43.弁髪の男
次の街へと進むにあたって、再びダンジョンを越えねばならない。
そこで一番課題になると思われるのが武器だ。
まともな武器がない問題とは、どこかで向き合わなければならない。
そこでアラタはガチャをしようと考えた。
人探しの宝珠。
プレイヤーネームを言うことで、その者の居場所を特定するアイテム。
これを使ってユキナ・カグラザカの居場所を確認する。
今現在ミラー42のバザーを支配している人物。
その居場所を抑えようというのだ。
アルカディアのスタートは三点に分かれているので、ユキナ・カグラザカがアルパの街から始めている確率は三分の一しかない。
しかしアルパの街から始めていた場合、フィーンドフォーンか城塞都市ガイゼルにいるのは確実だ。
ならば賭けてみるのも悪くないとアラタは考えた。
宿の一室のベッドの上でアラタは人探しの宝珠を弄んでいる。
「さあどうなりますかね」
人探しの宝珠に向かって言う。
「ユキナ・カグラザカ」
宝珠が淡い光を放ち、宝珠の表面にシャンバラの共通文字が表示される。
城塞都市ガイゼル。
座標X59:Y31。
アラタは笑う。
当たりだ。
おまけに詳細な座標まで表示されている。
ユキナ・カグラザカの居場所を特定してどうするのかと言えば、直接交渉をしようというのだ。
商人が金を稼ぐのに重要な要素は利益率と回転率だ。
直接交渉をすれば、バザーから買うよりも安値で買える可能性はかなり高い。
商人側から見ればいつ売れるかわからない商品を延々バザーに置いておくより、確実に売れる相手に一度売ってしまった方がいい。
それから再度同じ商品を補充してバザーに並べてしまえばいいだけだ。
他にも素材とトレードなど、交渉すれば条件付きで安く買える可能性だってある。
何より、コネクションを作っておくのが一番大事だ。
一度繋がりが出来てしまえば次に繋がる。
装備を手に入れて終わり、ではないのだ。
局面が進む毎に装備はアップデートされていく。
そういった状況で最先端を進む商人と繋がりを持っておくのは重要な意味を持つ。
問題があるとすればアラタのコミュニケーション能力だ。
自分でもそこに不足があるのは自覚しているし、商談などロクにしたことがない。
相手はゲーム開幕から最速で職人クラスを上げている人物だ。
おそらく、いくつものマルチゲーで商人としてプレイしてきた猛者だろう。
まあなるようになるしかあるまい。
宝珠が光を失う。
アラタは力を失くした宝珠をベッドに置き去り、宿を出た。
***
座標X59:Y31というのは、城塞都市ガイゼルのとりわけガラの悪い地域にあった。
道を行けば娼婦じみた女性がそこかしこで客引きをしているし、同じくらいの数のおっかないお兄ちゃんもいる。
アラタは道端の物乞いにゲン担ぎのつもりで小銭を投げてやる。
アラタはマーケット区画を越えて、居住地らしき場所に入る。
雰囲気だけで言えばスラム街と言っていい。
アラタは道行くNPCには目もくれずに指定の座標を目指した。
指定の座標は、どこにでもあるような家屋に見えた。
石造りの家で、扉はなく、布がかかって入り口を塞いでいた。
家は比較的丈夫そうに見えるが貧相と言えば貧相で、ここにとんでもないボッタクリをしている職人が住んでいるとは思えない。
しかし、こういった領域で家を借りるとなるとそれなりの額が必要なはずで、今の段階ではこれくらいの家を借りるのが限界なのかもしれない。
「ごめんくださーい」
アラタはなんの断りもなく踏み込んだ。
一階の床は地面そのままで、中は色々なものが散乱していた。
人が隠れられるような大きな壺、年季の入った木造りの椅子、落書きでも隠すように壁にかけられた大きな布。
そして、いきなり家に踏み込んだアラタを目にして面食らっている男。
弁髪である。
角刈りに尻尾が生えたような妙な髪型。
上半身は筋骨隆々だがなぜか裸で、下半身にはズボンのみ。
アラタはプレイヤーがこのような髪型でキャラクリしているのを初めてみた。
RONALD-RES:これは随分と物騒な客が来たな。
いきなり念信がきた。
奥へと続く扉の近くに座っていた男は、立ち上がってアラタを睨みつけていた。
ARATA-RES:あなたの髪型ほど物騒じゃないつもりですよ。
男はアラタの言葉には反応せず、
RONALD-RES:一応確認するが、偶然ここに入って来たわけじゃないよな?
