2.キャラクリエイト
アルカディアにアクセスしようとして、警告が現れた。
遊戯領域にお決まりの規約だ。
アラタは規約をろくに読まずに次々と了承していく。
中には擬似的な記憶を挿入しても構わないか、過去の経験を読み取ることに了承するかといった物騒なものもあったが、アラタは迷わずに了承した。
本格派を謳う体験型領域にはよくあるものだ。
アラタは真っ白な空間に一人浮かんでいた。
ここがアルカディアのキャラクリエイトをする場所らしい。
ゲームが始まって最初にやるべきなのは、自分の姿を決めることだった。
アルカディアは仮面舞踏会領域、つまり自由な姿形を取れる領域なので、この領域でどのような容姿になるかは自分で決めるのだ。
ファンタジー領域らしくヒューマン、エルフ、オークといったオーソドックスな種族から、妖精といった変わったものまで色々とあるらしい。
アラタはいつも通りの姿にした。
どこの世界にでもほぼほぼいる人間。
アラタはどの領域でも必ず自分自身の姿をとる。メガネも絶対に忘れない。昔まだ対人のゲームをやっていた時代に「イキリクソメガネ」と呼ばれたのが気に入っているからだ。
次に決めるのは、自らの職業であるようだった。
真っ白な空間にはアラタがなれるクラスのリストが表示されていた。
このリストは経験の読み取りから選択されていると事前情報で公開されていた。
案の定、アラタがなれるのは近接戦闘を主体とするクラスばかりで、魔道士の類は驚くほどなかった。
元より選ぶつもりはないが、非戦闘職も極わずかだ。
アラタはリストに目を通していく。
戦士、ナイト、剣士、魔法戦士、モンク、パラディン、ローグ、ナイトシーフ、アサシン、ハンター、侍、忍者、
忍者。
アラタの眼がそこで止まる。
アラタの視線に合わせて忍者の詳細が開かれる。
忍者/近接
古より伝わりし東方の技を使いし者。
機動に優れ、忍者刀によっての近接戦のみならず、忍術を用いた中距離戦もこなす。
印を結びながらの戦闘は難易度が高いが、使いこなせば万能のクラスになるだろう。
その性質は使い手を選び、敵を選ばない。
これだ。
使い手を選ぶ、というところがアラタは気に入った。
何かを選択する時、アラタは必ずピーキーな方を選ぶ。
理由は簡単だ。
ゲームにおいて、他人が出来ないことが出来ることほど楽しいことはないからだ。
次に選択するのは、スキルポイントの割り振りらしい。
このゲームにおいて最重要なのはスキルポイントだ。
レベルという概念はあるが、レベルによって能力値はそれほど伸びない。
レベルアップ毎に手に入るスキルポイントを任意に割り振って自分だけのクラスを作る。
そう謳うだけあって、スキルの数は膨大だった。
アラタはざっとスキルに目を通し、最初に取るのは常時発動型スキルに絞ることにした。
攻撃用の忍術の有用性はわからず、スキルの振り直しというシステムがあるのかもわからない。
そうなると最初は腐りにくいパッシブを取っていくべきだろうという考え方だ。
攻撃に関しては肉弾戦でどうにかなるだろう。そこに関してはアラタはちょっとした自信がある。
どちらにせよ数日もすれば何が有用なのかは情報が出回るだろう。
にしても、とアラタはスキルの一覧を見て思う。
スキルの数自体が膨大な上に、それぞれのスキルにもレベルという概念があり、それにもスキルポイントが必要らしい。
それなのに最初期に手に入るスキルポイントはたったの3しかない。
この感じだと、レベルが上がってもらえるスキルポイントも1か2程度だろうという気はする。
つまり、レベルを上げていけば全てのスキルが手に入るというわけではなく、レベル上限に至っても極一部しか取得できない。
確かにこれだと同じ忍者でも十人十色の個性が出そうだ。
まず割り振ったのは同撃崩。これはカウンター攻撃にダメージ補正が入るスキルだ。
どうせ近接戦闘で的確な攻撃を入れる場合、たいていはカウンターになるものだ。
