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198.厄災の終わり


 ユキナはギルドハウスの屋根上から周囲の様子を見ていた。

 黒い獣はもはやハウスエリアにまで侵入し、外に出ているプレイヤーがいないかと徘徊していた。

 ハウス設定の進入禁止が黒い獣にも有効なのは不幸中の幸いだったが、逆に閉じ込められたとも言えるかもしれない。


 そんなわけで、ユキナは絶賛留守番中であった。

 ハウスの中にいるパララメイヤを除いて、他のメンバーはプレイヤーの救出に出張っている。

 ユキナがギルドハウスに残っているのは、撤退戦でからくりをやられてしまったせいだ。

 

 こうなるとからくり士は本当に何もできない。

 よってお留守番をするしかないわけだ。


 危地に行かなくてホッとするという気もするし、なにもできなくて悔しいという気もした。

 ハウス内にいると息が詰まるので外に出てみたが、黒い獣の徘徊を見ているとそれはそれで心乱される光景でもあった。


 いつまでこんなことが続くのか。

 領域外に転移もできず、アルカディア内を移動しようにも黒い獣が徘徊している。

 アルカディアの外の状況だって不明だ。

 シャンバラから救助が来ないというのは誰もが気になっていることだ。

 アルカディアに絶対に干渉できないような仕組みがあるのか。

 それとも外でも何かが起こっているのか。

 

 このアルカディア以外の領域が、全て消え去ってしまったから転移できないんだとパニックを起こしているやつをユキナは見たことがある。

 ありえないとは思うが、それを否定しきれないのはこの上なく恐ろしいことであった。


 何もできることがないと、どうしても考えに耽ってしまう。

 ユキナはギルドハウスの屋根上に腰掛け、足をぷらぷらとさせながら遠くを見るような目でハウスエリアを眺めている。

 それから顔を上げて空を見た。

 天気は曇りで、いつ雨が降ってきてもおかしくないような空模様だった。


 父、母、兄、それにカグラザカ家のみんなに会いたい。

 そんな気持ちが芽生えていた。

 あれだけ面倒だと思った家も、戻れなくなると恋しくなるものだ。


 頭の上についている兎耳をそっと撫でる。

 ふわふわしている。お気に入りの耳ではあるが、今は早く兎耳のない体に戻りたかった。


 アラタは今も戦っているのだろう。

 この世界が続いているということは、きっとそういうことだ。

 負けていたら、シャンバラそのものが滅びるという話だから。


 だが、勝ってもいないのだろう。

 この惨状が続いているというのは、きっとそういうことだ。


 ユキナは手を合わせて誰にともなく祈った。

 信仰しているのもはない。

 それでも手を合わせて願った。

 

 アラタの勝利を。


 きっとアラタならなんとかしてくれる。

 このアルカディアで出会ってから、アラタはいつだってユキナを助けてくれた。


 だから今回もきっと大丈夫だ。


 空から、何か降ってくるのが見えた。

 それは小さな白い綿のようなものだった。


「雪……?」


 見上げていた空から、いつの間にか雪がポツポツと降ってきていた。


 何かが起こっている。

 それは間違いない。

 今までアルカディアの天候が雪だったのは一度足りともない。


 空から視線を戻す。

 何か変化がないか探そうと、ユキナはハウスエリア全体に視線を走らせる。


 あった。 


 変化はすぐにわかった。

 黒い獣がいないのだ。

 さっきまでどこを見ても目に入った黒い獣がいない。

 たまたま全個体が隠れている可能性を考えてしばらく観察を続けるが、黒い獣は一向に姿を現さない。


 ハウスエリアは人がおらず閑散としているが、それ以外はまったくのいつも通りに見えた。


 念信の気配。


PARALLAMENYA-RES:ユキナさん!!


 ユキナは一息つき、変に見栄を張って余裕ぶった返信をした。


YUKINA-RES:どしたん? 転移でもできるようになった?

PARALLAMENYA-RES: !! :IMAGE ONLY


 イメージだけの返信で、ユキナは全てを察した。

 

 叶ったのだ、ユキナの願いは。

 

 勝ったのだ。アラタ・トカシキは。



***



 管理センターに閉じ込められたリタがとった最後の手段は、休眠であった。

 転移も念信もできなくなっていたが、それ以外の領域のシステムは生きている。


 だからリタは休眠を選んだ。


 そうでもしなければ発狂してしまっただろうから。


 すべてが真っ赤に染まったモニター。

 鳴り続ける警告音。

 リタの他には誰もおらず、ここから逃げることもできず、できることは何も無い。


 そんな状況から脱出するためにリタはシステムに休眠をコマンドした。

 本当に休眠に入れていいのかと何度も確認が入り、その都度リタはYESを選択した。

 

 覚醒の条件は、少し迷ったが警告音の停止にした。

 他にもっと適切な覚醒の条件はあったと思う。

 が、リタの精神を最も苛んでいたのは警告音だったのでついそう条件を設定してしまった。


 休眠までのカウントダウンが網膜上に表示される。

 30秒のカウントダウンは長すぎて、一刻も早くこの状況から逃れたいリタをイラつかせた。

 見たくないと目をつぶっても明度を変えて文字は表示される。

 まだあと20秒もかかるのか、そう考えると叫び声でもあげたくなったが、誰もいないというのにリタはなぜかそれを我慢した。

 そうしてようやくカウントが10を切った。

 休眠に入る直前、リタは祈った。


――――神様! どうか助けてください!!


 意識がブラックアウトするように遮断されたと思ったら、すぐ視界が戻っていた。

 休眠と睡眠は違う。

 特別に設定をしなければ休眠者は自身が休眠していたことにすら気付かない。

 そして、余裕がなかったリタはもちろんそんな贅沢な設定はしなかった。


 なので、リタの体感は以下のようなものとなった。

 休眠に入ったと思ったら、真っ赤だったモニターは平常に戻り、警告音も鳴り止んでいた。

 

 初めは何が起こったのかわからなかった。

 エラーも警告音も全部夢で、自分はいつの間にか居眠りをしてしまったのかもしれないと思った。


 それでもリタはシャンバラのステータスを確認し、ログを遡ってすぐにそれが夢でもなんでもなかったことを知った。

 そして、それが今は元通りに戻っていることも。


 リタはたまらず飛び上がり、全身を使って叫んだ。


「神様!!!!!!!!!!」

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