26.誘う指示
扉の先は、今までにないほど広大な空間であった。
部屋全体は床が淡く発光して明るいが、天井は暗闇に包まれて確認できない。
部屋の中で何より目立つのは、中央にある瓦礫の山だ。
高さは五メートル以上はありそうに見える。
周囲の空間は塵一つないのに、瓦礫の山があるのはいかにも不自然だった。
あの瓦礫の山の中に報酬がある、というのならば楽だが、部屋の広さからしてボス戦がないとは思えなかった。
「アラタさん、あれ……」
「ボスでしょうね、まず間違いなく」
パララメイヤが杖を取り出した。
「どうしますか?」
「魔法を撃ってみるか? という意味ですか? それならやらない方がいいと思います。戦闘前だと無敵はありそうですし、無駄撃ちになる可能性が高い」
「じゃあどうすれば?」
「まあ、結局近づいてみるしかできないんですよね。特に気の利いた戦略はありません。とりあえずメイヤはこの位置で戦闘準備、僕が近づきますから」
アラタは抜刀だけして無造作に近づく。
すると、予想した通り動きがあった。
瓦礫の山が緑色に発光しだしたのだ。
アラタはそれ以上近づかずに様子を見る。
発光が強くなり、突然眩い光と共に瓦礫が吹き飛んだ。
爆発と言ってもいい衝撃が広間にはしった。
安易に近づいて巻き込まれていれば、即死していたかもしれない。
落下する瓦礫を回避しながら、アラタはパララメイヤを確認した。
どうやら入り口付近までは瓦礫は飛んでいないらしく、アラタは安堵する。
光の中から現れたのは、巨大な熊であった。
石像というよりは、石の鎧を各所に纏った怪物と言っていい。
見える範囲だけでも肉らしい部分が見て取れる。
アポストロスベアー
HP524/524
ARATA-RES:あれは月の乙女のなんですか?
PARALLAMENYA-RES:すいません、ちょっとわからりません。
ARATA-RES:どうでもいいけどアレ、僕らが来るまで瓦礫に隠れてずっと光るの待ってたんですかね?
PARALLAMENYA-RES:アラタさん!!
もちろん見えている。
巨大な熊がアラタに向けて突進していた。
アラタは構え、突進に合わせて飛んだ。
すれ違いざまに熊の鼻面へ忍者刀での一撃。
眼球を狙い命中したはずが、ログを流し見てもクリティカルの表示は出ていなかった。
初めての経験だが、急所扱いではないのか、それとも一定以上の部位ダメージが出なければクリティカル扱いにならないのだろう。
ARATA-RES:大魔法は温存! フレンドリーファイアにならないようマジックミサイル中心に援護をお願いします!
PARALLAMENYA-RES:わかりました!!
熊が突進から立ち上がりの姿勢に戻った。
斬撃の主であるアラタに向き直ろうとし、その時にはもうアラタは懐に入りこんでいた。
右手で印を結びながら、左手の忍者刀で股間に斬撃を見舞う。
パララメイヤのマジックミサイルが熊に命中する。
それらの攻撃を無視し、熊が魚をすくいでもするかのようなモーションで、爪の一撃をアラタに放った。
そこを狙った。
「雷神」
銃のように構えた右手からの雷撃が、熊を貫く。
直撃。
なのに、熊の動きは止まらない。
左右から爪を交互に振り回し、アラタを追い詰めんと迫る。
アラタは下がりながら熊のHPを確認する。
HP488/524
硬すぎる。
今まで雷神のダメージが50を下回ったことはなかった。
そして、雷神がレジストされたような気配もなかった。
熊は爪での攻撃をやめ、その巨体に合わぬ軽快さで大きく後ろへと退いた。
熊が立ち上がり、突然空気を裂くような咆哮を放った。
咆哮は衝撃はとなってアラタと、それにパララメイヤまで飲み込んだ。
微かな痛み。
アラタが自身のHPを確認すると66/86まで削られていた。
パララメイヤのHPを見ると、49/72になっている。
ダメージの値が違う。パララメイヤと組んで全体攻撃を受けたのは初めてだが、これが防御力の差なのだろう。
衝撃波に距離減衰はなく、問答無用の回避不能全体攻撃かもしれない。
アラタは一旦退いた。
熊は咆哮後動いていない。
パララメイヤの元まで一足飛びに戻り、
ARATA-RES:回復お願いします。
PARALLAMENYA-RES:わかりました!!
