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36.散々な道中


 リルテイシア湿原の道中に複雑なギミックはないようであった。

 ただ一本道を進むだけ、楽ではあるが面白みに欠ける気もする。


 一本道である故に徘徊する雑魚敵を避けられないのが面倒ではあったが、ダンジョン内の敵はやはり経験値が美味しいらしく、特にストレスを感じるほどではなかった。

 

 ここまでは順調そのものだ。

 パララメイヤのテンションが若干下っている点を除けば。


 アラタは気の利いたご機嫌取りなどできないし、そもそもご機嫌取りをしなければならないほどパララメイヤのテンションが下っているわけでもない。

 ウォータードッペル戦のあとの雑魚戦はムーアフロッグという中型のカエルのような敵が中心であった。


 パララメイヤはカエルが苦手らしい。

 中型のカエルといっても大型犬くらいの大きさがある。

 そんな大きさのカエルが襲いかかってきたら、まあそれなりに気持ちが悪い。


 初めはウキウキワクワクに見えたパララメイヤも、目に見えて口数が減っていた。


「大丈夫ですか?」

「え、何がですか?」

「なんというか苦手な敵が続いて気分が悪いんじゃないかと」

「いえ、大丈夫です。アラタさんがもっと気持ちの悪い敵と戦ってる追想も見たことありますし、ただ自分でやってみるのはちょっと違うなってだけで」


 言われて思い出すが、パララメイヤは遊戯領域初心者なのだ。

 それにしてはよく動けていると思う。

 特に詠唱のミスがないのは驚嘆すべきかもしれない。

 

 動きながら一字一句間違いなく詠唱するというのは想像より遥かに難しい。

 詠唱を間違えるとペナルティとして威力の減衰が発生するが、パララメイヤがそれを起こしている様子はなかった。


 余談ではあるが、忍者も忍術を使う時に結ぶ印を間違えるとペナルティが発生する。

 そのペナルティとは、頭から花が生えるのである。

 何を言っているのかわからないかもしれないが、本当にそうなる。

 術名を発生した時、過程で結ぶ印が間違っていた場合、頭からポン! と花が生えるのだ。

 花にデバフ効果はないし、時間経過で消えるのでそこはいいのだが、術の使用回数がしっかりと減るのは笑えないペナルティではある。

 ちなみにアラタはパララメイヤの前で一度だけやらかした。

 

 花を生やしてもそれに対して何も言及されなかったのが逆に辛かった。

 思い出したくない記憶だ。


 そうして歩いていると、また広い空間が見えた。

 これはおそらく中ボスだろう。実にわかりやすい。

 アラタの経験上通路でボスと戦わされるゲームなどほとんどないので違和感は少ないが、それでも多少緊張に欠ける感じは否めない。


「アラタさん、あれってボスですよね?」

「たぶんそうですね」

「次は気持ち悪いボスじゃないですよね?」

「それはわからないですけど」


 二人は武器を構えて、ボスエリアへと踏み込んだ。

 すると、水辺から巨大な敵が姿を現した。


「いやああああああああああ!!!!」


 パララメイヤの叫びが湿原に響く。

 攻撃を受けたわけではない。それは違う。

 

 草地にのそりと上がってきた敵の姿は、カエルだった。

 しかも巨大な。

 ちょっとした小屋くらいの大きさのカエルというのは、目の前にすると想像より遥かに気味が悪い。

 黄土色の体に、イボのようないくつもの突起。ギョロリと回転する眼球は爬虫類特有の動きでアラタとパララメイヤの動きを見つめていた。


 ムーアトード

 HP420/420


 HPからしてボスではなく中ボスであろう。

 

 アラタが踏み込むよりも、敵の攻撃の方が早かった。

 突如舌が伸び、一直線にパララメイヤを狙った。


PARALLAMENYA-RES:どうしてここはこんな敵ばっかりなんですかぁーーー!!!!

ARATA-RES:そりゃあ湿原ですから。


 アラタが舌の軌道をずらすように横から刀で斬りつけた。

 パララメイヤも既に回避行動に移っている。


 舌が湿原の地面を打ち据え、戻っていく。

 アラタは舌に追従する形でムーアトードへと迫った。

 さらにその後ろには、無数のマジックミサイルがムーアトードを狙っていた。


 アラタはムーアトードに隣接し、その顔面を斬りつけた。

 接近してしまえば木人も同然で、ろくな反撃もされずに攻撃を入れることができた。

 頭突きのように短い突進こそしてくるがそれだけで、回避は至極容易かった。


ARATA-RES:呪文は温存で。

PARALLAMENYA-RES:はい!!


 戦闘は、これ以上ないほど順調に進んだ。

 アラタがヘイトを取って前線でやり合い、パララメイヤが遠距離から援護する。

 二人は被弾することもなく、確実にムーアトードのHPを削っていく。


 ムーアトードのHPが半分を切ったところで動きがあった。

 ムーアトードが今までの緩慢な動きが嘘のような跳躍を見せ、フィールドの中央に着地。


 嫌な予感がする。

 ゼラチナスウォーグの全体攻撃を彷彿とさせる動きだ。


 草地のところどころから、水が染み出し始めた。

 それは、アラタの足元にも発生していたし、パララメイヤの足元にも発生していた。


ARATA-RES:メイヤ! 動いてください!


