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193.この戦いのあとで


 パララメイヤは動揺していた。

 なぜなら、自分が一番足を引っ張っている実感があったからだ。


 アラタが包囲を抜けても、黒い獣が消えるわけではない。


 アラタに先を行かせたニルヴァーナのメンバーは苦境に立たされていた。

 包囲している獣の数を数えれば百を越える。

 多い時は十以上の獣が同時に殺到し、いくら倒しても終わる気配がないのだ。


YANG-RES:さすがに笑えなくなってきましたね。


 ヤンとロン、それにからくりが迫る獣を撃退しているが、徐々に限界が来つつあった。

 パララメイヤはと言えば、マジックバレットを基本とした遠隔攻撃に徹しているが、いかんせん攻撃の回転が悪すぎた。

 殺到する敵の量と可能な攻撃回数が少なすぎるのだ。

 さらに厄介なのが、獣は後衛を優先して狙う性質があるところだ。

 この場合はパララメイヤとユキナで、二人が狙われる故により守りに徹することを強いられていた。


 周囲には残ったものを取り囲む百を越える黒い獣。

 獣たちは円を描くように機を窺い、次々と襲いかかってくる。


 からくりの隙をついて抜けようとした獣をロンが殴り飛ばした。

 獣は鳴き声もなく吹き飛ぶが、カバーに入ったロンがいたところを再び獣が抜けようとする。

 今度はヤンが呪符を飛ばしてそのカバーに入る。

 そんな具合で凌いではいるが、明らかな問題があった。


 リソースを消費して現状を維持しているのだ。

 ヤンの呪符が代表的なもので、遠隔攻撃の回数に制限がある。

 これがなくなれば、今のような状況から一気に崩れることも考えられる。


 どうすればよいのかと言えば、ポータルまで下がり安全圏に逃げるしかない。

 それにはこの包囲を突破しなければならない。

 それが難しいのだ。


 この包囲された状況で逃げるには、パララメイヤとユキナはお荷物だ。

 しかも攻撃があまりできていない分だけパララメイヤが一番足を引っ張っていると言える。


 襲いかかる獣を近接が迎撃し、パララメイヤは遠隔攻撃での補助に徹する。

 いくらやっても終わりが見えず、不安はどんどんと膨れ上がる。

 倒しても倒しても終わりがくるとは、とてもではないが思えないのだ。

 獣の総数は、減っているどころか増えているようにすら見えた。


 パララメイヤにはこの状況を打破する考えがあるにはあった。

 大魔法だ。


 特大の一撃で周囲の敵を倒し、その隙に一気に逃げてしまうのだ。

 特別な考えではない単純な作戦。

 しかしその作戦にも懸念点が多い。


 ひとつは詠唱に集中すると、その間はまったく攻撃できなくなるところだ。

 パララメイヤの補助は微力ではあるが、現状維持に貢献している。

 それがなくなれば戦線が維持できるかは怪しくなる。

 

 もうひとつは撃ったあとの話だ。

 包囲を抜けたとて追ってくる敵を倒しきれるかがわからない。

 それにはもっと素早い近接戦闘を行える人員が必要である気がした。


 最後のひとつは、パララメイヤ自身の問題だった。


 怖いのだ。


 もしシャンバラに行くことができないこの状況でデスしたら一体どうなってしまうのか。

 皆が口には出さずに不安になっている事柄だ。

 

 もしかしたら、本当に消滅してしまうのかもしれない。


 そう考えると、思い切った選択ができなくなる。

 ヤンも、ロンも、ユキナも、同じ条件で勇敢に戦っているというのに、それができないパララメイヤは本当に自分が嫌になる。


 ログアウトできない、というのがここまで精神的な負担になるとは思わなかった。


 初めは遊技領域を体験してみようとアルカディアに来てみたのに、気付けばこんな事態だ。

 平静でいられる方がおかしい。


 アラタさんはすごいな、とパララメイヤは今更ながらに思う。

 1stフェーズでアラタがログアウトできなかった時、今のパララメイヤと同じ心境だったはずだ。

 それなのに大胆に、臆すことなく行動していた。

 そして今は、この事態を収束させるためにかつての師と戦っている。


 きっとアラタさんみたいな人が本当のヒーローなのだろうな、と思う。

 自分にはとてもではないが無理だ。

 黒い獣に囲まれて、デスの影がはっきりと見えてから、恐怖が膨れ上がっていた。

 それが故に、パララメイヤは提案することができなかった。


 ユキナを狙ってすり抜けようとする獣を、ヤンの呪符が縛った。


YANG-RES:弾切れですね。


 パララメイヤがヤンを伺うと、そこにははっきりとした焦りが見えた。

 

RONALD-RES:ひとまず守りを狭めるぞ。


 ロンがユキナとパララメイヤに近づき、それに倣ってヤンが寄り、ユキナもからくりを下げた。

 こうすれば獣を後衛により接近させてしまうが、間を抜けられるということはなくなる。


 苦境だった。

 パララメイヤは言い出さなければならないと思うのだが、この人員で包囲を抜けられるのか確信が持てない。


 その時だった。


MEILI-RES:こっちの方が十倍は楽しそうじゃない!!


