22.害獣
アラタは許可を出しはしたが、説得に失敗した場合はよろしくない。
目で見える情報だけならば、ファンシーな敵と美少女が向き合ってこれからおしゃべりをするという状況ではある。
が、実際にはクエストの討伐対象とキャスターが面と向かって向き合っているのである。
割りとシャレにならない。
もし説得に失敗して先制攻撃を許した場合、矢面に立つのはパララメイヤだ。
遠隔が最前線に立っての戦闘開始はどう考えても不利だろう。
アラタは念のためいつでも飛び出せるように緊張を高める。
パララメイヤは笑顔を浮かべてマーダーバニーへと近づいてゆく。
両手を開き、敵対の意思がないのを示している。
マーダーバニーは動かない。
警戒半分、興味が半分といったところか、つぶらな瞳をパララメイヤに向けている。
パララメイヤが口を開く。
そこから出てきたのは動物の鳴き声だ。アラタには何を言っているかがわからない。
これが動物言語なのだろう。
マーダーバニーはパララメイヤに向けている目の色を変えた。
人間の口から自分と同じ言語が出てきたことに驚いているのかもしれない。
パララメイヤが喋り終えたあと、マーダーバニーが鳴き声を出した。
ぷぅぷぅというかわいらしい鳴き声がアラタのところまで聞こえてくる。
人間以上の巨体からそんな声が出るのはちょっと不気味な気がした。
パララメイヤが一歩後退り、再度動物のような鳴き声を出す。
マーダーバニーはぷっぷっと低い声を出している。
そのつぶらな瞳が、突然不気味な赤色に輝いた。
パララメイヤの動きは素早かった。
淀みない動作で杖を出し、後ろに跳びながら杖を構え、躊躇なくマーダーバニーへとマジックバレットを放った。
アラタもそれに合わせて飛び出した。
ARATA-RES:説得はどうなりました?
PARALLAMENYA-RES:ダメです無理ですこんなの無理ですぅ!!
マーダーバニーはその巨体に似合わない軽やかな動きでマジックバレットをかわし、間に入ったアラタへと殺気を飛ばした。
ARATA-RES:ちなみになんて言われたんですか?
アラタは構わず距離を詰めた。
最速で近づいてマーダーバニーの突撃の助走距離を減らしにかかる。
PARALLAMENYA-RES:お前の内蔵は美味そうだから引きずり出して食ってやるって言われましたぁ!!
ARATA-RES:クッソウサギじゃないですか!
マーダーバニーが体を沈め、角を突き出して突撃姿勢を取っていた。
印はもう結んでいる。
前回のレベルアップで取得しておいた片手印。
忍術の取得で開放されたスキルだったが、アクティブに動きながら忍術を使おうというなら必須であるように思え、即取得したものだ。
マーダーバニーの後ろ脚が地面を蹴ろうとしたタイミングに合わせた。
「雷神」
雷光がマーダーバニーの体を貫いた。
出し惜しみはしない。確実に当たる自信があるならば、いきなりだろうがそこには最強の攻撃を叩き込むのが当然というものだ。
戦闘を盛り上げ、クライマックスで必殺技なんてお遊びはアラタはしない。そういうところが、経験売りとしてイマイチな評価を招いているのかもしれないが。
マーダーバニーが苦悶の声を上げ、仰け反るように立ち上がった。
アラタは跳び、マーダーバニーの顎に両足で蹴りを見舞った。
大したダメージは入っていないが、感触はいい。マーダーバニーは仰け反った姿勢からそのまま仰向けに倒れ込む。
意識の外で、歌のような声が聞こえていた。
アラタは着地から間髪入れずに倒れているマーダーバニーの頭まで跳び、その角に向かって両手で忍者刀を振り下ろす。
硬。
忍者刀は角に食い込みこそしたが、両断できなかった。
PARALLAMENYA-RES:アラタさんどいてください! 呪文、行きます!
ARATA-RES:待って!!
アラタは角に食い込んでいる刀を足で踏みつけ、強引に角を切断した。
マーダーバニーがもがき苦しみ、アラタはバックステップで離脱した。
ARATA-RES:どうぞ!!
