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52/202

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「これでだいぶ楽になったわ」


 メイリィの勝利を見て、ユキナは上機嫌だった。


 確かにそうだろうとアラタも思う。

 相手の陣営にはもうヤン・イェンシーしか残っていない。

 ヤンが勝つにはアラタ達を三人抜きしなければならないわけだ。

 しかも、限られたMPと回数制限スキルを使ってだ。


 そんなヤンに対し、メイリィはほぼスキルを使った形跡がない。

 アラタとて油断をするつもりはないが、こちらの勝ちは濃厚に思えた。


 それでも相手方のヤンは闘技場に歩み出ていた。

 その目に悲観する色はまるでなく、闘志はいささかも衰えていないようだった。


 死神の鎌を持った少女と、白髪のエルフが向き合っていた。


 ヤンはメイリィと対峙した時には武器を持っていなかったが、右手が黒いモヤのようなものに包まれたかと思うと、その手には刀が握られていた。

 その出現方法はインベントリからの抜刀には見えなかった。


「ヤンのクラスは陰陽師やね」


 ユキナが言った。


「どういうクラスですか?」

「近接サモナーって言い方が一番近いか。武器や使い魔(ファミリア)を駆使して戦うクラスや」


 ヤンの持っている刀は、アラタの忍者刀よりも一回りは長かった。

 アラタが先鋒を取れていたらいい感じのチャンバラができたと思うと、少し残念ではあった。


 メイリィが何か冗談を飛ばしたのか、ヤンが笑っていた。

 そこから緊張は感じられず、戦い慣れしている気配だけが感じられた。


 アナウンスがヤン側のチームには後がないことを散々捲し立てたあと、いつも通りの試合開始合図をした。


「それでは決勝戦第三試合!! 開始です!!」


 開始の号令と同時に、ヤンがその場に紙の札のようなものを落としていた。

 地面に落ちた時点では何も起こらず、札は地面に貼り付いているように見えた。

 トラップの類なのかもしれない。


 戦いはそこから始まった。

 その時にはもう、メイリィは闘技場の半分以上の距離を詰めていた。

 ヤンが遅れてメイリィへと走り始める。


 最初の一合から妙だった。


 メイリィの大鎌が空振り、ヤンの一刀がメイリィへと迫った。

 メイリィは大鎌をバトンのように回し、柄でその一刀を受けた。

 そのまま刀が柄を滑りメイリィの指を狙う。メイリィは指を離して距離を取った。

 

 おかしい。

 アラタはそう感じた。

 アラタであれば、ヤンの一刀に対して素手でも反撃を入れられた自信がある。

 メイリィがそうせず、ただ緩い回避行動を取ったのは酷い違和感があった。

 出来ないとは言わせない。アラタが余裕を持って出来ると感じた動きを、メイリィが出来ないはずがない。

 そうであるならば、今の一合には何かしらの意図があったに違いない。


「何か変じゃないですか?」

「何が?」


 ユキナは今のやり取りに何も感じていないようだった。


 メイリィはヤンを見て動かずにいる。

 ヤンも一旦引く姿勢だ。

 距離を取り、再度札のようなものを地面へと落とす。

 

 ヤンの前に黒いモヤが現れた。

 モヤの中から狼のような召喚獣が現れた。

 

