5.検証
コボルトの動きは、笑えるほど遅かった。
遊戯領域の初期エリアの敵といえばだいたいがこんなものだが、エデン製のゲームも例外ではないらしい。
コボルト迫真の表情で牙を剥き出しにしながら、スローモーションよりわずかにマシ程度の動きでアラタに迫る。
アラタは悠々と間合いに入り、振り下ろされる棍棒の軌道に刀を割り込ませた。
コボルトの小手に刀が食い込み、血液が溢れ、絶叫が響く。
コボルトのHPが10/16になるのが見えた。バトルログを呼び出して確認すると、同撃崩が乗っているのがわかる。
退こうとするコボルトの、今度は無事な方の手を狙った。
再び絶叫が響いた。コボルトのHPは5/16。乱数なのか、同撃崩が乗っていないためなのか、今度のダメージは5であった。
コボルトがアラタは睨みつける。
両手をだらりとたらし、最早勝ち目はなく、それでも逃げようとはせずに戦意を見せる。
エネミーらしい振る舞いではあるが、アラタは少し哀れに思う。
最後は脳天に綺麗な一刀を見舞った。
コボルトがかき消え、淡い光となってアラタに吸収されるエフェクトが出る。
ログに経験値の獲得とマニーの獲得が示される。
だいたいの感覚はわかった。
身体はかなり動かしやすい。他の類似ゲームでは中盤以降か終盤の動かしやすさはある。
スキルについてはもう少し戦ってみないとわからないし、精神耐性についてはここでは効果を検証するのは無理だろう。
それでも多くのことがわかりそうだ。
それからも、アラタは次々とコボルトを狩った。
十体を超えたところで知りたいことはだいたいわかったが、もう十体倒せばレベルが2になるということで、結局二十体もコボルトを狩った。報酬が得られる単純作業には、妙な中毒性があるものだ。
このゲームのダメージについてわかったことがある。
それは同部位への攻撃の扱いだ。同じ部位を連続で攻撃すると、その都度減衰が入っていくという仕様らしい。
だから、右手を切りつけ続けるだけでなぜか死ぬ、ということはなかなか発生しない。
それとクリティカルについて。
急所と思しき場所に攻撃を当てると、クリティカルという判定になるが、もう一度同じ部位を攻撃しても基本クリティカルにはならない。
股間に蹴りという悲劇の実験を受けたコボルトに、再度血も涙もない実験を行ったが、その時はクリティカルの判定にならなかった。
これだけ哀れなエネミーというのもなかなかいないと思うが仕様を把握するためには仕方がなかった。
ゲームのNPCとはいえ、少し申し訳ない気持ちになる。
またクリティカルにも強弱があり、致命的な急所の場合はコボルトはしっかりと即死した。おそらくかなりの倍率がかかるのだろう。
同撃崩というスキルについては、まあまあわかった程度だ。
同撃崩が発動して、クリティカルでない攻撃を当てた場合はダメージは6。
そうでない場合は5であった。ほぼほぼ乱数ではないという確信が持てるだけの試行回数は重ねた。
発動条件は相手が攻撃モーションに入ってから攻撃が完了するまでの間。
同撃崩が乗る攻撃の範囲はかなり広いようだ。武器攻撃はもちろん、格闘、果ては投石に至るまで、タイミングさえ外さなければ発動するようだった。
これは信じられないほど緩い条件だ。
効果は二割、ということはまさかないだろう。たぶんダメージが低すぎて切り上げが発生している。
それでも、十分な神スキルだと感じだ。
仮に効果量がスキルレベル1で5%だとしても、これだけ緩い条件なら振り得だろう。
なので、レベル2に上がった時に得たスキルポイントは同撃崩に振った。
最初のうちはスキルレベルの上限が3らしいが、この性能ならば上限まで上げてしまっていいように思えた。
最後に、レベルアップについて。
レベルアップの恩恵は、HPの上昇とスキルポイントが1もらえただけであった。
これは事前の情報として出ていたが、筋力などのステータスの上昇は十の倍数毎に微増するだけらしい。
恩恵がこれだけかというとそうでもなく、このゲームでは敵とのレベル差でダメージに補正が入るそうだ。
なのでレベルは無視できなそうな要素ではある。
腕だけで一直線、というわけにはなかなかいかないのであろう。
スキルに関しては獲得できるスキルポイントが1とわかったのが収穫といえば収穫だ。こうなるとやはり同じクラスでも、人によって全く違ったクラスのようになるはずだ。
とりあえず、アラタは近接メインでスキルの獲得を考えようとは思っている。これだけ成長の方向性に幅がありそうだと、器用貧乏にするよりは何かしらに特化するのがゲームとしては定石であろう。
コボルト相手に得た情報としては上出来だろう。
アラタは時計を呼び出し、声を出した。
「げ」
時刻は十五時十二分。ラルフの指定していた二時間後をとうに過ぎていた。
幸いラルフの言っていた拠点とやらはそう遠くない。
アラタは敏捷性の恩恵を感じながら指定された地点へと急いだ。