50.理解できない人種
結局、プレイヤーの参加は二チームだけであった。
ユキナのチームと、ヤンのチームである。
ユキナ・カグラザカはトーナメントの様子を眺めていた。
今はもう既に二戦目だ。
まだ二戦目と言えど、計八チームしかいなければ、それはもう準決勝である。
会場は沸き立っていた。もちろん、NPCによる喧騒なわけだが。
最低保証であろう八チームでのトーナメントでも客の入りは壮観だった。
コロシアムを埋める何千というNPCはちょっとした見ものである。
ユキナはそんな客席ではなく、出場選手が控える特別席で試合を見ていた。
今はロンがNPCを圧倒しているところだった。
穴埋めのNPCチームがバカみたいに強いということはなく、実に普通の強さでしかなかった。
そんな相手に苦戦するはずもなく、ロンは容易く三タテした。
まったくもって順調である。
しかし、こちらのチームが順調であるということは、ヤン・イェンシーのチームも順調であることを意味する。
他のプレイヤーチームの参戦は計算外とは言わないが、ユキナは確率が低いと踏んではいた。
そして見事に悪い目が出てしまった。
しかも相手はヤン・イェンシーだ。
知名度で言えばメイリィ・メイリィ・ウォープルーフよりも有名であるし、アラタ・トカシキとは比べるべくもない。
それに加えて、他にも二人のプレイヤーがいるわけだ。
頭の痛い話である。
ユキナとしては優勝賞品を山分けという交渉に持ち込みたかった。
この大会の優勝賞品となっている素材のメテオライトは、三つ手に入る。
つまり、チームの三人が一つずつ得られる計算になっているわけだ。
これを勝った方が二つ、負けた方が一つに分け合おうというような取り決めをしたかったのだ。
希少性を考えると、勝った場合の報酬が減るとしても確実に一個は手に入る保証が欲しかった。
そこでメイリィ・メイリィ・ウォープルーフだ。
戦闘狂という話は聞いていたが、まさかあんな手段に出るとは思わなかった。
ユキナの喉元に刃を突きつけたメイリィの殺意は本物に感じた。
飲まざるを得ない状況だった。
メイリィが単なる狂人ではないのが面倒なところだ。
メイリィはあのやり方が百パーセント通ると確信して実行に移したはずだ。
結果、見事にその通りになってしまった。
ロンの近くにいなかったユキナにも否がある。
あれは、完全な油断だったと言っていい。
それを言えば、アラタ・トカシキも面倒な相手だ。
正直なところ、元々交渉なんて受けたくはなかった。
出来ることなら関わりたくない手合いだ。
PK云々の真偽はわからないが、強いことだけは間違いない。
あのロンが格闘戦で負けるなど、普通は考えられない。
マウントを取られているロンを見た時は、ユキナもFDを覚悟したものだ。
そんな非常識な状況から、割と常識的に思える交渉をされたわけであるが、飲まなかった場合はどうなったかわかったものではない。
ユキナは、人を信じない質である。
断った瞬間から、交渉が恫喝に変わるのは十分にあり得る話だ。
その場合、十中八九ユキナとロンは三日間のログアウトに追い込まれていただろう。
かと言って、安値で武器を譲ってしまうわけにはいかない。
そうなれば、今後ずっと同じ要求をされることになりかねない。
それならば、爆弾を抱え込んだ方がマシだとユキナは考えた。
ものは使いようだ。
アラタ・トカシキが強いならば、それを金に変える方法はいくらでもある。
ならば利用してしまおうと思った。
その判断が間違っていたとは思わない。
結果として、諦めかけていた武闘大会イベントへの参加が叶ったのだから。
メイリィというさらなる危険が舞い込んできたのにはもう目をつぶろう。
メテオライトは現状、他に入手方法がわからない素材だ。
月に一回のイベントの優勝賞品にしている以上、他の入手手段もかなり限られているだろう。
ミラー統合前の、競争率が異様に低い段階で手に入れる状況が作れたのは、ヤバそうなプレイヤーに関わった以上のリターンがある。
そこでさらにヤン・イェンシーだ。
ユキナはため息をつく。
ここで負けたら何も手に入らない。
それどころか、ヤバそうなプレイヤー達とフレンドになってしまった履歴だけが残る。