 ヤンが召喚獣をけしかけ、自身はさらに距離を取るように動く。


 メイリィは召喚獣を一撃のもとに切り裂きヤンへと迫るが、やはりどこか迫力にかけていた。

 まるでわざと戦いを長引かせようとしているかのように。


 メイリィが追い、ヤンが逃げる。

 注目すべきは、ヤンは逃げながら札のようなものを配置している点だ。


「あれはマズイで」

「あれって、あの紙ですか?」

「そうや、あれは大召喚の準備やろうな」

「大召喚? 名前からして弱くはなさそうですがどういうものですか?」

「だいたい必殺。陰陽師は近接でありながらキャスターの大魔法のような大技が使えるクラスや。本来ならそうさせないように立ち回るべきなんやろうけど、メイリィは……」

「わざと準備をさせているように見えますね」


 メイリィのおかしな動きの正体がわかったかもしれない。

 まさしくわざと準備させているのだろう。

 今までの戦いが手応えがなさすぎたせいもあったのかもしれない。

 ヤンに最大最強の攻撃を出させて、それを破った上で勝つことを狙っているのだろう。

 メイリィならいかにもやりそうな気がした。


 ヤンは召喚獣を適切に駆使し、メイリィから攻め切られないように立ち回っているように見える。

 そうこうしているうちに、ヤンは六枚の札を落とし終わっていた。

 遠くからでもわかる。いくらか不格好ではあるが、その札の配置は六芒星になっていた。


「おしまいやな」

「そんなにですか?」

追想(リプレイ)で見たことあるけどな、PvPを考慮しているような技じゃない。人間じゃ生き残れんわ」


 アラタは、それを聞いてちょっとワクワクした。

 メイリィは、打ち破れる自信があるからこそ、わざと手を抜いて準備をさせているのだろう。


「アラタ、準備しといてな。大丈夫や、あの手の大技は今の段階じゃ日に一回しか使えん。それに召喚獣もポコポコ呼んどる。あとは大した手札の残ってないヤンを狩ってうちらの勝ちや」


 アラタにも戦いたいという気持ちもあったが、それはそれでつまらない気もした。

 そうなるくらいなら、メイリィがヤンの大技とやらを打ち破るのを見ていた方がよほど楽しそうだ。


「つまんなそうですね、それ」

「商人はな、つまんないことをするから儲かるんや」


 当初の余裕のなさはどこにいったのか、今のユキナにはだいぶ余裕があった。

 耳がピンと張ってピョコピョコ動いている。

 アラタは最初に見た時から気になっているが、これが感情に呼応して自動で動くのであれば、商人にとっては致命的なのではあるまいか。


 メイリィとヤンは距離を取って対峙していた。

 ヤンは再度召喚獣をメイリィに放った。

 今度は一度に三体。狼のような召喚獣がメイリィへと走る。


 ヤンはその場から動かず、その口だけが動いていた。メイリィと話しているわけではない。おそらく呪文を唱えている。


 メイリィは狼に対して何もせず、その場で大きく右手を上げた。

 アラタは、その動きを何かしらのスキルだと考えた。

 隣にいたユキナもそう思ったに違いない。


 しかし、片手を上げ、次にメイリィが叫んだ言葉は、誰も予想だにしないものだった。


「はーーーーい!! メイリィちゃん降参しまーーーーーす!!」


 その言葉に、誰もが固まった。

 ユキナも、ロンも、アラタも、対戦相手のヤンですらも。


「は?」


 ユキナが隣でボソリと呟いていた。

 声は小さかったが、そこには殺意とまで言えるような怒りがこもっていた。


 武闘大会の敗北条件はHPがゼロになるか、降参をした場合である。


「おーーーーーっと!! ここでメイリィ選手!! 降参してしまったぁーーーーーー!!」


 コロシアムがざわめきに包まれる。


 ヤンを残してメイリィが踵を返す。

 メイリィが控えの席へと戻ってくる。

 メイリィはまったく悪びれず、それどころかわざとらしく舌まで出して、


「テヘッ、負けちゃった」

「負けちゃったじゃないわーーーーーー!!」


 さすがのユキナもキレた。

 ユキナはハリセンを取り出して殴ろうとメイリィに迫る。

 メイリィは走って逃げる。

 そう広くない席を二人が駆け回る。

 あっという間にめちゃくちゃな騒ぎだ。


「あのーすいません……」


 案内のNPCが控えの席を見て困った顔をしていた。


「次鋒の方、闘技場の方へ移動してください」


 ユキナは結局追いつけなかった。

 膝に手をつき、肩で息をしている。

 一方のメイリィの方は、席に座って足を組んでくつろいでいる。


「すいませーん、次鋒の方はどなたですか?」

「ああ、僕です」


 案内に促され、闘技場内に入った。

 途端、観客の大歓声に襲われる。

 闘技場へと進み出るアラタの背に、念信が飛んできた。


MEILI-RES:準備はしといてあげたから。


 ユキナとメイリィのやり取りに目を奪われていたアラタは、ようやく気付いた。

 闘技場には、ヤンが六芒星状に配置した札がまだ残っていた。


 メイリィとの戦いで消費しなかった以上、いきなり準備完了した大技が待ち受けているというわけだ。


ARATA-RES:素晴らしい配慮ですね。助かります。


 ユキナは言っていた。

 必殺だと。

 人間じゃ生き残れないと。

 

 上等だった。

 アラタは喧嘩は買う主義だ。


MEILI-RES:手伝ってあげたんだから、せめて面白いモノくらい見せてよね。


 念信からも、メイリィのほくそ笑む気配が伝わって来た。

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