表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

199/202

199.記憶の回廊


 いったいどうなったのか。

 神雷の閃光で視界が真っ白になった。

 それから視界が戻らないのだ。


 落下の感覚はいつの間にかなくなっていた。

 今あるのは浮遊感だろうか。地に足がついていないのに安定している奇妙な感覚。

 真っ白な視界に浮遊感。

 それだけが今のアラタのすべてだった。


 足。

 足が地面についた感覚があった。

 そこでようやく気付く。視界が戻っていないわけではないと。

 視界が真っ白なのは見えていないからではなく、この空間自体が真っ白で何も無いからなのだと。

 

 無限に続く白い空間。

 アラタはそんな謎の空間に降り立っていた。


 とりあえず、足がついたからには歩いてみる。

 感触は地面とそう変わらないが、進めども進めども景色は変わらない。


 そう思っていたが、アラタの右側、真っ白でしかなかった空間にウインドウが開いていた。


「映像……?」


 ウインドウには、何かの映像が流れている。

 誰かが戦っている光景。

 どこかで見たことがあるように思えた。

 アラタはそれを少し眺めて、その正体に気付いた。


 それは、アラタが戦っている映像だった。

 アルカディアの、ヴァンと戦っている時の映像だった。


 それを皮切りに、いつの間にか白い空間は映像のウインドウで満たされていた。

 全天周にウインドウが開かれていて、どこを見ても映像が流れている。

 アルカディアにいた時のものだけでない。

 エバーファンタジー時代のもの、個人領域にいる時のもの、ありとあらゆる領域にいた時の映像が流れていた。

 まるで、アラタの記憶のすべてが映像化されているかのように。


 なんだここは。

 アラタはわけもわからず歩みを進める。

 これが本当の最終試練なのか。

 次は一体何をやらされるのか。

 そんなアラタの疑問に答えるように、声が響いた。


「ここは記憶の回廊、あなたの記憶を目に見える形で表した場所です」


 エコーのかかった、どこから発せられているのかもわからない声。

 どこかで聞いた覚えのある声な気がしたが、誰の声かを思い出すことはできなかった。


「いったいこれから僕は何をさせられるんですか?」


 答えは期待していなかったが、予想に反して声はすぐに答えを返した。


「あなたの願いを決めてください。あなたは星の試練に勝利した。どんな願いでも叶えましょう」


 この声はシステム的なものかもしれない。

 そう考えたところで声の正体がわかった。

 キャラクリエイトの時に出てきた女神の声だ。

 よくもまあ思い出せたものだとアラタは自分でも関心する。


「願い、どんなものでもいいんですか?」

「ええ、どんな願いでも叶えましょう」


 女神の声は迷いなくそう答えた。

 嬉しいというよりはゾッとする話だ。

 たぶんシャンバラでおこり得ることならば本当になんでも叶えてくれるのだろう。

 どんな希望に満ちた願いも、どんな邪悪な願いも。


「この映像は?」

「これはあなたが願いを決めるための手助けです。あなたの人生のすべてがここにあります」


 アラタは歩きながら映像に目を走らせていく。

 確かにありとあらゆる記憶を網羅してそうだ。

 意識しないと思い出せないような記憶、見せられてようやくあったかもしれないと思うような記憶まで、すべてが映像となって流れていた。


 アラタは映像を見るともなしに見ながら考える。

 自身の願いのことなど、考えてもみなかった。

 

 ヴァンの願いを阻止する、それが頭の端にあっただけだ。

 いきなり願いと言われても、何も思い浮かばない。


「じっくり考えていただいて結構ですよ。この領域は時間の影響を受けません」


 お言葉に甘えてアラタは歩きながら考え、考え、考えた。

 今の状況について。

 自分の願いについて。

 そうやってしばらく歩いた末に、アラタは結論を出した。


 願いなんてないと。

 正確に言えば、願いは既に叶っている。


 アラタの心を読んだかのように、周囲に表れていた映像が切り替わった。

 スクール時代の、アラタが本当にこどもだった頃の記憶だ。


 複数のこどもが集まって、ヒーローごっこをしている。

 みんなキャッキャと騒ぎ、幼い子どもだけができる笑顔を浮かべて、本当に楽しそうにしている。

 そんな子どもたちを、幼いアラタは遠くから見ていた。

 楽しそうに遊ぶ同級生を見て、あんなのは子どもの遊びだと見下している。

 本当は一緒に遊びたいのに「いーれーてー」を言う勇気がないのだ。

 それを認めず、あんな遊びはしたくないのだと自分に言い聞かせて遠くから眺めている。


 今ならわかる。

 今なら認めることができる。

 これがアラタの本質だ。


 ヴァンを倒し、試練を越えて何を成したのか知らないが、アラタの本質は「いーれーてー」が言えない子供なのだ。


 だからエバーファンタジーでは人狩りをしていた。

 強い奴がいると噂になれば、強いやつと友達になりたいと思ってくれる人が来てくれるかもしれないから。

 その時に来てくれたのが、ヴァンだったのだ。


 アルカディアに来たのだって、結局はそれだ。

 あれだけひどい目にあったというのに、なんやかんや理由をつけてまたマルチプレイヤーで遊ぶ遊技領域に来てしまった。

 一緒に遊ぶ仲間が欲しかったから。


 自分からは声をかける勇気もないのに、友達はほしいのだ。

 それがアラタの本質で、もっとも望んでいるものだった。


 ただ、今はそれが叶ってしまっている。

 このアルカディアで仲間ができた。

 エデン人の仕組んだ何かに振り回されながらではあるが、紛れもなく一緒に遊ぶ仲間ができたのだ。

 結局最後まで「いーれーてー」を言う事はなかったが、運に恵まれて楽しい仲間ができたと思う。


 だからもう、願いは叶っている。

 叶えたい願いなんてもうないのだ。


 アラタは自分の記憶を眺めながら歩く。

 それは追想で思い出すのとは違った感覚で、少し癪だが自分を見つめ直すには悪くない感覚だった。


 それでも何かを願うとしたら――――


 アラタが願いを決めたその瞬間だった。

 そこかしこに溢れていた映像のウインドウが一斉に消失したのだ。


 そして、そのかわりに現れたものがある。


 アラタの目の前に、台座が出現していたのだ。

 台座の上には、小さな光の球があった。


「これが願いの種子です。さあ、あなたの願いを言ってください」


 女神の声がアラタに語りかける。


 大層な願いなんてない。

 アラタが思いついたのは、本当につまらない、くだらない願いだ。

 

 けれどもエデン人の馬鹿げた計画の幕は、そんなくだらない願いで終わるのがふさわしいとアラタは思ったのだ。


 言う。


「僕の願いは――――」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