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41/202

41.伝えたかった一言


 パララメイヤとちょっとした祝勝会をしたあと、アラタは宿をとった。

 

 相変わらず固いベッドでへにょへにょの布団である。

 もっといい宿もあるにはあるだろうが、そういった宿は料金も馬鹿にならない。

 ダンジョンをクリアしたその日くらいは豪遊していい気はしたが、それは祝勝会の食事でもしている。

 結局はある程度節制ということで普通の宿に泊まった。


 アラタは宿のベッドに寝そべりながら、窓から夜空を眺めていた。


 アルカディアの良いところは、自然が豊かなところであろう。

 特に夜空は素晴らしい。アラタはソロゲーをやっている時は景観などあまり気にしない質であったが、こうして領域を移動できなくなってしまうと、嫌でも景色は意識することになる。

 その景色が素晴らしいのはとても良いことだ。例えばカタストロフ・アフターのような、世紀末な世界観の遊技領域に閉じ込められていたら発狂していたかもしれない。


 その点、アラタは自分の落ち着きように驚いているくらいであった。

 不安がないわけではないし、エデン人のいたずらに巻き込まれたことに腹立ちもある。

 しかし、この状況をどこかで楽しんでいる自分もいる気がしていた。

 死がなく生活が保証されたシャンバラでただ無為に日々を過ごすより、何が起きているかわからないこの状況の方が生きている感じがするというのは妙な話だ。


 それでも、早くシャンバラに戻りたくはあるが。

 

 星空を眺めながら今日あったことを振り返る。

 湿原の攻略、パララメイヤの喜びよう、またしても豪遊してしまった祝勝会。


 そんなことを考えながら、アラタはいつの間にか眠りに落ちていた。



***



 アラタは暗黒の中にいた。

 足場は、ある。

 光がないのではなく、闇があると認識できるような奇妙な感覚。

 この感じは、どこかで覚えがあった。


 アラタは今まで何をしていたかを思い出す。

 確か、最後の記憶は城塞都市ガイゼルの宿のベッドにいたはずだ。


 夢か。

 そうは思ったが、あまりにも感覚がリアル過ぎた。


 遊技領域では、夢か現実かを判断するのにほっぺたを引っ張るよりもずっと有効な方法がある。

 アラタは暗黒の中で自身のステータスを確認しようとした。

 するとリクエスト通りに、網膜上に自身のステータスが表示された。


 ということはつまり、夢ではない。

 ここはアルカディアの一部だ。


 一体何が起こっているのか。

 イベントだろうとは思うが、夢にまで干渉してくるイベントというのは実在するのだろうか。


 その答えは、アラタの前に現れた人物でわかった。


 あの老人だった。

 オープニングに出てきた。

 アラタの右目に赤熱した杖を押し付けた。

 あの時と変わらない老魔法使いの姿で、アラタの視線の先に泰然と立っていた。


 思えば、この空間はあの時の空間と同じものだ。


 あまりにも突然の事態ではあったが、アラタは三秒で対応を決めた。


「人の夢の中に土足で踏み入ってくるのは失礼ではないですか?」


 老魔法使い然とした老人は微かに笑っているように見えた。


「面白いことを言うな」


 あの時とは、どこか違う気がした。

 オープニングで出会った老人と見た目は丸切り同じだが、あの時はもっと芝居がかっていた気がする。

 とは言え、目の前にいるのが、アラタをこの領域に縛り付けた張本人であることには違いない。


 アラタは両腕を背後に組んで近づいた。


「今日はどんな用で現れたんですか? まさか左目にまで何かしようと?」

「それはないな。今日はお前に益になるものを渡しにやってきた」

「今日は、ね。まあいいです。僕の方もあなたには用事があった」


 老人は興味深そうにアラタを見ていた。

 アラタは老人の目の前まで歩き、止まった。


「一言だけ言いたいことがあったんです」

「ほう、それはなんだ?」


 アラタは右手を前に出し、言った。


「雷神」


 アラタの手から電光が放たれ、老人を襲った。

 電光は老人を焼き尽くさんと荒れ狂うが、見えない壁に阻まれでもしているかのように老人までは届かなかった。


「まあそんなことだろうと思いました」


 落胆の声と共に、アラタは右手を下げた。


 すると老人は、予想外の反応に出た。

 最悪戦闘になる可能性も考えたし、無視されるのが一番ありそうに思えた。

 しかし、老人がとったのは第三の行動だった。


 笑ったのだ。

 その見た目とは全く合っていないような哄笑。

 それは、収まるまでしばしの間を要した。


「くっくっく、失礼。あまりにも面白かったものでな」


 直感だが、確信に近い答えがアラタの中に湧き上がった。


ARATA-RES:エデン人の複製体ですか。

「ご明察、思ったよりもずっと賢いらしいな」


 念信に対して反応があったことにアラタは密かな驚きを覚えつつも、どこかでそうなるような気はしていた。

 エデン人の複製体。この老人は、それを認めた。

 あの幼女と同じだ。湿原に入る前の晩にあった幼女と。

 しかし、なぜかここではあの幼女については話さないべきだと思った。


「で? 目的はなんですか?」


 アラタとしてはログアウト出来ない状態について質問したつもりであった。

 が、老人が答えたのは、なぜここに来たのかであった。


「祝いに来たのだ。まずは最初の試練の道を半ばまで進めておめでとう」

「これほど嬉しくないおめでとうは生まれてから初めて聞きましたね」

「そこで、お前には褒美を取らせるためにここに来た」

「何です? あなたの命とか、悲鳴とか、苦悶だったら喜んで受け取りますが」


 老人が杖を掲げた。

 アラタは咄嗟に背後に飛んだ。

 

 右目。


 右目が熱くうずいている。


 アラタは右目を抑えながら、


「何をしましたか?」


 老人はほくそ笑んでいる。


「試練の進捗を、わかりやすい形にしたのさ。それに、その目を見て反応を変えるものもいよう」

「そんなことをしても無駄だと思いますがね」

「なぜだ?」

「僕が保全委員会に通報すればこの領域は終わりだからですよ。アポロン事変の首謀者は、他のエデン人に()()されたと聞きます。あなたはどうなるんでしょうね?」

「お前はそうはすまい」


 見透かされているのが不快だった。


「一つ教えておこう。お前が星の試練を越えれば、どんなことも思いのままだ」

「魔法のランプでももらえると?」

「最初の試練を超えられたら、また少し教えよう」


 老人の姿が薄くなっていく。


「どうか、もう一人の星を追うもの(スターシーカー)に負けぬようにな」



***


 

 文字通り飛び起きた。

 アラタはベッドから飛び上がっての着地。

 すぐさま周囲の状況を把握する。

 

 そこはガイゼルの安宿の、なんでもない一室であった。


 まさか夢だったということはあるまい。

 それが確信できるだけの現実感はあった。

 

 右目。


 アラタは予感に突き動かされ、鏡の前に立って自らの顔を覗き込んだ。


「クソ」


 右目には薄っすらと六芒星の文様があった。

 その六芒星の三つの頂点だけ僅かに濃い色になっていた。

 

 さきほどの出来事が夢ではない、何よりの証拠であった。

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