42.痛くはしない
パララメイヤとは一旦別行動を取ることになった。
何を調べるにしても分担した方が効率が良いというところもあるし、パララメイヤはパララメイヤで独自に調べたいこともあるそうだ。
アラタにしても調べたいことは無数にあったので、そこは都合が良かった。
ずばり調べたいことは、右目についてである。
状態異常の回復方法は、状態異常解除の魔法を使うか、アイテムを使うか、教会で治すかとなっている。
アラタの右目には今も、薄っすらと六芒星が浮かんでいる。
これをどういったものか、ひとまず教会で見てもらおうというわけだ。
あの老人は進捗を見える形にするもの、と言っていた。
そして、この目を見て反応を変えるものもいる、と。
進捗を見える形にするものというのはわかる。
六芒星のうち、三つの頂点が濃くなっているのだ。
これは撃破した対象ボスの数を現しているので間違いないだろう。
反応を変える方はまだわからない。
パララメイヤが「アラタさん!? その目どうしたんですか!?」とは言っていたが、こういったプレイヤーの反応を言っているわけではなかろう。
実験を兼ねて、教会の神父に見せてみようというわけだ。
ガイゼルの教会はそれなりにデカい。
規模で見たらアルパの街やフィーンドフォーンとは比較にならない。
教会の中には無数の人がおり、会衆席に座っているものから雑談しているものと、教会は集会場に近い性格も持ち合わせているようだった。
プレイヤーの数は、極わずかだ。
それは城塞都市ガイゼルを通して明確に感じた。
やはり、リルテイシア湿原の踏破率が低いというのは本当らしい。
ただ、それは今のガイゼルで見かけるプレイヤーは間違いなく猛者だという裏返しでもある。
接触する時は注意が必要かもしれない。
アラタは教会を進み、手の空いていそうな神父に声をかけた。
「すいません、ちょっと見てほしいのですが」
「どうなさいました?」
「この右目なんですが」
アラタは右目を指差して大きく見開いて見せた。
「呪いか何かでしょうか?」
神父はふむ、と一息ついてから、
「不思議な文様ですね。しかし呪いの類ではないようです」
一応の反応は返ってきたが、大したものではなかった。
これが老人の言っていた反応が変わるとは思えない。
特定のNPCが反応してイベントになるのかもしれない。
「ではこの文様は消すことはできませんか?」
「残念ですがお力にはなれません。けれど害のあるものではないと思いますよ。そのような反応は感じません」
それはどうかな、とアラタは思ったが口には出さないでおいた。
そこに、
「ちょおおおおおっと待った待った!! その目!! ワシに見せてくれんか!!」
教会に似つかわしくない大声に、周囲の人間の視線が集まる。
その声の主はそんな視線はものともせずに、アラタと神父の間に割り込んだ。
「ちょっと、ラーズグリフさん、教会内では静粛にお願いします」
神父が咎めると、ラーズグリフと言われた男は頭をかきながら申し訳無さそうにし、
「こりゃあすまんかった。しかしその目とやらが気になってな。どうかワシに見せてくれんか」
ドワーフだった。
ずんぐりとして豊かな口ひげをたたえた、典型的な容姿。
「どなたですか?」
「ワシはラーズグリフ、ちょっとした魔法の研究家じゃよ」
言いながら、ラーズグリフはアラタの瞳を覗き込んでいた。
「ふーむ、実に興味深い。小僧、ちょっとワシの研究室で詳しく調べさせてくれんか?」
イベントの予感がした。
大イベントに繋がるものなのか、単なる小イベントなのかはわからないが。
しかし、いきなり小僧と言われたのは気になった。
アラタは気に食わないものははっきり言うタイプである。
「お断りしますよ、小僧ではないんで」
「ワシからすりゃあ……」
言葉を待たずにアラタは教会を去ろうと踵を返した。
「すまんすまん!! お主の名前を知らんからそういっただけじゃて!!」
ラーズグリフが追いすがり、アラタの服を掴んだ。
「アラタ・トカシキです」
「申し訳なかった。ワシはラーズグリフ・ワードエコーじゃ。して、その目をちょっと調べさせてくれんか? 調べさせてくれたら礼もやろう」
来た。
これは間違いなく恩恵で特殊イベントだ。
受けない手はないのだが、アラタは引っかかるところもあり素直な物言いはしなかった。
「痛くしないなら」
半分は冗談だったが、半分は本気で言った。