「純なる力よ、その力を癒やしに変えよ! 我は癒やし手、汝は手足、その力を持って我を求めし者を癒せ!!」
パララメイヤの詠唱が完了すると、白い光がパララメイヤを中心に包み込んだ。
二人のHPが戻る。
パララメイヤを気にしすぎていた。
よく見ると、熊が硬直したまま緑色に発光している。
アラタが指示する前に、パララメイヤは動いていた。
できるかぎりのバレットの連射。
アラタはそれに追従するように熊へと迫る。
バレットが命中し、アラタが間合いに入る頃には、熊の発光は終わっていた。
熊が再び動き出す。前脚を下ろし、突撃の姿勢を取る。
HP452/524
明らかに減っている。
バレットの連射が雷神と同等のダメージを出していた。
つまりはそういうことなのだろう。
咆哮後の緑色に発光したタイミングだけ、防御力が下がっているのだ。
タネがわかれば簡単だ。
アラタは攻め手を減らし、回避とヘイトコントロールに念頭を置いて動いた。
アポストロスベアーの攻撃はそれなりの速度だが、多彩とは言えない。
防御に集中すれば、アラタが被弾するような相手ではない。
確実に入る攻撃だけを入れ、パララメイヤのマジックミサイルと合わせてジワジワとHPを削っていく。
時間経過で熊が大きく下った。あのモーションだ。
アラタは熊を追うように走った。
熊の咆哮。衝撃波。アラタは無視して距離を詰める。
HPが削られる感触はあったが、そんなものは関係ない。
咆哮を終えた熊が緑色に淡く発光する。
斬りつけた。石の装甲の合間を狙って。
意識の端でログにクリティカルが表示されているのをアラタは見ていた。
ここでどれだけ叩き込めるかがキモだ。
アラタは刀だけではなく、練気を乗せた拳の攻撃まで織り交ぜ、動かない熊を滅多打ちにした。
パララメイヤもマジックミサイルではなく連射性に優れたバレットの連発で追い打ちをかける。
熊が苦悶の声を上げながら前脚をおろした。
HP153/524
今までの削りが嘘のように削れた。
あとはもう一度同じことをすればいい。
再度熊の攻撃が始まり、アラタはそれを軽々といなしていく。
そこでパララメイヤからの念信。
PARALLAMENYA-RES:アラタさん、気付いたことがあります!
ARATA-RES:僕も月の乙女はヤバそうな女だって思ってました。
PARALLAMENYA-RES:違います! アポストロスベアーについてです!
明確な隙があれば少しでも削りを入れていく。
アラタは爪での攻撃に合わせ、浅く忍者刀の斬撃を入れる。
パララメイヤのマジックミサイルが熊へと突き刺さる。
パララメイヤにヘイトがいかないところを見ると、一番近い相手を狙う極めて単純な思考なのかもしれない。
PARALLAMENYA-RES:例の咆哮の周期は、60秒ぴったりです!
ARATA-RES:確かですか?
PARALLAMENYA-RES:サンプルは少ないですが、おそらく。カウントはしています。咆哮に合わせて合図するのでお願いします! あと16秒!
ARATA-RES:わかりました。
熊は、咆哮の際に大きく離れる特性を持つ。
その速度は敏捷18のアラタを超えており、密接距離からでも追いつけるものではない。
アラタはパララメイヤを信じ、付かず離れずの距離を維持した。
PARALLAMENYA-RES:3、2、1。
熊が苛立たしげにアラタへと爪を振る。
アラタは爪を潜り、熊の鼻面に突きを入れた。どうせ離れるなら密着しても問題あるまい。
PARALLAMENYA-RES:0!
本当に熊の動きが変わった。
突如攻撃をやめ、後ろへと跳んだ。
アラタはほとんど同速で熊へと追従した。
アラタのHPはまだ66もあり、咆哮の一撃は20程度しか削られない。
あとは先程と同じようにお祭り騒ぎをすればそれで勝ちだ。
熊が動きを止めて立ち上がる。
アラタはそれに全速力で突っ込む。
アラタの勘が、警鐘を鳴らしていた。
アラタは、それを無視した。
パララメイヤの気付きを活かしてやりたかったのかもしれないし、パーティ戦で油断をしていたのかもしれない。
あと一息。アラタは熊を射程に捉えようと最後の跳躍。
咆哮が、来ない。
代わりに熊の巨体が、不吉な緑色に輝いていた。
それは最初に瓦礫を吹き飛ばした時と、同じ光に見えた。
アラタは跳躍している。宙に浮き、熊へと物理法則に従った放物線を描いて近づいている。
いくらアラタだろうと、宙にいては何もできない。
思えば、パララメイヤがアラタに指示を出したのは初めてだ。なぜ違和感に気付かなかったのか。
夢の中で師匠が言った言葉が脳裏をよぎる。
――――自分に都合のいいだけの女が、本当にいると思ってるのか?
アラタが地面へと足をつける半瞬前に、熊が纏う光が爆発した。