補正の値がどれほどかはわからないが、パッと見で取り得に思える。
何より名前がかっこいいのがアラタは気に入った。
次にとったのが忍びの心得。
スキルレベルに応じて敏捷性《AGI》に補正を入れるシンプルなパッシブ。
スキルレベルが上がると新スキルの開放にも繋がるらしい。
これも絶対に腐らないであろう。
正直な話、最初のスキルポイントは忍びの心得全振りでもいいかと思ったのだが、スキルレベル上限はレベルに応じて開放されていくらしい。
初期では忍びの心得のスキルレベルは上げられず、取得しかできないようだった。
三つ目はだいぶ迷った。
空蝉。
被ダメージを確率で軽減。
無難そうに見えるが、食らわなければいいという気もする。
騙しうち。
相手に認識されていない攻撃にダメージ補正。
相手に認識されていない攻撃とやらの範囲がわからない。
対モンスター戦では有用そうな気もするが、対人では腐りそうな気もする。
手裏剣術。
手裏剣での攻撃にダメージ補正。
手裏剣、かっこいい気はするが、使用頻度がわからない。
投擲武器の心得はないでもないが、このゲームでの手裏剣の仕様が謎だ。
練気
MPを消費して格闘攻撃を強化。
かなり良さそうな気もする。が、こういったものは格闘をメインに据えたクラスの下位互換になる可能性もある。サブウェポンとして良い気はするのだが、自身のMPすらわからない状態でいきなりとるのはどうだろうか。
これだけでも数多い中の一部でしかない。
他にも隠密、忍具作成といった非戦闘系のスキルから、クラスを問わない汎用の感覚強化系パッシブまでよりどりみどりだ。
結局、精神耐性という何の面白みもないスキルに落ち着いた。
この類はパーティーにソーサラーがいる場合無駄になる可能性もあるが、アラタはソロで行けるところまで行くつもりであるし、あって損はないと判断した。
それにこれは個人の技量ではどうしようもない攻撃に対する対抗手段でもある。まあ良いだろう。
以上の内容でよいかとの最終確認に一秒とかけずに了承する。
すると、真っ白だった空間が目も開けていられぬほどに輝いた。
次第に光が落ち着くのが感じられ、アラタが目を開くと、そこには一人の女性が浮いていた。
薄っすらと全身が輝いている。純白の衣、生まれた時から切ったことがないのではと疑うほどの長い髪に、全てを見透かすような眼差し。
一目で女神だとわかる。
『ようこそ、アルカディアへ。私は貴方を歓迎します』
念信とは違う直接頭に響く声。
『旅立つ前に、一つだけ質問をすることをお許しください』
女神の顔は慈愛に満ち、アラタはそれを見ていると不思議な安心感を覚えた。
『貴方はこの世界に、何を成すためにやってきたのでしょうか?』
そりゃあ遊びにですよ、とアラタは返そうとしたが、そこでふとフューレンの言葉が脳裏をよぎった。
――――星の秘密を探しに来た、とだけ答えてください。
女神の質問とはこれのことか。
最初の最初にいきなり約束を果たす機会が訪れ、アラタは内心で笑った。
意味もなく約束を破るほど不義理ではないし、その通りに答えたら何が起こるのか興味もあった。
アラタは、言う。
「星の秘密を探しに来ました」
アラタは見逃さない。
ほんの一瞬ではあるが、女神の表情に明確な困惑の色が混じった。
女神は、それが幻想だったと思わせる慈愛の笑みを浮かべ、
『そうですか。それはきっと困難な道になるでしょう』
女神が両手を掲げる。
『それでは良い旅路を。アラタ・トカシキ、貴方ならきっとたどり着けると私は信じていますよ』
女神の姿が薄れ、消えていく。
そこでいきなり、世界が暗転した。
純白の光に包まれた世界は消え去り、ただ闇だけがあった。
そう、闇がある。
何も見えないだけなのに、そこにはそれ以上の不気味な恐怖があった。
単に光がないのではない。
闇がある。そうとしか表現のしようがない何かがあった。
そこでいきなり、落下が始まった。