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194.芽吹いた狂気


 8度目の神威の効果時間が切れた。

 それと同時にヴァンの動きも速度が落ちる。

 急なテンポの変化にもアラタは自然に対応した。


 一体どれだけの時間戦っているのか。

 神威の使用回数から、リキャストタイムと効果時間で逆算できるだろうが、そんな悠長な計算をしている暇がない。


 これだけの時間を戦って、未だにどちらもクリーンヒットはなかった。

 かすり傷のような外傷こそ数あれど、はっきりとダメージと言える傷はお互いにまだなかった。


 互角の戦い、と言っていいはずだ。

 アラタの方も余裕はないが、ヴァンが手加減をしている様子はない。


 そんな戦いの中で不思議な瞬間がいくつもあった。

 記憶が飛び飛びになっているのだ。

 ヴァンの攻撃を防いでいると思ったら、攻めている時があった。

 その間の意識が抜け落ちているのだ。

 極限の集中力による弊害か、それとも別の何かか。

 わからないが、それがこの戦いの焦点になる気はしていた。


 アラタはヴァンのラッシュを撃ち落としながら、微かに残った思考で考える。

 このまま勝負がつくとは思えない。

 お互いの防御技術が高すぎて、攻撃がそれを上回ることができないのだ。

 何か手は、とも考えるのだが真っ当な手段でこの均衡を崩せるとは思えなかった。


 ヴァンの攻めは繊細で、鋭く、綺麗だった。

 決して隙を作らず、それでいて最大限の殺傷力を引き出し続けていた。

 しかしそれでもアラタには届かない。

 やれているし、時を重ねる毎に動きに慣れている実感があった。

 このままいって負ける気はしなかった。


 問題は、勝てる気もしないところだった。

 隙を作らずにどうやってヴァンの守りを崩せるかがわからない。

 ヴァンの動きは時折挑発的で、一見攻め入れるのではないかと思わせるのだが、そこに踏み込めばズタズタにされるのはアラタにはわかっていた。確実に罠だ。


 どうしようもない拮抗だった。

 ヴァンの側には、その拮抗を崩す気はないように思えた。

 自分が絶対にミスをしない自信があるからこそ、どれだけ時間をかけてもいいと考えているのかもしれない。


 それに対してアラタがどうなのかはわからなかった。

 無限に続けられる気もしたが、どこかで糸が切れたように集中が終わらないとは言えない。

 このままでは良くない気だけがしていた。


 アラタがヴァンの拳を内側から巻き取ろうとしたところを、ヴァンの動きが変化してお互いが腕を捻ろうと絡んだ。

 即座に双方が諦め、攻めてもいいし、下がってもいい一瞬が訪れた。


 根拠のない閃きが、アラタの脳裏によぎった。

 そうしてアラタは、そんな閃きにすべてを任せてしまおうと思った。

 直感には従うべき、それがヴァンに勝てる唯一の方針だと考えていたからだ。


 アラタは下がった。

 それに対しヴァンも下がった。

 今までにない動きにいくらか警戒をしたのかもしれない。


VAN-RES:どうした? 休憩でもしたくなったか?


 ヴァンの問いかけに応えるまでに、考える必要があった。


ARATA-RES:このままじゃ勝負がつかないと思いまして。

VAN-RES:そんなことはないさ。人間はそういう風にはできていない。どちらかが先に集中力を切らして終わりだ。

ARATA-RES:悠長ですね。そんなに気が長いとは思いませんでしたよ。

VAN-RES:これでも老人なんでな。気も長くはなるさ。

ARATA-RES:ならアナタの寿命が尽きるまで戦ったっていい。


 ヴァンはその念信を受けて、はっきりと笑った。


VAN-RES:そいつは名案だな。

ARATA-RES:冗談ですよ。そんなことより、もっと手っ取り早く勝負を決める方法があります。

VAN-RES:ほう、興味があるな。

ARATA-RES:西部劇はやめましょう。先攻をアナタに譲りますよ。


 どうしてそんなことを言おうと思ったのか、アラタは自分でもわからなかった。

 極限の集中からの戦いで、おかしなテンションになっているのかもしれない。

 アラタの闘争本能がそうしろと言っていた。

 アラタの魂がやれると言っていた。


VAN-RES:なんの話をしている?

ARATA-RES:オーバーロードでしたか? アナタの加速スキルを先に使ってください。僕は素のままやりますから。

VAN-RES:正気か?

ARATA-RES:自信はありませんね。でも、それで勝負はつきます。30秒間五体満足で凌げれば、次はアナタが僕の神威をノーバフで受けることになる。それを凌がれたらまたアナタの番だ。これで絶対に勝負はつく。

VAN-RES:自殺行為にしか思えんな。速度の変化を甘く見すぎだ。

ARATA-RES:いいじゃないですか、自殺行為ならそれはそれで。敵であるアナタは歓迎していいはずだ。


 ヴァンは、小さくため息をついたように見えた。


VAN-RES:ここまで来てあっけない幕切れもどうかと思ってな。

ARATA-RES:なんです? 売られた喧嘩を買うのを渋っているようにしか見えませんね。


 ヴァンはアラタの念信に苦笑した。


VAN-RES:後悔するなよ。


 そうして、ヴァンの気配が変わった。

 振る舞いは変わらずに立ったままだが、逃げ出したくなるような殺気が伝わってくる。

 やる気だ。


 アラタとてまともではないのはわかっている。

 前回は加速状態のヴァンに文字通り秒殺された。

 今でもアラタがヴァンを技量で上回っているとは思えない。

 そんな状態で相手が一方的に有利になれば、どうなるかは目に見えている。


 それでも、やろうと思った。

 どうしてか、それが正解だという確信があった。


 戦意溢れるヴァンを前にして、アラタは意識を切り替えた。

 いや、手放したという言い方の方が近いかもしれない。

 

 緩く構え、ヴァンを見るでもなく見ている。

 頭の中にはもはや何も無い。

 この戦いの背景に何があるか、そんなことは考えてもいない。


 ヴァンの攻撃を30秒間凌ぐ。

 それだけを頭の中に残して、アラタは他のすべてを捨てた。


 深い森の中にできた巨大なクレーター。

 その中心に、二人がいた。


 ヴァンがゆるりと歩きだす。

 アラタの側は、ただそれを待つのみだ。


 ヴァンが一歩、二歩、三歩と進み、四歩目を踏みしめると同時にその足に力がみなぎった。

 アラタのバトルログに、スキルの使用を示す一行が流れる。


VAN-CAST>>オーバーロード。

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