まったく最高だ。
勝利を決めたロンが控えの席に戻ってくる。
「お嬢! やりましたよ俺!」
「ああ、ご苦労さん」
労いの言葉も適当にヤン・イェンシーのチームが戦っているのを見ている。
ヤン側のチームの実力は、見ても判然としなかった。
実力を隠しているのかもしれない。
「ねぇ、次の先鋒はジャンケンで決めましょうよ!」
メイリィだった。
「いいんじゃないですか?」
アラタ・トカシキもそれに賛成している。
「ちょっと待った決勝だぞ! ここは戦略を……」
ロンの提言は悲しいまでに無視された。
「ハイ! ジャンケン・ポン!!」
メイリィはパーを、アラタとロンはグーを出している。
「やったー! じゃあメイリィちゃんは先鋒で!!」
「じゃあジャンケン……」
ポン、と同時にアラタはチョキを出していた。
ロンはパー。
「じゃあ僕は次鋒で」
ユキナが口を挟む間もなく話が決まってしまった。
ユキナのチームとは言うが、実際にイベントに参加しているリーダーはメイリィである。
実質的な権限は何もないのだ。
にしてもコイツらは、なんで戦いたがるのだろうとユキナは疑問に思う。
この大会にはデスペナルティがない。
HPがゼロになる攻撃を受けた場合は場外に出されて負けとなる安心設計だ。
とは言え、それは戦う理由にはならない。
仮に、ユキナが戦う側の立場で今のようなジャンケンで勝ったら、間違いなく大将になる。
総当りなら先鋒を取るが、勝ち抜きだったら絶対に大将だ。
なぜなら、戦わずして報酬だけ得られる可能性があるから。
次鋒までにカタがついてしまえば、報酬のタダ取りである。
もし大将まで回ってきたとしても、相手はいくらか疲弊しているはずだ。
それに勝てばチーム全体を救ったことになる。色々な面で勝ち抜き戦の大将は美味い。
それなのにメイリィは先鋒を選んだ。
次に勝ったアラタも次鋒を選んだ。
戦うのが好きな人種。
わからないでもないが、ユキナには理解はできない話だ。
「どうしました? 難しい顔をして」
アラタだった。
「え、いや? ウチそんな顔してた?」
「してましたよ。僕とメイリィを見て。もしかして、僕らが勝つって信じてません?」
アラタ・トカシキは勝って当然だとでも言うような軽い口調だ。
「正直、な。ヤン・イェンシーは有名なプレイヤーや。むしろアラタがなんで勝てるなんて言うかがわからんわ」
「それはまあ、相手の動きを見ればだいたいわかりますよ」
「動きって、さっき話しただけやろ?」
決勝までの二戦で、ヤン・イェンシーは一度も戦闘していなかった。
「それだけでも振る舞いでなんとなくわかります」
「信じられん話やね」
「なぜです?」
「確かに、アンタの体術は大したもんや。あれだけ体術が達者なら、もしかして見ただけで相手の力量を見抜けるのかもしれん」
「ツウシンカラテ十段ですからね、僕は」
冗談なのか本気なのかわからず、ユキナはその言葉を流した。
「それでも、見てわかるのは体術の力量だけなはずや。このゲームは体術だけじゃ決まらん。中には絶対に避けられない魔法やスキルだって存在する」
「でもわかるんですよ。そんなに疑うなら賭けますか?」
「賭けるって?」
「ロンまで回さずに勝てるかどうか」
アラタの目は、絶対的な確信に満ちているように見えた。
今になって気付いたが、アラタの右目には、薄っすらと六芒星の模様がある。
キャラクリにそんな項目はあっただろうかと思いつつも、ユキナは会話を続けた。
「やめとくわ」
「どうしてです?」
「賭けで相手の土俵に乗るのはウチの主義やない、それに」
「それに?」
「自分のチームが負ける方に賭けるバカなんていないやろ」
「それはそうですね」
アラタは軽い笑顔を見せていた。
こうして見ていると、大量PKをするような男には見えない。
「頑張ってな、ウチはわざわざ応援するために来たんやから」
「メイリィが負けたら頑張りますよ」
嘘だった。
見に来た一番の理由は、アラタ・トカシキがどれくらい使える人間なのか確かめるためだ。
それを見て、ユキナは今後の付き合い方を決めるつもりだった。
そうしていると、当然のようにヤン・イェンシーのチームが勝っていた。
あっという間に、決勝戦の始まりである。




