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48.昔語り


「からかっているにしては随分下手くそですね」

「あら? 本気だけど?」


 メイリィは不敵に笑っていた。

 リアルでデートというのはつまり、リアルでデートということだろう。

 余裕ぶって答えてみたはいいが、アラタは半ば思考停止に追い込まれていた。

 

「もしそれを断ったらどうするんですか?」

「どうしよっかなー」

「おいおいおいおい!」


 せっかくまとまりかけていた話が急展開を見せ、ロンは露骨に焦っているようであった。


 そもそもアラタはこの領域から出られないのでシャンバラでデートなど不可能なわけであるが、それを無視しても誘いに乗るつもりはなかった。


「ねえアラタ、どうする? おねーさんと遊んでくれる?」


 メイリィは少女の姿でふざけた声を出している。


「遊んであげませんね」


 メイリィは目を瞬き、意外そうにした。


「いいの? 協力してあげないよ?」

「いいですよ」

「よくねぇよ!! そんくらいうけろ!!」

「いやです」


 アラタには、この手の誘いには苦い記憶がある。


「ちょっと話させてもらっていいですか?」


 アラタは居住まいを正して、運ばれて来たジュースを一口飲んだ。


「お、おう……」

「どうぞー」


 ロンは若干気圧されたように、メイリィは気楽に答える。


「僕はスクール時代にも、今みたいにマルチゲーをやっていました。生まれてそう経っていない時期ですね。僕は幸運にも仲間に恵まれ、その領域ではそこそこ有名なプレイヤーになれました。そうなるとどうなるかっていうと、寄ってくるんですね、リアルでも会いたいって人間が。僕は遊技領域も通常領域も大して区別しない人間でしたし、一般的な少年並には女性にも興味があったので、会ってみましたよ。問題はそこがマスカレイド領域だったってことです。遊技領域では猫耳のかわいい女の子が、シャンバラではオークのコスプレをした女性でした。コスプレだったか知らないですけどね。待ち合わせ場所でオークから声をかけられて、名前を答えて、相手が自己紹介をしてきた時、正直意味がわからなかったですね。それから僕は間違えましたと言って逃げ出しました。何を間違えたかは、今もわかってはいませんけど」


 またジュースを一口。

 ロンは何を言っているんだコイツは、という顔をしていて、メイリィはニヤニヤ笑いを浮かべている。


「当時の僕はとんでもない不運に遭遇したと思いました。この体験は交通事故みたいなもので、めったにない不幸な出来事なんだと。何万分の一しか起こり得ない事故が、一番最初に起こってしまったのだと。そんなわけで、僕は二人目と会うことになりました。遊技領域内では僕と同じくらいの年齢に見える少女で、すごく話しやすい子だったと記憶しています。そんな彼女との待ち合わせ場所に現れたのは、色黒のムチムチしたおじさんでした。まさか女性ですらないとはね。ここでも、僕は逃げ出しました。あとから師匠に聞いた話では、こういうのはそこら中に転がっている話で、不幸でもなんでもないそうです。つまり、マスカレイド領域での〝リアルで会おう〟は爆速で走ってくるトラックだと僕は学びました。だからそんな怪しい誘いには乗らないことにしているんです。ご静聴ありがとうございました」


 ジュースの残りを一気に飲み干した。


「よくある話ではあるわね。でもさ、メイリィちゃんとリアルでデートしないと協力してあげないって言われた場合も断るの?」

「断りますよ。報酬はたかが武器です。騙されて納得いかない一日を過ごすくらいなら、僕はゴボウでも握って戦いますよ」

「むふふふふ」


 メイリィは愉快そうに笑う。


「いいわ、じゃあやっぱり協力してあげる」

「会いませんよ、リアルじゃ」

「いいわよ、面白かったし。さっき言った報酬で協力してあげる」


 ロンが目に見えるほど安堵しているのがわかった。

 

「リルテイシア湿原の攻略は明日でいいのよね?」

「ああ、それに関しては追って伝える。フレンドいいか?」


 メイリィが了承したのだろう。


「ありがとう。では今日はこれで失礼する」


 ロンはそれだけ言うと去っていった。


「じゃあ僕も行きます」

「もう行っちゃうの?」

「用がありませんし」

「かわいいメイリィちゃんとお話したいとかないの?」

「ないですね。明日までにやっておきたいこともあるので」

「残念」


 食い下がってくると思ったが、意外にもメイリィはそうしなかった。

 アラタは席を立ち、メイリィに背を向ける。


「でもさ、意外」


 背後からの声に、アラタは向き直った。


「何がですか?」

「さっきの話。アラタって女の子とかに興味あるんだ?」

「人並みにはね。男ですから。何が意外なんですか?」

「だって、こんな美少女と話してても、全然楽しそうじゃないんだもの」

「中身がどうだかわかりませんからね」

「中身は関係ないでしょう? この領域はこの領域なんだから。それに……」

「なんです?」

「アタシと殺りあってた時のアラタは、本当に楽しそうだったから。殺し合いにしか興味ないのかと思った」


 メイリィの顔にあるのは、純粋な好奇心に見えた。


「ありますよ、色々と、興味」


 アラタは踵を返して足を進める。


「ねえ、もしアタシがシャンバラでもそんなに変わらなかったどうする?」


 アラタは答えずにムーンデイズを出た。


***


 翌日にはメイリィのリルテイシア湿原攻略を行った。


 参加する面子はアラタと、メイリィと、ロンと、それにユキナが手伝いによこしたキャスターの四人。

 メイリィがトラブルが起こすのでは、とロンは気をもんでいたが、メイリィは驚くほど普通にダンジョン攻略をしていた。


 クリア済みの者はダンジョン内に限り、未クリア者と同じレベルに補正されるという仕様があったが、フルパーティでタネが割れているボスを倒すのはそう難しいことではなかった。


 こうして、メイリィ・メイリィ・ウォープルーフが武闘大会のチームに加わることになった。

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