30.防御力重視
夜、アラタは一人で待っていた。
食事の場所をアルカディア内で、と指定してくれたのはかえって助かった。
別の領域を指定されていたら、アラタにそれを叶える術はないのだから。
アルカディアの飯は美味くない、といったがそれは一般的な食事の味を指している。
プレイヤーである職人が作った製作品は、極まればそれこそ天井なしで美味い。
他にもシステム側の提供として嗜好品を取り扱っている店の食事はちゃんと美味しいと感じるものになっている。
アラタは何気に両方を体験済みだ。
胃が満たされる食物だけでは人間はやっていけない。
マニーは攻略に意味のあることに使うべきなのだが、アラタはその一部を嗜好品に使っていた。
バザーに出ている職人の製作品を買ってみたり、フィンドフォーンの露天にある菓子類を買ってみたりといった具合に。
精神の健康を保つのもゲームを攻略するのに意味を持つ、そう自分に言い聞かせて無駄遣いをしていた。
フィンドフォーンの頂点付近には、素晴らしい夜景が見られると謳う高級レストランがある。
マルチプレイヤーの遊戯領域において、この類の店はだいたいがデート用に用意されている。
こういう店は総じて馬鹿高い。なぜならばそれでも利用されるからだ。
サービスはゲーム内通貨相応のものになっているし、所詮ゲーム内通貨ではある。それで良い体験ができるならば悪いものではない。
そういって利用する輩はいつも必ずいるものである。
今のアラタのように。
アラタはまさに、その高級レストランの前に立ってパララメイヤを待っている。
レストランは綺羅びやかに装飾され、いかにも高級店といった装いだ。
フィーンドフォーンの頂点近くに埋没している巨木をくり抜いたような造りになっていて、絢爛な雰囲気ではあるが、方向性ではしっかりと自然に融合していた。
入り口の上にある凝った装飾の看板には、シャンバラの共通文字でムーンデイズとある。
正直、緊張している。
アラタは待ち合わせの十五分前には既に到着していた。
まさか詫びにデートじみたことを要求されるなんて思いもよらなかった。
アラタは無論、こういったシチュエーションが苦手だ。
なにしろ経験がほとんどない。エレガントなエスコートなどできるはずもなく、アラタもそれを自覚している。
まあパララメイヤからのリクエストだ、普段通りに接していればいいだろう。
そうは思うのだが、それはそれで緊張する。
早く来たが、あまり待つことはなかった。
パララメイヤも十分前には姿を表した。
二秒で後悔した。
パララメイヤは、ちょっとしたドレスを着ていた。
黒を基調として僅かな装飾が施されている。
二つ目の拠点であるからにはそう大した装備ではなさそうだが、間違いなく実用性のないオシャレ装備である。
対してアラタはどうか。
もちろん月乙女の忍衣を着ている。
だって防御力が25もあるし、麻痺とスタンに対して完全な耐性がある。おまけに全異常に対しても耐性があり、序盤でこの性能ならば装備しない状況はほとんど見当たらない。
強いて言うならば、フォーマルな場には適さないところだろうか。
月の乙女がどういう趣味なのかは知らないが、月乙女の忍衣は大昔のビジュアルバンドの、ベースあたりが着ていそうな気配のある装備だった。
ファンタジー丸出しの世界で普段歩くならば気にならないが、相方がフォーマルなドレスなどを着ていた場合には避けた方が無難だろう。
もう遅いが。
「すいません、待ちましたか?」
「いえ、来たばっかりですよ、本当に」
パララメイヤはアラタの装備を気にしている様子はなかった。
フィーンドフォーンの頂上付近となると今はイベントもなく、プレイヤーは全く見当たらなかった。
NPCも当然アラタの服装に突っ込んだりはしないので何の問題もないのだが、アラタはなんとなくいたたまれない気分だった。
「それじゃあ入りますか?」
「ええ」
店に入ると、給仕が優雅な足取りで近づいて来た。
「ご予約の、アラタ・トカシキ様ですね?」
アラタがうなずくと、
「ではこちらへどうぞ」
そう言って給仕はアラタ達を先導した。
ムーンデイズは二階建ての店で、一階は比較的気軽に入れるフロアであるようだった。
プレイヤーの数も僅かだが見受けられる。
二階に上がると、広い廊下に等間隔に扉が配置されていた。
二階は完全個室制になっていて、中にどんな人物がいるかを見ることはできない。
しかし、今はプレイヤーはいないだろうなとアラタは思う。
サービス開始の一番重要なタイミングで、貴重なリソースであるマニーをシステムに食わせる奴なんてそうはいないだろう。
給仕は部屋まで案内すると「それではごゆっくりどうぞ」とだけ言って去っていった。
アラタは案内された部屋へと入る。
深紫の絨毯が敷かれた、外からの印象よりもずっと広い部屋だった。
アラタの個人領域の三倍はあるかもしれない。
中央にテーブルが配置されていて、そこには二つの椅子が用意してあった。
部屋の奥にはバルコニーがあり、月明かりが差し込んでいるのが見えた。
「なかなか雰囲気の良さそうなところですね」
パララメイヤは部屋を目にしてご機嫌そうだが、どこか場馴れしていそうな雰囲気があった。
外でのパララメイヤがどんな人物かはわからないが、こういった場所にはよく来るのかもしれない。
アラタは手前の席に座り、パララメイヤに奥の席を譲った。
サムライブシドーニンジャで学んだカミザという概念だが、この場合は景色が良いのは手前の席なので間違えているかもしれない。
二人が席に着くと、先にパララメイヤが口を開いた。
「今日はこんな素敵なお店に連れてきてくれてありがとうございます」
「それはまあ、詫びですからね」
「それでも嬉しいです」
そういうパララメイヤの笑顔は本当に嬉しそうだ。
これだけで大枚をはたいた価値はあるかもしれない。
この店は、料理が即テーブルの上に出現するわけではないようだった。
こういった場所であるからには、給仕が持ってくるのだろう。
それまでにどう間を持たせようかと思ったところで、アラタはあることを思い出した。
パララメイヤと雑談をする機会はそれなりにあったが、今の今まで忘れていた。
「ねえメイヤ、ちょっと聞きたいことがあるんですが」