するとラーズグリフは、
「チッ……」
アラタは耳を疑った。
「ちょっと待ってください、今舌打ちしましたよね?」
「はて、なんのことじゃ? それより来るのか来ないのか。調べさせてくれるだけで報酬は出すぞ?」
「本当に痛くしないんですよね?」
ラーズグリフの答えには、微妙な間があった。
「安心しろ。痛みもないし安全だ」
「わかりました。調べるだけなら」
不安は尽きなかったが乗らない手はない。
アラタはラーズグリフの研究室に向かうことにした。
***
研究室、といえば聞こえはいいが、見てくれはゴミ屋敷に近い。
所構わず物が転がっていて、最後に掃除したのがいつなのか想像すらできない。
アラタはそんな家の奥まった場所で、手術台じみた台に寝かされていた。
幸いなのは手足を拘束されていないことだ。これならいつだって抜け出せる。
「ふーむ……」
ラーズグリフはモノクルのようなものをつけてアラタの瞳を覗き込んでいる。
ラーズグリフは次々とモノクルを変えてアラタの目を見ては唸っている。
「ちょっとこれを見てくれ、光るぞ」
宝石のような物体が目の前に出され、宝石が目に悪そうな紫色に輝いた。
光が収まり、またしてもラーズグリフは唸っている。
「どうですか? 何かわかりましたか?」
「ああ、わかった」
「何がわかったんです?」
「さっぱりわからんということがな」
こいつ。
アラタは文句のひとつでも言おうと思ったが、その前にラーズグリフが言葉を続けた。
「これだけ調べて何もわからんというのは、それはそれで一つの結果だ。一応聞くが、その瞳は生まれつきではないな?」
「つい先日オシャレになったものですよ」
「ならば尚おかしい」
「どういうことです?」
「それはどう見ても魔法による産物だ。それなのに、魔力的な反応が一切ない。刻まれたあとに魔力が弱ったのでもなく、魔法学的に見ればその文様は存在すらしていない。それなのにそこには確かに文様がある。これは誠に不可思議じゃ」
それはそうだろう。
これは魔法ではなくシステム的なものによって刻まれたはずだ。
アルカディアの世界観は知らないが、魔法学とやらでわからないのは当然と言える。
「満足していただけましたか?」
「うーむ、もっと詳しく調べたいが」
「痛いのは嫌です」
「仕方ない。今日はこれくらいで良かろう」
「それで約束の報酬は?」
「ガメついやつだな。そこのガラクタの山からひとつ持っていけ」
アラタのいる部屋の隅に、本当にガラクタの山にしか見えないものがあった。
山を構成している一つ一つに視線を合わせて詳細を確かめると確かにアイテムではある。
が、アラタの役に立ちそうなものは見つからなかった。
キャスター向けの消耗品がほとんどで、他には花火状のエフェクトが出せるだけの消費アイテムといった、冗談みたいなアイテムしかないように見えた。
ラーズグリフがアラタの右目に反応したのは確かだが、恩恵と言えるようなイベントには思えない。
ARATA-RES:聞こえますか?
念のためラーズグリフに念信を飛ばしてみるが、
「どうした? 早く決めんか」
当たり前ながら反応はしなかった。
普通のNPCなのは間違いないらしい。
さて、どうしたものか。
もういっそパララメイヤが使う消耗品を取ってしまうのも手か、と思ったところで、気になる名前が目に入った。
人探しの宝珠。
アラタは視線を合わせ詳細を出す。
人探しの宝珠。
プレイヤーネームを言うことで、その者の居場所を特定する宝珠。
一度使うと壊れる。
これは結構意味のあるものではないだろうか。
一見しただけだと大したことがなさそうに見えるが、条件が対象の名前を言うだけ、というのはなかなかすごい。
例えば誰かと揉めてやり合うことになった時、その居場所を特定できるのはとてつもないアドバンテージだ。
「これにします」
「ほう、人探しの宝珠か。誰か探している者でもいるのか?」
そう言われて、アラタは閃いた。
「今思いつきました」
「? まあよかろう。今日は付き合ってくれて感謝する。もし魔法道具で聞きたいことがあったら、ワシのところに来るがいい」
もしかしたら、顔つなぎのためのイベントなのかもしれない。
しかし、思った以上の報酬があった。
分の悪い賭けになるが、他のガラクタをもらうよりずっと成果があった。
名前が分かれれば居場所がわかる。
アラタは、探す人物をもう決めていた。