ARATA-RES:ユキナ・カグラザカに会いに来ました。
男はその名を聞いて、明らかに雰囲気を変えた。
男の周囲に戦意とも言える空気が渦巻く。
RONALD-RES:お前みたいな危なそうな奴をお嬢に会わせるわけにゃあいかねぇな。
ARATA-RES:ということはここにユキナ・カグラザカはいるんですね。カマかけだったんですけど。
RONALD-RES: !! :IMAGE ONLY
ARATA-RES:冗談ですよ、僕はユキナ・カグラザカと交渉したくてここに来ました。
RONALD-RES:ならお前みたいな虐殺野郎は尚更通せねぇな。
ARATA-RES:してませんけど、そんなこと。
RONALD-RES:口ではなんとでも言える。
男は両手を前に拳を握り、構えている。
ARATA-RES:剣呑ですね。僕はユキナ・カグラザカと平和的に話したいだけですよ。
RONALD-RES:人によって平和的のニュアンスは違うんでね。喉元に刃を突きつけて平和的に話したがるやつもよくいる。
駄目だな、とアラタは思った。
いきなりの念信から売り言葉に買い言葉もよくなかったとは思うが、この男は元からアラタを信じる気がない。
ゼロには何をかけてもゼロだ。
ARATA-RES:あなたはユキナ・カグラザカのなんですか?
RONALD-RES:門番さ。お前みたいな奴を通さないためにここにいるわけだ。
ARATA-RES:どうすれば通してくれますか?
RONALD-RES:俺がいる限り通すことはないな。
一旦引くという手もある。
とりあえずここにユキナ・カグラザカがいるとわかっただけでも一つの収穫ではある。
ARATA-RES:わかりました。聞きますが、その扉の奥にはユキナ・カグラザカがいるんですね?
アラタは一応の確認がしたかった。
正直に答えるかはどうでもいい。その反応を見ればだいたい察することができるからだ。
しかし、弁髪の男はそれを挑戦と受け取ったようだった。
RONALD-RES:下手な気は起こすな。お前は俺に勝てねぇよ。
ARATA-RES:今なんて?
アラタは、売られた喧嘩は買う質だ。
RONALD-RES:その装備、お前のクラスは忍者だろう?
ARATA-RES:古のロックンロールミュージシャンですよ。
RONALD-RES:速さがウリってわけだ。それが勝てない理由だよ。
ARATA-RES:理由になってないと思いますけど。
男の戦意が爆発的に高まっていた。
家の構造は縦長で、左右の壁際には物が大量に置かれており、移動はかなり制限される。
RONALD-RES:俺のクラスは拳闘士、近接最速のクラスだ。
ARATA-RES:やる気ですか?
RONALD-RES:お前が引かないならな。
ARATA-RES:わかりました。
アラタも緩く構える。
RONALD-RES:一応名乗ろうか。ロン・ロスタンロッド、FDしない程度に痛めつけて追い出してやるよ。
すごい自信だな、とアラタは半ば関心しながら名乗る。
ARATA-RES:アラタ・トカシキ。好きな食べ物は伸びたカップメン、推しのアイドルはBeginner visionの鵯です。
RONALD-RES:ふざけた野郎だ。
ARATA-RES:あなたの髪型ほどはふざけていないつもりです。
ロンはそこでいきなり仕掛けてきた。
縮地のようなスキルを用いているのか、飛ぶような速度でアラタへの距離を詰め、右のストレートでアラタを狙った。
間違いなく、ロンはアラタの反応速度を見くびった。
狙った。
アラタを打たんとするその拳を。
半歩下がりながら振るった肘が、ロンの拳の中指を正確に撃ち抜いた。
追撃は来ない。
ロンは一旦距離を取ることを選んで、バックステップで下っていた。
追うことも出来たが、アラタは追わずに余裕を見せることを選んだ。
密接距離でがむしゃらな混戦になるよりも、ここで相手に不利を感じさせた方が遥かに意味がある。
折った。
間違いなくその感触があった。
ロンは拳を握り悟らせないようにしているが、その右手の中指はひどい状態にあるはずだ。
瞳にまだ揺るぎない戦意を感じさせるあたり、ユキナ・カグラザカをよほど大切に思っているらしい。
ARATA-RES:すいません、自己紹介で言い忘れていました。
アラタは首を鳴らし、わざと余裕を見せて言った。
ARATA-RES:特技は、鈍臭い拳を撃ち落とすことです。




