49.予期せぬ参戦
イベントの開始条件は極めて簡単だった。
メイリィが受付で参加申請をしてそれで終わり。
事前に聞いていた条件通りではあるが、こうまで簡単だと少し拍子抜けしてしまう。
アラタがジャーナルを確認すると、受注中のクエスト欄には確かに「城塞都市ガイゼル・月例武闘会」という項目があった。
「おおきに、あとは勝つだけやな」
参加するメンバーはアラタ、ロン、メイリィの三人だが、ユキナ・カグラザカもコロシアムに同行していた。
「開始は昼からやから、どっかで美味いもんでも食おか。もちろんおごりや」
ユキナが上機嫌に言う。
「いったんログアウトして食べる?」
「僕はこの領域で食べたいですね」
「どうして?」
メイリィが不思議そうに覗き込んでくる。
ログアウト出来ないですから、とは言えない。
頭を疑われるにせよ、信じられて通報されるにせよ好ましいとは思えない。
それに、ユキナもメイリィもどこまで信用していいかわからない人物だ。
具体的な内容は想像できないが、この話に付け込まれるということだってあるかもしれない。
だからアラタはこう答えた。
「僕は遊技領域に来たら、そこのご飯を食べると決めているんです。その方がその世界にどっぷり浸かれる気がしますし」
「ふーん、まあアタシはどっちでもいいけど。ホストにお任せするわ」
「ほんならアラタに合わせてガイゼルで食おか。前祝いやし豪華に行こ」
「随分と気楽なんですね」
面子には手練が揃っているとはアラタも思う。
が、ユキナの様子は勝率が高いと考えているというよりも、勝ちを確信しているように見えた。
「だって実質勝ちやもん。なんなら飯前にコロシアムの中を見てく?」
「下見? まあいいけど」
ユキナが先頭に立ってコロシアム内を進む。
一度上の階に上がってから、降りる形でコロシアムの客席へと入っていく。
コロシアムは広大だった。
広さだけで言えば、コンサートに使う専用領域ほどの広さがある。
しかし、客はまばらだ。
満員ならば何万と入れそうな広さの客席に、千人もいないのではないかと思う。
開始前とは言え、閑散としているとしか言えない。
「ほら、組み合わせ表を見てみ」
ユキナがコロシアム内にある大掲示板を指差す。
魔法で動く仕組みという設定なのかもしれないが、そこにはどう考えても巨大な電子ディスプレイにしか見えないものがあった。
そこにはトーナメント表が表示されていて、あみだ状のトーナメントリストの左下には、ユキナのチームである「ミダース」という名前がある。
トーナメント表の枠は他に七枠あるが、そこはまだ空欄になっている。
「なによ、アタシ達以外いないじゃない」
「それよ。こうなるとは思ってたけど、思ってた通りや。まず八枠って最低参加数やろ? ミラーが統合されたあとなら、参加人数は上限いっぱいまで行くはずや。それがウチらしかおらんとか笑いが止まらんわ。たぶん、参加者が足りない場合NPCの補充が入るんやろうけど、対人するよりはよっぽどマシなはずや。これで楽観しない方がないやろ」
「つまんないの、対人戦ができると思ったのに。アラタもそう思わない?」
「僕は武器さえ手に入るなら相手がコボルトでも人間でもやりますよ」
「頼もしいなー、そいじゃ行こうか、前祝い」
そこで、今まで聞き手に徹していたロンが口を開いた。
「ちょっと見てくださいよあれ」
ロンは掲示板を指さしている。
トーナメント表の先程まで空欄だった場所が埋まっていた。
そこには「ヤン・イェンシー」という名前が表示されている。
「げ……」
ユキナは掲示板を見て苦い顔をしている。
「埋まりましたけど」
「最悪や……」
「面白そうじゃない」
「ヤンってこれ絶対本名やろ! 自己主張強すぎや!」
「有名人ですか?」
「ヤン・イェンシー、名前くらいは聞いたことあるやろ?」