 メイリィの念信だった。

 アヴァロニアの方向にいた獣が、パララメイヤ達ではなく背後を振り向いていた。

 

 その先に、メイリィがいた。

 物騒な大鎌を振り回し、獣たちを次々に真っ二つにして行く。


 メイリィが包囲の中心に来る際には、ロンがフォローして合流した。


MEILI-RES:どう? アタシがいなくて寂しかった?

YUKINA-RES:寂しくってマジで死にそうだったわ。

MEILI-RES:それは来た甲斐があるわね。


 メイリィが大鎌を肩に担ぎ不敵に笑う。


 メイリィが来たことで、獣たちの動きにいくらか変化があった。

 こちらを中心として円を描くように動いてはいるが、襲いかかっては来ないのだ。

 警戒しているのだろう。どうやら無秩序に襲ってくるわけではないらしい。


MEILI-RES:あれ? ふわふわちゃん元気なくない?


 合流して即指摘されて、パララメイヤはギクリとする。


MEILI-RES:お腹でも痛いの?

YANG-RES:誰でも怖くなりますよ。こんな状況なら。


 ヤンにも見抜かれていたのだろう。

 あるいはユキナとロンもわかっていたのかもしれない。

 だから何も言われなかったのか。


MEILI-RES:こんな状況って、もうすぐシャンバラに戻れる間際でしょ? ふわふわちゃんはどう思う?


 言われてはっとした。

 アラタが勝つかどうか、その点においてパララメイヤに疑いはない。

 ならばそれは、メイリィの言う通り開放間際ということになるのだろう。


PARALLAMENYA-RES:アラタさんは、勝つと思います。

MEILI-RES:悔しいけど、アタシもそう思う。


 メイリィの表情には、どこか影があるようにも見えた。


MEILI-RES:帰ったらなにする? アタシはまずはおっきなお風呂に入りたいかなー。


 メイリィが襲いかかる獣を真っ二つにしながら言った。


 わたしは。

 パララメイヤは想像する。

 何がしたいだろう。

 

 この領域に来たのはそもそも、作っている歌が遊技領域で遊んだことのないもののそれだと指摘されたからなのだ。


 そうだ。

 わたしがわたしの歌を作るのもいいかもしれない。

 この領域で体験したすべてを込めた、そんな歌。


PARALLAMENYA-RES:提案があります。


 パララメイヤはメイリィの話題には答えずにそういった。

 もう怖さはなかった。

 なんでもできるような気がしてきた。


PARALLAMENYA-RES:わたしが大魔法で周囲を吹き飛ばします。それに乗じてポータルまで戻りましょう。

YANG-RES:できるんですか?

PARALLAMENYA-RES:落ち着いて詠唱する時間がもらえれば。メイリィさんが戻ってきた今ならわたしが詠唱しても大丈夫でしょうし、追撃もなんとかできるはずです。

YANG-RES:ではそれで行きましょう。異論はないですね?


 沈黙が答えだった。

 全員が動き、自然とパララメイヤを意識した陣形が出来上がる。


PARALLAMENYA-RES:ではいきます。


 パララメイヤは詠唱を始めた。

 周りの状況は見ずに目をつぶって。


 どのみち見たところで何も変わらないのだ。

 ならば集中するために目を閉じてしまっても構わないだろう。


 パララメイヤは歌うように詠唱を続ける。

 気分も本当に歌っているかのような感じだ。

 こんなことがとてつもない破壊魔法に繋がるなんて、遊技領域とはなんて不思議なんだろうと今更ながらに思う。


 敵の攻撃は全く来ない。

 皆がパララメイヤを守ってくれているのだろう。

 目をつぶっても落ち着いていられる、絶対の安心感の元でパララメイヤは歌っていた。


 そうして詠唱が最後の一節まで紡がれ、パララメイヤはその呪文を完成させるための一言を口にする。


全てを裁く神々の炎(フレアスター)

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