パララメイヤに目を向けると、杖を地面に突きたて、最後の詠唱を完了するところだった。
「汝を裁きしは大地の力なり!! アースグレイブ!!」
地面が震え、鋭い岩となってマーダーバニーに襲いかかった。
仰向けから復帰しようとしていたマーダーバニーにそれを避けるすべはない。
鋭い岩の群れがマーダーバニーを串刺しにした。
モズの早贄も真っ青な残酷なオブジェが完成し、マーダーバニーの姿がかき消えていく。
網膜にレベルアップの文字。やはりボス格は経験値が破格に美味いらしい。
「あんなかわいい子とは、なんでしたっけ?」
パララメイヤはアラタの問いには答えず、マーダーバニーが消えた場所を指さしていた。
「あれ、角ですよね? マーダーバニーの」
そこには、アラタが切断した角だけが残っていた。
***
パララメイヤがクエストを受けた商人に報告すると、クエストにあるマーダーバニーの撃退にチェックマークが入った。
報酬が表示され、パーティーリーダーが報酬の分配を決めていますという文字が現れた。
「えっと、これどうしますか? 一対一でもいいですか?」
「六:四でも構いませんよ。任せます」
「では一対一で」
アラタの手持ちのマニーが5000増えた。
それまでの手持ちは1678だったので、これは大変な金額だ。消耗品を買うだけならばしばらく困らないだろう。
クエスト主の商人は、まだ何かあるようだった。
「それと、マーダーバニーの角をいい状態で持ってきてくれた報酬はこれだ」
網膜上に身代わりの護符、というアイテムが表示された。
ポイントして詳細を開く。
身代わりの護符
装備/首
HP50%以上の状態で致死ダメージを受けた場合、一度だけHPが1で生き残る。
使用後、身代わりの護符は破壊される。
ぼちぼちのアクセサリーに見える。
使い切りの装備というところはなんとも言えないが、このゲームのデスペナルティの重さを考えれば価値があるかもしれない。
しかも今はまだ序盤である。そう考えればかなり良い方だろう。
ただ、問題もあった。
この報酬は、一つなのだ。
再度リーダーが報酬の分配を決めていますという文字が網膜上で踊っている。
このシステムは揉め事の種になりそうだな、とアラタは思った。
しばらくすればこういった報酬はクエストを受けたホストのもの、といった暗黙の了解ができるような気もするが、そういったルールができるまでは揉め事が頻発しそうだ。
「いいですよ、これはメイヤが受け取って」
パララメイヤは何も言わずに、アラタに報酬を振り分けた。
インベントリに身代わりの護符が追加される。
「いや、悪いですよ。こういう報酬はそのうちホストのものになるのが普通になります。だから――――」
「だめです、受け取ってください!」
「いや、でも……」
「アラタさんはお手伝いしてくれたんですから、その分多く報酬を受け取って当然です。それに、これはわたしからの感謝の気持ちでもあります!」
パララメイヤは実に真剣で、何を言っても聞かなそうな気配がした。
アラタは諦め、
「わかりました、ではこれは受け取っておきます」
パララメイヤはそこでいたずらっぽく笑い、
「その代わり、また手伝ってくださいね」
「受け取ってからそれを言うのはちょっとした策士ですね」
「ダメですか?」
パララメイヤは上目遣いで訴えてくる。
アラタは観念して、
「いいですよ、僕もしばらくはフィーンドフォーンでレベリングをする予定ですし。それにはやっぱりクエストを受けるのが最高率っぽいですしね」
「やったぁ!! ありがとうございます」
パララメイヤは子供のように喜んだ。
何がそこまで嬉しいのだろう、という疑問がわかないでもなかったが、喜んでいるパララメイヤを見ていて悪い気分はしなかった。
その日はそれでパーティを解散した。
レベルも上がり、マニーも手に入り、おまけに首装備まで手に入った。
さらに言えば、一緒に遊ぶフレンドまで。
これ以上美味しい成果などそうはあるまい。
しかし、積極的に関わってこようとするパララメイヤに、アラタはどこか違和感を覚えていた。
ただの長年の引き篭もりが招いた幻想かもしれない。
それでも、上手く行き過ぎている時ほど気をつけた方が良いとアラタは経験上知っている。
とはいえ、今は十分な成果を素直に喜ぼうではないか。
宿へと向かいながらアラタはスキルの一覧を開き、どこにスキルポイントを振り分けるかを考え始める。
日が暮れようとしていた。




