24.足跡を追え
廃神殿の地下は、明るかった。
何を言っているのかわからないかもしれないが、本当に明るいのだ。
壁が薄っすらと光っており、視界に困ることはない。
遊技領域での視界はその領域の方針による。アルカディアの場合はリアリティよりも利便性を優先したようだ。
アラタは暗所のリアリティにこだわるタイプのゲームはいくつもやっている。が、光源が重要になりすぎたり、義務的に光源を用意しなければならなかったりと、良いとは感じなかった。
ゲームの仕様に盛り込むならば、それはより面白くするために採用すべきというのがアラタの意見だ。
そう考えると、こうしてダンジョン内の見通しがいいのは正解だと思う。
階段を降りた先は細い通路になっており、ちょっとした迷宮のような雰囲気がある。
廃神殿の地下の割には時間の経過を感じさせず、異質な空気が漂っていた。
アラタを先頭に二人は進む。アラタは気楽に、パララメイヤはおっかなびっくりに足を進めている。
しばらく進むと、開けた空間に出た。
中央に石碑があり、部屋から続く道は三つに分かれていた。
中央にある石碑には、何かの文字が書いてある。
短い一文だが共通語ではなく、碑文は見たことのない文字で書かれていた。
アラタは石碑に近づいて見てみるが、やはり何が書いてあるかはわからない。
アラタの学がないわけではなく、このアルカディア固有の文字なのかもしれない。
パララメイヤが石碑に近づき、
「月の乙女の足跡を辿れ」
そう呟いた。
「読めるんですか?」
「知を求めるものですから。理念の特典で古代文字が読めるんです」
月の乙女の足跡、アラタはその言葉を聞いて、三方に別れる道にそれぞれ目を向けた。
三つの出口の上には、これ見よがしな文様があった。
文様は太陽、星、そして月の三つ。正解の道があり、これはそのヒントなのだろう。
「つまり、月が彫ってある方へ進め、ということですか?」
「いえ、違うと思います」
パララメイヤは髪に手を埋め、右の耳をいじっている。
この仕草は何度か見た。パララメイヤは物事を深く考えるときによくこういった仕草をする。
「この領域の神話なんですが、月の乙女は太陽を司る神を深く愛しているという話があるんです。ただし、太陽を司る神はそうではないと」
「それがこの碑文とどう繋がるんですか?」
「太陽の神は、月の乙女からなんとか逃げようとするんです。そして月の乙女は太陽の神をひたすら追いかける。だから太陽と月がこの星を周り、昼と夜が交互に訪れるというわけです」
「この領域に天文学は存在しないという話ですか」
「えーと、まあ、そうなんですけど……」
パララメイヤの言わんとしていることは理解した。
「つまり、月の乙女の足跡を辿れというのなら、ひたすら太陽を追いかけろ、と」
「そうです! さすがアラタさん!」
これだけヒントを出されてさすがもクソもないと思うのだが、アラタは何も言わなかった。
「では行くとしますか」
太陽の文様が彫られている道の方を進んだ。
それなりの広さがあるダンジョンではあったが、不思議と敵とは遭遇しなかった。
「知を求めるものとは便利ですね。僕の星を追うものは今のところ何の役にも立ってないように思えます」
「いえ、そんなことはないと思いますよ」
意外な答えが返ってきた。
「どうしてですか?」
「あのワンちゃんのクエストですけど、他の人がやっているところを何度か見たんです。報酬はどうもランダムで、基本は安価な消耗品のようでした。わたしたちがこのダンジョンの鍵を手に入れられたのは、大当たりを引けたからだと思います。そしてあの時はアラタさんがパーティにいました。確率的に考えて、関係ないとは思えません」
パララメイヤの瞳が好奇心に輝いているように見えた。
言われてみれば確かにそれはアラタの理念の特典が発動しているのかもしれない。
偶発的なイベントの発生率が上がる、だったか。
それからも何度か分かれ道に突き当たり、分かりにくく隠してはいるが、どの道にも太陽の文様があった。
アラタとパララメイヤは、敵と遭遇せず悠々とダンジョン内を行く。
最初のうちは緊張しているように見えたパララメイヤだが、今は落ち着いて歩いている。
むしろ今は、初めてのこういったダンジョンに興味津々といった様子だ。
敵と遭遇しないのは、正解の道を進み続けているからなのかもしれない。
もしかしたら間違った道に宝箱や敵がいる可能性はあるが、パララメイヤがいる以上あえて危険を冒す必要もない。
いくつもの分かれ道を進み、ちょっとした広間が見えた。
そこには、兵士らしき巨大な三つの像が配置されていた。
それぞれが槍、錫杖、鉾と武器を持っている。
アラタは口を開く。
「気をつけた方がいいかもしれません」
「あの石像ですか?」
「はい、ここまで敵に遭遇しないと、あれがボスか中ボスというのはいかにもありそうな話です。謎解きギミックだけやらされる可能性もありますけど」
アラタが抜刀し、パララメイヤもそれに従って杖を出した。
アラタの勘は当たった。
アラタが部屋に踏み込んだ途端に、三体の石像が動き出した。
ムービングスタチュー
HP100/100
三体にしてはHPが高い。
二人パーティでの補正が入っているにしても、ボスか中ボスか迷うHPだ。
どう戦うかを迷ったのは数秒だ。
ARATA-RES:メイヤ、大呪文を切ってください。
レスに二秒間があった。
PARALLAMENYA-RES:わかりました、けど、三体相手に大丈夫ですか?
ARATA-RES:多対一は得意分野です。引っ掻き回すのでその間にお願いします。
突っ込んだ。
何も考えずに最速だけを目指した動き。
三体の石像がアラタに殺到しようとするが、それよりもアラタの動きの方が遥かに早い。
左右の石像がアラタを間合いに収める前に、正面の石像の間合いに踏み込んだ。
なんの工夫もない槍での突きを体を捻って躱し、そのまま勢いを殺さずに、片手で忍者刀を叩きつけた。
キレイに斬るというよりは、ただ叩きつけるだけの斬撃が石像の肩口に命中する。
感触は硬く、手応はイマイチだ。
駆け抜けざまに斬撃を入れた石像のHPを確認。
ムービングスタチュー
HP96/100
硬すぎ。
おそらく斬撃に耐性がある。石なのだから別に不自然はない。
左右の石像のヘイトがパララメイヤに移っていないのを確認する。
パララメイヤはアラタに指示された通り、杖を地面に突き立てて詠唱を開始していた。
斬撃が効かない対策は、ある程度できている。
パララメイヤに大呪文を切らせる以上、アラタ側のリソースはある程度温存するつもりでいる。
つまり、雷神はここでは使うわけにはいかない。
ならばどうするのかと言えば。
アラタは忍者刀を納刀し、両の拳を前に構えた。
アラタは練気にスキルポイントを振っている。
これは、MPを消費して打撃攻撃を強化するスキルだ。
人間の二倍以上のサイズをした動く石像三体を相手に、殴り合いの喧嘩を仕掛ける。
言葉にするとかなり馬鹿らしい字面だが、アラタは今からそれをする。
笑う。
「そういう馬鹿は、大好きですよ」




