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28/202

28.悲しい生き物


 アラタはパララメイヤに歩み寄る。

 パララメイヤは恐怖に塗りつぶされた顔つきで、


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


ARATA-RES:そういうのはいいですから。


「わたしのミスでアラタさんがFDされちゃうところでした! 本当にごめんなさい!」


 この期に及んでまだ惚けようというのか。


ARATA-RES:まずメイヤ自身が僕を狙っているのか、誰かの指示で動いているのかを教えてください。


 パララメイヤは、アラタの言葉を聞いてなぜか恐怖の表情が薄まっていた。

 今パララメイヤの顔に浮かんでいる感情は、困惑だろうか。


「えっと、すみません。話がわかりません。アラタさんはわたしのミスを怒ってるんじゃないんですか?」


 アラタも話がわからない。

 確かにミスと言い訳ができるかもしれないが、ミスにしてはあまりにも殺人的でどうしようもなく致命的だ。

 

ARATA-RES:正直に話してください。


「あの、その、アポストロスベアーの咆哮は60秒間隔で間違いないと思うんですけど、あのタイミングだとちょうどHPが25%を切るタイミングで、それでトリガーを踏んじゃったんだと思います」


 上手い言い訳だ。

 一定のHPを割ると特殊行動をするのはゲームだとよくある話だ。

 さすがはここまでアラタを欺いてきただけはある。


ARATA-RES:わかってますから、そういうのはいいんですよ。


 パララメイヤはますます困惑を深めた顔をして、


「あのう、本当にどういうことなんですか?」


 もう、はっきり言った方が早いと思った。

 アラタが理解していると理解すれば、パララメイヤもどういった狙いでアラタに近づいたか話す気になるだろう。

 アラタは念信ではなく、口語に切り替えて言った。


「メイヤ、きみは何らかの理由で僕をFDさせるために近づいた。偶然を装い僕に近づき、僕が他のプレイヤーと組むことができない状況を利用して信頼を得て、いよいよのタイミングで必殺の罠に追い込んだ」


 パララメイヤは、アラタの言葉を聞いて、まさしくポカンという表現が当てはまる表情を浮かべていた。


「さすがの僕でも気付きますよ。そもそも最初から違和感があった。このミラーで僕の悪名は轟いているはずですし、キミは初めて会った時から僕の顔を知っている風だった。それなのに僕と組みたがるなんて、明らかに不自然です」


 パララメイヤはそこで顔を伏せた。

 観念したのかもしれない。


「しかしキミには誤算があった。必殺の罠に誘い込んだはいいが、僕には身代わりの護符という首装備があり……」


 そこでアラタは気付いてしまった。

 その身代わりの護符は、パララメイヤがアラタに譲ったものだ。

 人間不信が先立って、完全に忘れていた。

 必殺の罠に誘い込むなら、それはどう考えてもおかしい。


 頭がいいと勘違いして得意げに話す馬鹿ほど悲しい生き物はいない。

 アラタは、胸が内側に引き込まれるような感覚を味わった。

 

 パララメイヤは、顔を伏せたままだ。

 アラタはどうすればいいのかわからなくなり、


「もしかして、敵の行動を看破したと思ったら、たまたまHP割合が条件の行動に引っかかっただけですか?」

「あの、その、さっきそう言ったんですけど……」


 アラタの勘が言っていた。

 これはマジだ、と。

 こうなったらもう出来ることは限られていた。


「なんて言えばいいかわからないんですけど……」


 ミスをした時、どれだけ素直に過ちを認められるかが男の価値を決めるとアラタは考えている。


「完全な勘違いでした。本当にすいません……!!」

「あっ、アラタさん! 頭を上げてください!! わたしのミスが原因なんですから! わたしこそ本当にごめんなさい!」


 そこから先は、お互いが譲らなかった。

 すいませんとごめんなさいが連呼される陰鬱な空間が形成され、ダンジョン制覇に向けて二人が動き出すまでにたっぷり三十分はかかった。


***


 ボスがいた部屋の先にはもう、小部屋しかなかった。

 そこには、これ見よがしに宝箱が置いてある。

 

