25.大魔法
難しい敵ではない。
アラタがやるべきなのは、時間を稼ぐこと。
その間に敵のHPを出来るだけ削れればベストだ。
アラタは敵の影に隠れるように動き、対峙する一体を盾にするように動く。
リービングスタチューの動きは鈍重で、位置取りは容易いことだった。
アラタは槍の一撃を掻い潜り拳を入れる。
練気を乗せた拳が石像に命中し、ゴッと鈍い音を立てる。
なんとも言えない感触であった。
石を殴った割に痛くない。拳が生暖かいグローブに包まれているような感触だ。
敵のHPを確認する。
88/100
斬撃よりマシ程度でしかない。
アラタのMPも17/18に減っている。
しかし鈍い。
アラタは三対の中心に切り込んだ。
三つの異なる武器がアラタを襲う。
アラタは余裕をもって回避、錫杖側へと飛び込んで肘打ちを入れた。
僅かに石像が揺らぐ。
アラタの耳に、パララメイヤの歌うような声が響いていた。
「純なる力よ、我が声に応えよ」
アラタは石像から離れるのをわざと遅らせる。
石像が錫杖を振り下ろすのもギリギリで避け、そこでようやく横に大きく飛んだ。
「揺蕩う力を我が手が束ねん」
石像の持つ槍と鉾が、アラタに向かって突き出されていた。
そこにはもう、アラタはいない。
槍と鉾の軌道上にあるのは、錫杖を持った石像だ。
「汝の名は力、力の名は風」
詠唱の声をかき消す音が響いた。
こうなったら欲張っていく。
狙うは同士討ち。
アラタは槍へと突っ込み、勢いのままに蹴りを入る。
蹴り足で石像を蹴って背面に跳び、鉾の石像の顔面に膝を見舞った。
そのまままたがるようにして鉾の顔面に肘を落とし、錫杖の攻撃を確認してから地面へと降りた。
アラタを狙ったはずの錫杖が鉾の頭部を打ち据える。
「大いなる力よ、翼に貸せしその力を我の手に委ねたまえ」
再度錫杖への接近。
股下を潜り、背後から膝裏を蹴りつける。
錫杖が膝を付き、アラタはその尻にヤクザな前蹴りを見舞った。
「吹きすさび斬りつけよ! 荒ぶり捻じ曲げよ!」
アラタは倒れた石像の上に位置取り、他の石像を誘った。
槍と鉾は何も考えずにその武器を振り下ろす。
哀れな錫杖に槍と鉾が食い込む。
PARALLAMENYA-RES:アラタさん!!
合図に合わせてアラタは距離を取った。
地下だというのに、パララメイヤの周囲には風が渦巻いていた。
パララメイヤは地面についていた杖を高く掲げて叫んだ。
「嵐を生み出せし力よ! 我が意に添いて万難を排せ!!」
パララメイヤを中心に、嵐のような風が吹き荒れていた。
アラタは余計に距離を取った。威力が読めないからだ。
パララメイヤが、言う。
「全て飲み込む無垢な力!!」
パララメイヤの周りに渦巻いていた力が収束し、石像達を襲った。
石像達の周囲に竜巻のような風の渦が発生し、次第にその輪を縮めていく。
どれだけの力がかかっているのか、石が軋む奇怪な音が部屋中に響く。
石像達は逃れようともがくが、竜巻から逃れることはできず、その体が浮いていく。
風の音が一層強まったかと思うと、枷が外れたかのように石像達の体が大きく浮き上がった。
広間で荒れ狂っていた風が霧散し、あとに残されたのは、天井付近まで浮かされた石像達だけだ。
リンゴだろうがタライだろうが武器を持った石像だろうが、支えるものがなくなれば落下するのは世の理だ。
石像の落下する轟音が広間に響き渡った。
その時にはもうアラタは距離を詰めていたし、パララメイヤはマジックバレットで追撃していた。
槍を持った石像だけが、立ち上がろうとしていたからだ。
大したHPは残っていない。
アラタが練気を乗せた体当たりを入れ、マジックバレットが命中する。
最後には、アラタの肘打ちがきれいに入り、槍の石像は崩れていった。
網膜に経験値の入手が表示され、勝利を告げた。
「ナイスでした、大魔法はさすがの威力ですね」
パララメイヤは恥ずかしそうにしながら、
「い、いえ、アラタさんが時間を稼いでくれたから詠唱ができたわけで……」
と謙遜している。
広間に残されたのは三体が立っていた台座だけ、ではなかった。
武器が残されている。
本来であれば、石像と一緒に消えるはずの武器が、主をなくしてなおその場に残っているのだ。
「アラタさん、あれ」
エイヤが残された武器を指さした。
これが報酬か、とアラタは思ったが、どうやら違う。
調べてみると攻撃力が設定されていないイベント用の武器らしかった。
しかも結構な重量で、インベントリに入れるにしてもどれか一つしか持っていけなそうであった。
「なんでしょう? これ」
「メイヤ、その月の乙女っていうのは、何か武器を持っていますか?」
「えーと、確か魔法を使う話があったと思うので錫杖だと思います」
「ではそれを持っていきましょうか」
「わかるんですか?」
「そうとは限りませんけどだいたいは。よくありそうなギミックです」
アラタはインベントリに錫杖をしまいこみ、広間を出た。
そこから先は、再度太陽の文様を追いかける作業に戻った。
三つ目の分かれ道を曲がったところで、小部屋に出た。
中央には女性を模した像が、その奥には金属で出来た扉がある。
「たぶん、そろそろ最深部ですね」
ダンジョンに入ってから結構な時間が経っていた。
序盤に現れるメインとは関係ないダンジョンで、攻略にこれ以上時間がかかるとは思えない。
アラタは女性の像を無視して奥の扉を調べるが、予想通り鍵がかけられ開くことはなかった。
「これ、月の乙女の石像ですよ。この像にさっきの錫杖ですかね?」
「おそらくね」
月の乙女の石像は、右手を大きく掲げていた。
本来ならば、そこに何かを握っていたかのように。
アラタは台座に上がり、月の乙女の右手に錫杖を握らせた。
扉の方からガチャリ、と露骨な音が響いた。
「やりましたね!!」
パララメイヤが嬉しそうに飛び跳ねる。
「気をつけてください、たぶんこの奥が最深部で、もしかしたらボスもいるかもしれません」
「さっきのがボスじゃないんですか!?」
「いや、もしかしたらですけど、用心するに越したことはありません」
パララメイヤは両手でほっぺたをパチリと挟んで気合を入れた。
「行けます! このままダンジョンを攻略しちゃいましょう!」
サブダンジョンであるからにはそう大したボスはいないと思うのだが、ゲームによってはサブダンジョンだからこそメインより強いボスがいる場合もある。
「じゃあ行きますよ、何もないといいんですけど」
そう言いつつも、アラタは嫌な予感がしていた。
アラタは扉に両手をあて、そのまま力を込めて押した。
扉が、開かれる。




