなんとかなりそうだな、と。

YANG-RES:これを見て、しのぎ切れる自信がありますか?


 ヤンは両手を広げ、無数に浮かぶ刀を示していた。


ARATA-RES:僕は延々とゲームをやってきた男で、似たようなやつは嫌になるほど体験してるんですよ。

YANG-RES:なるほど。これも同じようにしのげるといいですね。

ARATA-RES:なんとかしますよ。では、


「どうぞ」


 最後は口に出して言った。

 何十という刃が、アラタに向かって殺到した。


***


 ユキナは甘く見ていた。

 アラタ・トカシキという男を。


 アラタは宙を浮かぶ無数の刃に襲われていた。

 ユキナが認識できる範囲でも、常に五本以上は同時にアラタを突き刺そうとしているように見えた。

 全方位から襲いかかるそのすべてを無傷でどうにかするのは、不可能にしか思えなかった。


 それを、アラタ・トカシキは完全に凌いでいた。

 一分の無駄もない、背中に目が付いているような動きで。


 どうしてそんなことができるかわからない。

 宙に浮かぶ刃の群れは、一瞬たりともアラタを攻撃していない時はなかった。

 それでもアラタには、傷一つ付けられていない。

 最小限の動きで防御し、その最小限の動きが次の防御の予備動作になっている。

 なぜそんなことができるのか、本当に信じられない。

 アラタが未来予知ができると言ったら、ユキナはそれを信じてしまうだろう。


 仮にユキナがあそこに立っていたならば、三秒と持たずにハリネズミになり敗北するはずだ。

 

 本来なら恐怖そのものであるはずの死の嵐を、ユキナは見惚れるような目で見ていた。

 その中で踊る、アラタ・トカシキの存在によって。


 ユキナは戦闘の腕にはそれほど自信がない。

 だから、サモナー系のクラスであるからくり士を選んでいる。

 だから、商人としての活動を中心にしたプレイをしている。


 そこに後悔はなく、ユキナはユキナなりに楽しんでいる。

 しかし、はるか昔、ユキナが遊戯領域で遊び始めた当初には強いプレイヤーであることを夢見たものだ。

 神業のような腕を持ち、誰にも負けない無敵のプレイヤーを。


 アラタは地獄の中にありながら、未だに被弾していない。

 ある種の芸術とも言える動きで刃の嵐を凌いでいる。


 目の前にはユキナの理想の姿があった。

 アラタは凌ぐどころか、四方八方から飛来する死を前に、僅かずつではあるが前進し始めていた。

 対するヤンの顔には明確な焦りが見える。


 アラタ・トカシキはユキナの理解を超えた動きでヤンへの距離を詰める。

 今までにない、跳躍とも言える踏み込み。

 一目で無茶としか思えない距離の詰め方であるのに、なぜか刃はかすりもしない。

 ユキナには何もわからないが、被弾しない確信があっての突進なのだろう。

 

 そこで唐突に、アラタの頭の上に花が生えた。

 文字通りの花だ。ちょっとデフォルメされた、いかにも間抜けな感じのする花。

 忍者が忍術を失敗した時に生やす、謎のペナルティである。

 このせいでフォーラムの忍者アンチは、忍者のことを「お花野郎」だの「頭お花畑」だの散々罵っている。


 アラタがちょっと慌てたような様子で軌道修正し、体を捩って刃を躱す。

 アラタは刃を避けながら後退し、アラタとヤンの距離が再度離れる。


「チッ、あの野郎、こんな場面で花ぁ生やしやがって」


 ユキナの隣にいたロンが愚痴っぽく言った。

 しかし、ユキナがアラタの生やした花に感じたのは、それとは真逆のものだった。


「ロン、アンタはあの技を無傷で切り抜けられるんか?」


 それに対し、ロンは黙った。


「黙ってないで言うてみ。あれを避けられるんか?」


 ロンは絞り出すように言う。


「それは……無理です」

「せやんな、それが普通や。全方位からの絶え間ない刃。まともじゃない反射速度に、背中に目でもついてないと五秒と生きてられんやろ」


 アラタはまだ無傷でしのぎ続けている。

 頭に花を生やしながら神業じみた動きで回避を続けるその姿は、なかなかにシュールなものだった。


「それにあの花や」

「ね、すごいよね」


 メイリィもユキナの言葉に同意した。


「何がすごいんですか?」


 ロンだけが理解していない様子で問いかけてくる。


「アンタなぁ、腕はいいのにオツムはどうにかならんのかい。忍術の印を失敗した時のペナルティが出たってことはつまり、あの攻撃を防ぎながら、なお反撃しようとしたってことやろ」

「あ……」


 あまりにも凄まじい動きだった。

 ユキナは一瞬たりとも見逃さないようにその光景を見ていた。


 ユキナの頭の中には、アラタ・トカシキがどれだけ使えるかなど考える余裕はなかった。

 ただ、その動きを見て胸が高鳴っていた。


 ヤンの攻撃が始まって一分ぴったりで、刃の群れは黒いモヤに包まれて消えていった。

 

 後には無傷のアラタと、呆然とするヤンだけが残されていた。

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