37.事前の取り決め
アラタはかなり迷った挙げ句、結局は縮地を覚えることにした。
90秒毎に使え、効果は1.5メートルの距離を高速で移動できるというものだ。
忍びの心得より派生するからには忍者の象徴的スキルなのかもしれないが、正直評価は難しいところだ。
対エネミー向けとして考えると、今のところそこまで有用には思えない。
おそらくだが、縮地を使わなければ避けられない敵の攻撃は存在しないのではないかと思う。
マルチプレイヤーの遊戯領域の基本として、なるべく平等でなければならないといったものがある。
長所、短所の域を超えた差があっては駄目ということだ。
忍者ならば避けるのが楽はあってよくても、忍者でなければ避けられないが存在すれば、プレイヤーから酷い評価を受けることになる。
キャスターの加速も、キャスターだけ回避難易度が違い過ぎる状態を減らすためのものだろう。
30秒は加速で動きながらバレットなりミサイルなりで攻撃し、加速が切れたタイミングでは詠唱しろといった設計なわけだ。
そう考えると、縮地はなんとも言えない。
ギミックはスキルではなく腕でなんとかなるようにできているのだ。それなら縮地は不要と言えなくもないものだ。
距離を縮める速度が上がるということは、一秒あたりに出せるダメージの増加に繋がらないでもない。
しかしそれは微々たるものであり、リルテイシア湿原のボスと戦う上でどこまで有用かは正直かなり疑問がある。
それでも他に取って大きな差が生まれそうなスキルはなく、半ば消去法で縮地を取った。
縮地はおそらく、対人で凄まじく有用なスキルになり得る。
対エネミーでも使えなくはないし、長い目で見れば無難な選択だろう。
パララメイヤもスキルポイントが振り終わったのか、網膜映像に集中する目つきが終わっていた。
そこからも雑魚敵は大したことがなく、順調な歩みが続いた。
そうしてダンジョン突入から二時間ほど経ったところで、雰囲気が変わった。
いつの間にか、遥か遠くの平地に城壁が見えていたのだ。
あれが城塞都市ガイゼルで間違いないだろう。
リルテイシア湿原のゴールは近いというわけだ。
「ここらでちょっと休憩しますか」
「休憩ですか?」
「はい、そろそろボスが近いでしょうしね。一旦休んでおくのは大事ですよ」
アラタとパララメイヤは手頃な場所にあった倒木に腰を下ろした。
「でも、意外でした」
「何がですか?」
「アラタさんって、ゲームは一度始めたら休憩なんて挟まないタイプかと思いました。ほら、INFINITY WARだってぶっ続けで一日やってましたし」
「あれはそういうゲームだからですよ。サターン6では休憩するより死ぬ方がずっと簡単なんです」
「あ、その話聞きたいです!」
「そうですね、まずサターン6で生きているために一番重要なのは、って今これを話すのは違いますね。何の話でしたっけ?」
パララメイヤはちょっと残念そうにしながらも、
「休憩を取らないタイプかと思いましたって話でした」
「そうそう、それです。休憩は取れるなら絶対に取っておいた方がいいです。特にアルカディアみたいな領域では」
「どういうことですか?」
「アルカディアでは基本疲れませんよね? 短期的に息があがったりはしても、長期的には疲労を感じないちょっと特殊な領域です」
「そういえば、そうですね」
「経験上、長時間動いて疲れを感じていない時が一番ヤバいんですよ。なんだかんだで精神は確実に摩耗している。そういう時にこそ、信じられないミスをするものです。だから余裕がある時は休憩をしておくのに限りますよ。まあ、リラックスしすぎて緊張の糸が切れても良くないんですけど」
パララメイヤは、はえーと関心していた。
「特に次は間違いなくボスだ。メイヤは今までの道中が難しいと感じましたか?」
「えーと、正直な話、それほど難しくは感じませんでした」
「それですよ。僕もこのダンジョンが難しいとは思いませんでした。それなのに踏破率が一割未満というのはつまり、この後のボスに何かあるってことです」
「確かに、そうなりますよね」
「だから休憩ってことです」
「なるほどです」
そこで一旦、アラタ側からの会話は途切れてしまった。
何を話せばいいかわからず、スキルのことか、景色のことか、何の話題を振るか考えていた。
そんなアラタに、パララメイヤは神妙な目つきで口を開いた。
「あの、相談というか、ボス前に事前に取り決めをしておきたいんですけど」
「取り決め?」
「はい、もし戦闘が際どい展開になったらの話ですが、そういう状況でわたしが足を引っ張りそうになったら、わたしを見捨ててほしいんです」
何を言っているのか、アラタにはよく分からなかった。
「わたしはマゾです、って話ですか?」
「マ……ちがいますよ!! 冗談じゃなく真剣な話です!!」
「じゃあ僕が足を引っ張りそうになったら躊躇なく見捨ててくださいね」
「それはイヤです」
「おかしいじゃないですかそんなの」
「おかしくありません。真面目です」
パララメイヤの瞳には、真剣そのものの光が宿っている。
「お願いですから約束してください。勝ちが見えている状況で、わたしが足を引っ張りそうな時だけで構わないですから」
それだけ押し付けられて納得できるようなものでもなかった。
「説明してください」
「アラタさんはこの領域からログアウト出来ないんですよね」
「困ったものです」
「わたしはこの領域内で死亡した場合、強制的にログアウトされてシャンバラに戻され、三日間はアルカディアにログインできなくなります。では、ログアウトできないアラタさんはどうなりますか?」
「それは考えないようにしています」
パララメイヤは、どこか泣きそうだしそうに見えた。
「考えれば考えるほど、それって怖いなって思いました。やっぱり保全委員会に通報した方がいいのかもって。でも当事者のアラタさんがそれを望んでいないならせめて協力しようって一緒に来ました」
「助かってますよ」
「けど、わたしは今のところあんまりいい仕事ができていない気がします。もしボス戦でミスをして、アラタさんの足を引っ張るようなことだけはしたくないんです。だから勝利とわたしを天秤にかける状況になったら、勝利を優先してください。わたしは恨みませんし、むしろそれを望みます。事前に取り決めをしておけば迷うことはないでしょう?」
パララメイヤの顔には優しげな微笑が浮かんでいたが、同意しなければ梃子でも動かないような気がした。
アラタは観念して、
「わかりました、約束しましょう。ただ、クリア後には再度攻略に付き合いますよ。それでいいですか?」
パララメイヤはちょっと渋い顔をしたが、
「うー、それでいいです。ホントに優先してくださいよ」
「優先しますよ。じゃあそろそろ行きましょうか?」
「はい、大丈夫です」
二人は立ち上がって道を進んだ。
そうしてとうとう最後のエリアにやってきた。
行き止まりの円形フィールド。一目でボスだとわかる。
円形フィールドは今までのボスがいた場所より一回りは広かった。
かなり動かされるのかもしれない。
「準備はいいですか?」
「はい」
二人で同時に円形フィールドへと踏み込んだ。
すると、奥の方に人魂のようなものが無数に浮かんでいるのが見えた。
人魂は円形フィールドの中央へとふわふわ移動し、そこで収束して一つの形を成した。
それは、ボロを纏った人型の何かに見えた。
宙に浮遊し、紫色のオーラのようなものに包まれている。
視線でポイントすると、その名前が表示される。
ネザーレイス
HP1244/1244