 パララメイヤの回避はギリギリで間に合った。

 キャスターとは思えぬ速度で前へと飛んでいた。


 加速ヘイスト。キャスタークラスの専用魔法。

 一時的に自身の敏捷に+6のボーナスを入れるバフだ。

 効果時間は30秒、リキャストは60秒。

 クラスの敏捷イコールギミックの難易度になってしまわないような措置なのだろう。

 アラタから見れば一目必須とわかるが、なぜかパララメイヤが取得していなかったスキルだ。


 パララメイヤのいた場所に、盛大な水柱が吹き上がった。

 アラタのいた位置にも同時に水柱が吹き上がる。


 水の染みは二人を追従するように湧いている。

 次々と水柱が吹き上がり、二人を吹き飛ばさんとしていた。

 二人は常に動き、一定の場所にいないようにして水柱を回避し続けた。

 ムーアトードの周囲には攻撃を妨げるような水の壁が見える。

 

 アラタはパララメイヤの位置を気にしながらムーアトードへの距離を縮めるように回避を続ける。

 簡単なギミックだが、このギミックの難しい点を強いて挙げろというならばお見合いが怖いというところだろう。

 たぶん、このギミックは人数が少ない方が簡単なはずだ。四人パーティで適当に逃げ回った場合、他のプレイヤーを追従した水柱にハマる事故が起きるかもしれない。


 水の染みが収まる気配を見せたところで、


「あー」


 アラタは間抜けな感じに口を開き、つい声を出していた。


 アラタは水柱の攻撃が始まってから、終始パララメイヤを気にしていた。

 加速ヘイストを使っての動きに慣れていないだろうからだ。


 パララメイヤに悲劇が起きていた。

 水柱に打ち上げられたわけではない。

 その点パララメイヤは見事に動き、自身を狙った水柱にも、ランダムに発生した水柱にも当たらずギミックを処理していた。

 

 しかし、ギミックの終了を感じて気を抜いた部分があったのだろう。


 パララメイヤの体が、前のめりに倒れようとした。

 何か難しいことが起きたわけではない。

 単にすっ転んだのだ。


「ぶべらっ!!」


 顔面からモロに行き、その見た目からは出してはいけない声を出していた。

 

 アラタは見なかったことにしてムーアトードに攻撃を続けた。

 そこからはもう難しいことはなにもなかった。

 すぐにパララメイヤからの援護も再開され、ムーアトードのHPが25%を切ったところでもう一度同じ水柱の攻撃が来ただけだった。


 最後はパララメイヤのバレットが決めた。

 ムーアトードが光の粒子となり、その光がアラタ達に吸収される演出が入る。

 網膜に映るのはレベルアップの表示。どんなゲームでも、何度見ても嬉しい表示だ。


 戦闘を終え、パララメイヤは酷い有様だった。

 HPで言えば僅かにダメージを受けただけであるが、汚れ方がとにかくひどかった。

 インベントリからタオルを出し、湿地の水を使ってなんとか汚れを落とす作業に、たっぷり十分は使うことになった。


「うう…… 早くお風呂に入りたいです……」

「散々ですね、なんか」


 アラタは慰めにもなれない言葉を言って、スキルポイントをどう振るかを考えていた。


 ムーアトードを倒しても、ダンジョンは終わっていないのだから。

 わかってはいたが、やはり中ボスに過ぎない相手であった。


 このダンジョンは、アルパの街からスタートしたプレイヤーの、一割未満しか踏破してないダンジョンである。

 そうであれば、こんなに簡単なはずがない。


 ムーアトードはどう考えても苦戦するような相手ではなかった。

 二人パーティだからギミックが軟化していたというのもなくはないと思うが、それでも水柱は簡単なギミックだ。

 四人であればそれぞれが一定の空間内で避けるか、全員が時計回りをして避けていくなどルールを作れば他者の水柱に当たることなく簡単に処理できるだろう。


 雑魚も大したことはなく、中ボスも弱い。

 それでも踏破率が低いということはつまり、ボスがやばいということだ。


「アラタさん? どうしました?」

「いえ、なんでもありません」


 パララメイヤから視線を外して、アラタは進む。

 パララメイヤは、アラタに協力する形で参加してくれたのだ。

 こうして汚れているのも、アラタを助けるためなわけだ。


 クリアさせてやりたいと思う。

 二人で行こうと誘ったのはアラタに他ならない。

 そしてパララメイヤはアラタを信じて一緒にいるのだ。


 なら後悔はさせたくない。


 おそらく次のボスはこう簡単にはいかない。

 いくらHPが二人向けに調整されていると言えど、ギミック処理の都合上不利が生じたりすることは大いにあるだろう。

 それでもクリアしてみせようではないか。


 アラタの口元は笑ってはいない。

 その目には、静かな決意があった。

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