35.つい狙ってしまう
リルテイシア湿原に入ると、先程まで晴れていた空が急に曇りだしていた。
ダンジョン内のロケーションとして、ここはいつでも曇なのだろう。
陽光は厚い雲に遮られ、薄っすらとした霧がかかっている。
アラタは足元を確認する。
地面は湿った草地になっており、柔らかさは感じるが歩きにくいというほどではない。
しかし、戦闘になった時には意識しておかないと思わぬ事故を招くかもしれない。
アラタとパララメイヤは二人で湿地帯を進む。
道は極めてわかりやすい。
なぜなら、順路以外の場所は浅瀬になっていて実質的な侵入が不可能になっているからだ。
「思ってたよりも、ずっと綺麗な場所ですね」
パララメイヤが気楽な調子で言う。
確かにリルテイシア湿原は美しい場所だった。
緑あふれる草原に、ところどころに大きな水たまり、遠くには山々をのぞむことができ、晴れていればピクニックに最適かもしれない。
リルテイシア湿原のダンジョン構成としては、一本道であるようだった。
だいたいが草地だが、ところどころ人の手が入った木板が敷いてあり、移動はしやすかった。
敵にもあまり遭遇はしなかった。
ガス状の幽霊のような敵と一度だけ遭遇したが、パララメイヤの魔法によって難なく撃破した。
「この調子で楽に行けるといいですね」
パララメイヤが軽い調子で言う。
踏破率一割のダンジョンにそんな都合のいい話があるはずはないが、パララメイヤもそれはわかって言っているのだろう。
しばらく進むと、お決まりの広いエリアに出た。
馬車も通れなさそうな道幅だったものが、突然円形の広いエリアになっている。
「アラタさん、あれ」
「わかってます」
十中八九イベントだろう。
中ボスか、それとも雑魚戦か。
いずれにせよ戦闘になることには賭けてもいい。
アラタは抜刀して臨戦態勢を取る。
パララメイヤもアラタにならって杖を抜いていた。
たぶん、感知エリアに入ると何かが現れるはずだ。
「準備はいいですか?」
「はい! いつでも行けます」
鬼が出るか蛇がでるか。
アラタが円形エリアに踏み込むと、突然周囲の霧が集まりだした。
「なんだか、甘い匂いがしませんか?」
「甘い匂い?」
アラタは感じなかった。
感じるのは緑の匂いと、霧に含まれる水分だけだ。
霧は円形フィールドの中心に集まり、ひとつの形を成した。
出てきたのは、鬼でも蛇でもなく、パララメイヤだった。
「え!? え!?」
正確には、霧が集まってパララメイヤらしき姿をとっていた。
行った。
アラタは一気に距離を詰め、右手で目を狙った。
手の甲を使った目打ちがパララメイヤを模した敵の顔面を打ち据える。
その時にはもう、左に握り込んだ刀が敵の心臓を貫いていた。
意外なことに、感触はしっかりあった。
霧が溶けるように実体をなくしていく。
ウォータードッペル
HP0/38
再び霧が収束して形を成す。
今度は四体。
その内の二体はパララメイヤを、残りの二体はアラタの姿を模していた。
ARATA-RES:適当な感じで援護頼みます。
手近なドッペルから狙った。
どうやら姿を模しているだけで、性能を模しているわけではないらしい。
パララメイヤを模したドッペルの首に刃を滑らせ、追い打ちでみぞおちに蹴りを入れた。
クリティカル扱いではないらしいが、十分なダメージは出ているようだった。
ARATA-RES:人型だと、つい急所を狙っちゃうみたいなとこ、ありますよね。
PARALLAMENYA-RES:ないですよそんなの!! アラタさんちょっとぉ!!
ARATA-RES: ? :IMAGE ONLY
殴りかかってきた二体目のパララメイヤドッペルの腕をそのまま引き込んで投げ倒し、顔面に練気を乗せた踵を打ち込んだ。
PARALLAMENYA-RES:わたしの見た目をした敵にそんなに酷いことしないでください!!
そんなこと言われても。
パララメイヤのバレットがアラタのドッペルたちを牽制していた。
アラタとしては能力もコピーされていた場合の対策としてキャスターであるパララメイヤのドッペルを狙ったわけである。
ドッペルの見た目にしたって色はついていないし、そこまで似ているようには見えない。
トドメを刺しきれていなかったパララメイヤドッペルが立ち上がろうとしたので、その脇腹につま先をねじ込んだ。
PARALLAMENYA-RES:ほらまたぁ!!!!
アラタは位置取りで残ったドッペルをパララメイヤの攻撃の射線上へと導いた。
命中を確認して追い打つように攻撃を加えていく。
PARALLAMENYA-RES:もうヤですヤですなんですかこの敵はぁ!!
イマイチ緊張感のない戦いが続いた。
結局無傷でほぼリソースを割かずに勝利を収めたわけであるが、パララメイヤは明らかに疲れてるように見えた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、ですけど、アラタさんホントに容赦ないですね」
「いや、そう言われても、そんなに似ていませんでしたし」
「似て? そっくりじゃなかったですか? 見た目だけなら完全に同じに見えましたけど」
アラタにはそうは見えなかった。
疑問に思い戦闘ログを遡ってみると、そこにはドッペルの「水底の幻惑」というキャストが表示されていた。
早速観察眼が役に立ったわけだ。
そして生きていたのか、精神耐性。
「たぶん、精神耐性のスキル差で見え方が違ったんだと思いますよ」
「ホントですか?」
パララメイヤもログを辿っているような遠い目つきになる。
「確かに、それっぽいスキルがありますね。良かった。アラタさんがわたしそっくりのドッペルに攻撃してる時、だいぶ怖かったです」
パララメイヤは安堵の表情を見せていた。
その目には、アラタへの無償の信頼が宿っている。
アラタはそれには応えず、
「では、先に進みましょうか。今のは雑魚だと思うので、あと二戦くらいはイベント戦がありそうですね」
例え見え方が違ったとしても同じことをしたであろうことは、口に出さずにおいた。