「どっちが開けますか?」


 パララメイヤは元気を取り戻していたが、アラタは未だに陰鬱な気分であった。


「メイヤが開けてくれていいですよ、このダンジョンを見つけたのもメイヤですし」


 パララメイヤは迷ったようだったが、アラタの様子を察したのか宝箱の前に進み出た。

 パララメイヤが宝箱を開けると、ダンジョンクリアのアチーブメントが網膜上に流れた。


 しかし、こういったゲームで報酬が入っているのは宝箱と相場が決まっているが、毎度シュールな光景だとは思う。

 なぜわざわざ宝箱に入れるのか。

 答えは遊戯領域のお約束だからであるが、いったいいつからの文化なのだろう。

 太古のゲームからのお約束を仮想現実でも引き継ぎ続けるのは、アラタはちょっとどうかと思っている。


「アラタさん! すごいですよ!!」


 何がですか、と聞く前にアラタへと50000マニーが振り込まれた。


「ごまっ!? これ半々ですか?」

「もちろんです、それに装備もあるみたいですよ。たぶん、攻略したパーティにいるクラス分出るものなんでしょうね」


 パララメイヤからのトレードで、月乙女の忍衣という装備が提示されていた。

 アラタは何も出さずにトレードを了承し、パララメイヤもそれに同意することで装備が譲渡された。


 月乙女の忍衣/mythic

 守備力25

 全状態異常に対しての小耐性

 麻痺、スタンに対しての完全耐性


 クッッッソ強い。

 アラタが愛用せざるを得なかった冒険者の服の守備力は8である。

 店売りでも大差ない装備しかなかったのを考えると、フィーンドフォーンまでで手に入る装備では最高級のものだろう。


「あ、ようやく嬉しそうな顔、してくれましたね?」


 そういうパララメイヤの方が嬉しそうだった。


 パララメイヤの装備が切り替わる。

 どこにでもありそうなローブから、華美な装飾が成された修道衣のような装備に。


「結構可愛くないですか、これ。どうです!? 似合ってます!?」


 大したテンションだった。

 パララメイヤはくるりと一回転して、装備を見せてくる。

 

「似合ってますよ。まるで一流の魔法使いのようです」


 パララメイヤはにへへと笑い、


「いいですね、こういうの。ダンジョンをクリアしていい報酬をもらって、って」


 確かに。

 それに、こうして手に入れた報酬をその場で着て披露するという流れも懐かしいものがあった。

 マルチゲーにはよくある光景だ。

 

「とりあえずこれで一件落着ですね、それじゃあ出ましょうか!」


 パララメイヤはいつも以上に明るく振る舞っているように見えた。


「メイヤ、一つだけ聞かせてもらっていいですか?」


 パララメイヤは振り返り、首をかしげて、


「なんですか?」

「メイヤはなぜ、僕なんかにこだわったんですか? 詳しくは知りませんが、僕はこのミラーでは有名人でしょう。知らないわけはないはずだ。それに、僕について出会う前から知っている気配がありましたよね? なぜですか?」


 純粋な疑問だった。

 もう責めようという意思はない。

 パララメイヤが話さないならば、それはそれでいいと思った。

 単に聞いてみただけだ。


 アラタが思ってもみなかった反応が起きた。

 赤面しているのだ。

 パララメイヤが。


「どうしました?」

「えっと、わたしがアラタさんのこと知ってるって、バレてたんですか?」

「いえ、勘ですけど。でもそういうってことはやっぱり知ってたんですね?」


 パララメイヤは露骨にしまったという顔をした。

 不自然に目を逸し、


「いやー、それはー……」

「話してくださいよ、怒ったりしませんから」


 先程の詰問とは違い、アラタの口調には冗談めかした響きがあった。

 パララメイヤは迷い、それから意を決したように胸の前で両手を握り、アラタが予想だにしなかった一言を口にした。

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