27.何もかも忘れて
考えてみれば、おかしな点はいくつもあった。
まず、ミラー42にいてアラタ・トカシキの名を全く知らないということはあり得ない。
アラタはフォーラムがどうなっているのか確認できないが、周囲のプレイヤーの反応を見るにアラタはエルドラを壊滅させたイカレPK野郎であり、触れるな危険扱いされているのは間違いない。
それなのに、パララメイヤは気にせずにアラタに接してきた。
フォーラムを見ていない、ということはないだろう。初心者だろうが絶対に見ているはずだ。むしろ、パララメイヤは初心者だからこそよく調べそうなタイプだ。
しかも、そのことに対して何も言及しないのだ。
わたしは気にしませんと言ったり、噂は本当なのかと尋ねてきたりすらしない。
ただ、そんなことは知らないかのように振る舞っている。
他にも気になる点はある。
パララメイヤは、アラタ・トカシキに遭遇する前から、アラタを知っていたように思える。
初めて遭遇した時のパララメイヤの目を、アラタは今でも覚えている。
あれは、表示されているネームを見ているのではなく、顔を見ていた。
まるで、知っている顔を確認しているかのように。
トドメは、アラタに妙に固執していたところだ。
キャスターはパーティ人数が多いほどその真価を発揮する。
単純な話で、パーティ人数が多ければその分狙われる割合が減るからだ。
それなのに、アラタと二人パーティを積極的に組もうとしていた。
たぶん、アラタの中で人と関わりたい気持ちがあったのだと思う。
だから、フューレン・トラオムの話を受けてアルカディアにやってきた。
だから、パララメイヤについて深くは考えなかった。
なぜパララメイヤはアラタの元に来たのか。
答えは、アラタを強制切断させるためだ。
どうしてそんなことをするのか、考えられる線は二つ。
アラタはPK魔であり、そのアラタを倒せば、ちょっとした英雄になれる。
デスペナルティの重さを天秤にかけてまでチャレンジするような奴にはまだあっていないが、ちょっとした英雄になりたがる奴がいてもおかしくはない。
もう一つは、エルドラの手先という線だ。
エルドラとしては汚名をすすぎたいだろう。
実際の犯人でなくとも、アラタがエルドラをやったことになっている。
ならば、アラタを倒せばいい。
パララメイヤはエルドラと関わったことがあると口にしていた。
あれは油断から口にしたのかもしれない。
アラタを倒すにはアラタを上回るプレイヤーを送り込むか、多人数の手練でフクロにするのが基本だろう。
確実を期すならば、手先には見えないおっとりとした美少女を送り込んで、信頼を得て、そこから必殺の罠に誘い込んだりするのもいいかもしれない。
アラタは今、その罠にまんまとハマっていた。
アポストロスベアーの巨体が眩い緑に発光し、その周囲を巻き込む爆発を起こした。
アラタは、パララメイヤの言葉を信じ切って、アポストロスベアーに突貫した。
最後の跳躍に合わせて、アポストロスベアーはその必殺の一撃を放とうとしていた。
必ず当たるし必ず死ぬ。
そういうタイミングだった。
アラタのHPは二度の咆哮を浴びて46しかない。
生き残れるはずなどなかった。
緑色の閃光がアラタを飲み込んだ。
容赦のない破壊の波が、アラタ吹き飛ばした。
ログアウトできない状態でFDされたらどうなるのか。
この時まで、考えすらしなかった。
そうして今も考えてはいない。
なるようになるだろう。
破壊の波が止み、終わりは来ていなかった。
アラタは地面に激突せぬように着地。手から入り体を回転させ、衝撃を殺し切る。
アラタは自らのHPを確認する。
HP1/86
「はっ」
思わず笑いが漏れた。
戦闘ログを確認すれば、身代わりの護符が砕け散ったという文字がある。
そんな装備は今の今まで忘れていた。
パララメイヤに目をやる。
そこには、恐ろしいものを見たような、恐怖の視線があった。
PARALLAMENYA-RES:アラタさ……
ARATA-RES:集中するために念信は切らせてください。
網膜にdisconnectedの文字。
念線を切り、アラタはアポストロスベアーに向き直った。
背後の気配に、注意を忘れずに。
信じるとどうなるかはかつて味わったというのに、何も学んじゃいない。
アラタは回復薬をインベントリから取り出して使った。
アイテムのリキャストタイマーが5分からカウントダウンされる。
まずはこのクソ熊を処理する。
一人で。
今この瞬間は、それ以外の全てを忘れてしまおうと思った。
神経が研ぎ澄まされていく。
世界が色をなくす。
巨大な熊が、暴走とも言える激しさでアラタに向けて突撃を開始した。
攻撃しているというよりはもはや暴れているだけとも言える動き。
圧倒的な暴力がアラタを襲う。
そして、それは冗談でしかなかった。
ただ早く強いだけの攻撃には、何の脅威も感じなかった。
モーションがわかり易すぎて、馬鹿にしているようにしか思えない。
背後からのマジックミサイル。
アラタは音だけでミサイルの軌道を判断し、射線に入らぬように熊の攻撃をいなしていく。
熊が大きく後ろへ跳んだ。
今度は間違いなく咆哮の構え。
アラタは走る。
咆哮の衝撃波を浴びながら。
冷めた瞳をして。
無意識に口元に笑みを浮かべて。
熊が淡い緑色に発光する。
アラタは勘だけで突っ込むのを二拍遅らせた。
熊の周りの地面が隆起し、岩の刃となって熊へと襲いかかった。
それは最速で突っ込めば、アラタを巻き添えにしたかもしれない攻撃だった。
パララメイヤのアースグレイブ。
アラタはそれに対し、何の感情も抱かずに距離を詰めた。
隆起した岩を足場にして熊の頭上へと高く飛び上がった。
アポストロスベアーのHPは既に100を割っていた。
右手では、印を結んでいる。
そして左手では、忍者刃を構えている。
熊の頭部に着地がてら、忍者刀を突き刺した。
忍者刀の柄を踏みつけ、熊の頭部にさらに深く忍者刀を食い込ませる。
そのまま柄を蹴って飛び上がり、
右手は銃が如き形で忍者刀の柄を狙い、
言う。
「雷神」
雷が忍者刀を伝わり、熊の脳内を焦がした。
アポストロスベアーの断末魔が、広大な空間を満たす。
着地。
アポストロスベアーが消え去り、その光がアラタの右目へと吸収されるエフェクトが入っていた。
網膜にレベルアップを告げる文字が表示される。
アラタは地面に転がっている忍者刀を拾い上げた。
納刀は、しない。
アラタは抜刀したまま、歩みを進めた。
パララメイヤの元へ。
これほど狼狽する人間の姿を、アラタは初めて見たかもしれない。