「ないです」
「アタシはあるわよ。そこそこ有名なEバイヤーよね」
「そこそこ、な。控えめなんか皮肉なんか知らんが笑えるわ。ミラー42にいる有名プレイヤーは把握しとるけどな、一番の有名人はアイツや」
「それで? 強いんですか?」
「かなりの武闘派や。これで簡単な話ではなくなったな」
ユキナの兎耳が垂れ下がっていた。
どうやら単なる飾りではなく、感情に応じて動くものらしい。
「どうせならこのまま全枠埋まってくれないかなー」
「シャレにならんこと言うなや! 言霊って知ってるか?」
「知らないし聞きたくもなーい。ねぇ、早くご飯に行こ?」
「というかこれ今登録したってことやろ? 絶対鉢合わせるやん」
まさしくその通りになった。
コロシアムの客席に、一人のプレイヤーが入ってきた。
白い長髪をしたエルフで、視点を合わせるとヤンというプレイヤーネームが表示される。
ヤンは、アラタ達に気付いて軽い会釈をした。
「なんだ、いい人そうじゃないですか」
「人の良さと強さは関係ないけどな」
ユキナは何やら耳をピョコピョコと動かしている。
眉を寄せ、考え事をしているのかもしれない。
ヤンが近づいて来た。
「こんにちは、そちらのチームはすごい面子ですね」
爽やかな男、というのが第一印象だ。
アラタにメイリィの名前を見ても感情を表に出さない。
ユキナの気配が変わったのがわかった。
「おはようさん、そっちはアンタだけで来たん?」
「参加申請だけですしね。けど、他にプレイヤーが参加しているとは思わなかったな。お手柔らかに頼みますよ」
「そのことなんやけど、ちょっと提案があるんや」
「提案?」
「お互いが決勝戦で当たった場合、報酬を――――」
ユキナはそれ以上言葉を発することができなかった。
なぜなら、メイリィの大鎌がその喉首に突きつけられていたからだ。
位置も悪かった。メイリィはユキナの隣にいたし、ロンもアラタも少し離れていた。
「ねぇ、なんかつまんない話しようとしてない?」
メイリィの瞳が怪しく輝いていた。
「おいふざけてんじゃねぇぞ」
ロンが動こうとしたが、メイリィの鎌がユキナの喉に触れるのを見て引き下がった。
大鎌を喉に突きつけられたユキナは、それでも怯むことなく口を開く。
「あんたらに渡す報酬は優勝できた時と変わらん。誰も損しないやろ?」
「報酬よりはそっちのお兄さんと戦ってみたいかなー、アラタもそうでしょ?」
「なんで僕に振るんですか」
一番呆気にとられているのはヤンだ。
「噂通りの人物みたいだね、メイリィ・メイリィ・ウォープルーフ」
「正々堂々がモットーって噂でも流れてた?」
ヤンは首を傾げ、
「とにかく俺は失礼するよ。商人相手に交渉して得できるとは思えないしね」
ヤンが去り、メイリィが大鎌を取り下げた。
ユキナは怒るのではなく、深い、深いため息をついた。
「はーーーーーー、まあメイリィがいなかったら参加自体出来てないからしゃあないねんけどな」
再度ユキナは深いため息をつく。
恨み言を言ったり仲違いしたりするつもりはないらしい。
そのあたりの割り切りは商人らしいとアラタは感じた。
「まああんまり心配しなくていいんじゃないですか?」
「他の面子すらわからんのや、それで楽観できるかい」
アラタは相手が人間であれば、ある程度見ていればどのくらい動けるかだいたい分かる。
相手がキャスターではなく近接ならば尚更わかりやすい。
知名度と実力が比例するわけではない。
ガイゼルまで来られている有名プレイヤーならそれなりではあるのだろうが、今のメイリィの動きへの反応でだいたいわかってしまった。
「他の面子って言っても、あの人がこのミラーじゃ一番有名人なんでしょ?」
「ウチが知ってる範囲ではな」
アラタは極自然に、思ったことをそのまま口にした。
「じゃあ勝てますよ、普通に」




