31.開放条件
「メイヤは、このゲームのオープニングについてどう感じましたか?」
パララメイヤはキョトンとして、
「どう、とは?」
「ほら、なんというか不快だったじゃないですか。それについてはどう思いました?」
パララメイヤは心底不思議そうな顔をしている。
「不快だったんですか? アラタさんの場合は」
「それはもう。ということは、メイヤのオープニングは不快ではなかったと?」
「はい。楽しかったですよ」
「どんなオープニングだったんですか?」
「魔法学校の卒業パーティーからでした。みんなで帽子を投げるやつもやりましたし、料理も美味しかったし楽しかったですよ」
そんな理不尽な。
アラタは眼球に赤熱した杖を押し付けられそうになったというのに。
全員が同じオープニングを見ているわけではない気はしたが、それは正解らしい。
「アルカディアはどうやら理念によってオープニングが違うみたいです。アラタさんはフォーラムってあんまり覗かないんですか?」
覗かない、ではなく覗けないのだが、今はそれを伏せておくことにした。
「まあ色々ありまして」
「自力で攻略するためにヒントは見ないって感じですか? すごいです! わたしなんて色々調べないと何もわからなくて」
勘違いで尊敬されても困るのだが、否定しても事情を説明しにくい。
アラタの目下の目的はアルカディアからログアウトすることだが、その方法は正攻法で行きたいと考えている。
シャンバラのルールに照らし合わせれば真っ先に通報するのが正攻法なのだが、それでは面白くない。
アラタはアルカディアと真っ向勝負して開放されたいと思っている。
そうなると、パララメイヤにログアウトできないことがバレるのは良くない気がしていた。
そんなことを知れば、パララメイヤはパニックに陥って即通報しそうだ。
シャンバラのルールを捻じ曲げているような領域に対しては実に模範的な対応ではあるのだが、それはアラタの望むところではないのだ。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。
最初の一品は前菜のサラダであった。
「それではご馳走になりますね?」
パララメイヤが嬉しそうにアラタを見ている。
「どうぞ、僕もここの料理は食べてみたかったですしね」
半分は本当だった。
食事をしながらの会話などどうすればいいのかとアラタは不安に思っていたが、困ることは何もなかった。
パララメイヤがひっきりなしに喋っているからだ。
過去にアラタが上げた遊戯領域の体験を中心に、ゲーム全般の話。それからアルカディアの現状の評価について。
現状のアルカディアは、かなりの高評価を得ているらしかった。難易度は高めだが、やりごたえがあり、クラスごとのバランスなども問題がない。
評価において話題にされるのはデスペナルティの重さだが、ゲームに真剣味を持たせる要素としては賛否両論なようだ。
パララメイヤに合わせて話しているうちに、料理は次々と運ばれてきた。
そうしてついにメインディッシュだ。
よくわからない敵のステーキらしいが、詳細は聞かないことにした。
見るだけなら重厚で芳しい匂いのする、食欲をそそるステーキだ。
「わあ、美味しそうですね!」
「それには同意します。こんなに美味そうなものを見たのは二年ぶりですよ」
アラタのベストは伸びたカップ麺ではあるのだが、見た目の美味さという点ではまともな料理には大きく劣る。
こういったいかにもな高級料理を見たのは、INFINITY WARで得た想定外の栄誉で豪遊した時以来だ。
肉にナイフを入れると肉汁が溢れてくる。
ミディアムに焼かれた断面には僅かな桃色が混じっていた。
アラタはフォークでステーキを口へと運ぶ。
涙が出そうなくらい美味かった。
口の中で肉本来の味と、適度な脂身と、かけられたソースの味が絶妙なハーモニーを奏でていた。
アルカディアにインして以来ろくなものを食っていなかった分だけ、その差から異様なまでに美味しく感じられた。
「美味しいですね!!」
パララメイヤが頬を綻ばせている。
本当に美味いものを食うと、人は無言になる。
アラタは黙々とステーキを口に運んだ。
食っては味わい、食っては味わい、生物としての喜びを噛み締めていた。
皿の上からステーキが消えた喪失感に悲しみながらも、アラタは確かな充足感を味わっていた。
これで残るはデザートだけと思うと時間が経つのはあっという間だ。
「すいません、ちょっとお手洗いに」
「あ、はい、わかりました」
アラタは席を立って部屋から出た。
廊下にいた給仕にトイレの場所を聞いてそちらへと進む。
データ上に生きる人間が排泄などするのか、と思うかもしれないがもちろんする。
エデン人なら別なのかもしれないが、シャンバラ人は物質人の完全なエミュレートをデータ上で行っている。
腹も減れば眠くもなる。アイドルと違って大も小もするわけだ。
アラタは小便器の前に立ちながらパララメイヤとの会話を反芻していた。
パララメイヤがアラタ・トカシキのファンだというのはもはや疑いようがなかった。
アラタが覚えていないような追想の内容まで事細かに覚えていて、返答に困ったこともあったほどだ。
それと、このゲームのオープニングについて。
オープニングは理念によって変わるとパララメイヤは言っていた。
ならば、アラタのあのオープニングは理念が星を追うもの用のオープニングなわけだ。
さらに言えば、星を追うものはこのアルカディアから出られなくなるのが決まっていたのだろう。
フューレン・トラオムはいったいどこまで理解してアラタにアクセス権を譲ったのか。
概ねあの女が元凶だとは思ったが、アラタが理念によってこの領域に囚われているのが確定したのは大きい。
しかし、なぜあんな悪趣味なオープニングにしたのか。
右目に近づけられた杖の熱を今でも思い出せる。
右目。
そこで、アラタの脳裏にある閃きが走った。
敵を撃破した場合、その体は光の粒子となってプレイヤーに吸収される演出が入る。
普通ならばそのはずだが、ゼラチナスウォーグとアポストロスベアーは違った。
光の粒子は、アラタの右目へと吸収されていた。
両ボスとも倒した時の状況が状況だっただけに失念していたが、確かそうだったはずだ。
無関係ではあるまい。力を示せとあの老人が言っていた。
おそらくアラタを縛っている戒めとやらの開放条件は、十中八九一定体数のボス敵を倒す事だろう。
マーダーバニーの時は右目に吸収されるような演出はなかったはずだから、大ボス扱いされるような敵でなければならないのかもしれない。
ならば簡単だ。
当初の予定通り探索を進めて行けばいい。
今のところ、一部を除けばアルカディアは普通のゲームであるように思える。
そうであるならば敵は絶対に倒せるように設定されている。
倒せるように作られた敵を倒す。ただそれだけで、この不可解な状況から脱出できる。
元々アラタはアルカディアで遊ぶつもりでアクセスしたのだ。
その目的通りに動いて開放されるのならば、何も困ることはない。
アラタはトイレから出て、パララメイヤの元に戻る。
ただその頭の中では、あの時の老人の顔が思い浮かんでいた。




