192.勝者が決めるゲェム
大出力の白い稲妻と、黒い大波が激突した。
アラタは自身の放った攻撃で後ろに飛ばされるが、着地してからも衝突の余波を避けるためにさらに離れる必要があった。
神雷と暗落の激突はまさしくシステムの暴力で、プレイヤーが動いてどうにかできる範囲を越えていた。
下手に近づけばそれだけで死ねる。そういった類の力の暴走であった。
激突は拮抗しているように見えた。
白い稲妻と黒い大波、互いが互いを飲み込まんと荒れ狂っている。
これに乗じて奇襲を仕掛けるなど不可能で、アラタはただ力の激突を見守っているしかなかった。
ふと、これに競り負けたらそれですべてが終わるのかと思う。
ヴァンの放った黒い大波の拡大は、神雷との激突で止まっていた。
神雷という楔が解かれればその波はアラタを簡単に飲み込むだろう。
祈るでもなく、願うでもなく、アラタはただ成り行きを見守った。
攻撃を一瞬遅らせて同撃崩を乗せた。これ以上できることはなにもない。
後にできるのはもう、ただ信じるだけであった。
爆風じみた風がアラタに吹き付けていたのが、唐突に止んだ。
混ざり合い、お互いを喰らおうとぶつかっていた稲妻と大波が次第に薄くなり、最後には何事もなかったかのように消えてしまった。
相殺だ。
良い結果ではないが、悪い結果でもない。
遠くにヴァンの姿が見えた。
ヴァンも衝撃から逃れるために離れていたのであろう。
しかし、他に見えるものは様変わりしていた。
森が森でなくなっていたのだ。
木々は消し飛び、地面は激突点を中心にちょっとしたクレーターができていた。
落ち葉だったものが雨のように降り注ぐ様はまるで何かを盛り上げようとしているように見える。
VAN-RES:派手な見世物になったな。
ARATA-RES:見世物?
そこで思い出す。
エデン人はこの戦いを、この騒動を見世物にしようとしているということを。
ARATA-RES:まさか見栄えのために誘ったんですか?
VAN-RES:もちろんだ。少しはサービスしてやらなきゃな。どういった形で幕が降りるにせよ、この戦いは歴史に残るだろうよ。
ARATA-RES:まさかアナタにそんなサービス精神があるとは思いませんでしたよ。
VAN-RES:ここぞという時にサービス精神を発揮するのができる男なんだよ。
ARATA-RES:じゃあサービスで潔く負けてくれませんか?
VAN-RES:それはできんな。
念信の奥に笑うような気配があった。
視界の奥、ヴァンがゆっくりと歩くのが見えた。
アラタもそれに合わせて歩いて進む。
少し歩くだけで地面はえぐれて坂になっていて、降りるほど勾配は急になっていた。
アラタは半ば滑りながら降りていき、最後は飛び降りてクレーターの中心付近に着地した。
その時にはもう、ヴァンもクレーターの中に来ていた。
ヴァンから仕掛けてくる様子はまだなかった。
力を抜いているが、それでいて隙がないようにも見える。
ARATA-RES:今度は何をするつもりですか?
VAN-RES:西部劇だ。
ARATA-RES:西部劇?
VAN-RES:大昔のアメリカの時代劇さ。カウボーイが馬に乗って銃で戦うんだ。
ARATA-RES:言ってる意味がわからないです。
VAN-RES:俺が言いたいのは西部劇のラストさ。それまでは銃をぶっ放してるのによ、最後の最後で敵役のボスと対峙した時には、なぜかお互いが銃を手放して殴り合うのよ。
ヴァンはわざわざ大剣を出してから、それを投げ捨てた。
それからヴァンはわざとらしいファイティングポーズをとる。
VAN-RES:どうよ?
呆れた。
ヴァンはこのアルカディアで、シャンバラを滅ぼすという願いを叶えようとしているはずだ。
それがまるで遊び半分ではないか。
アラタは流星刀を抜刀した。
ARATA-RES:どうよもなにも、やりますよ。売られた喧嘩は買う主義なんです。
そう言って、抜刀した流星刀を投げ捨てた。
VAN-RES:それでこそだ。
ヴァンは、本当に嬉しそうだった。
アラタはそれに続いて、メガネまで投げ捨てた。
VAN-RES:なんだ?
ARATA-RES:なんだって、危ないじゃないですか。メガネが原因でシャンバラが滅びたら笑えませんからね。
VAN-RES:笑えるだろう。この世界にはふさわしいんじゃないか?
ARATA-RES:僕はそうは思いません。
ヴァンの返事には、少し間があった。
VAN-RES:そうか。
ヴァンがふざけたファイティングポーズをやめて歩き出した。
アラタもそれに合わせて歩き出す。
世界の存亡をかけたガチンコの殴り合い。
その馬鹿らしさにアラタの口端が自然に笑っていた。
お互いがあと十歩も進めば交差するといった距離で、ヴァンがいきなり動いた。
尋常ではない速度。確実にスキルを使っている。アラタは迷うことなく神威を切った。
双方が正気ではない速度で動いていた。
目にも止まらぬ速さとはまさにこのことで、互いの手が殺傷のみのために信じられない動きをしていた。
パリング、ブロックと互いが互いの攻撃を撃ち落とし、撃ち落としそびれたものは体捌きで躱され、それが信じられないほどの高速サイクルで回っていた。
最初の30秒はあっという間だった。
加速スキルの効果時間が切れて、互いが僅かに正気を感じさせる動きに戻る。
それでもその手は緩まず、あらかじめ手順が決まっている演舞にしか見えないような攻防が続けられる。
VAN-RES:やるな。
ヴァンの念信に応える余裕はない。
アラタはただ自分に襲い来る攻撃を叩き落とし、自らの攻撃をヴァンの命にまで届かせようと動いた。
通常人間同士の殴り合いというのはどちらかのミスで終わる。
防御が未熟だったり攻撃が未熟で隙ができ、その結果勝負が決まる。
どちらかの失敗が勝負を決める戦い、敗者が勝負を決める戦いになってしまうのだ。
これはプロ同士の戦いだって当たり前の話だ。
人間はそもそもそんな完璧にできていないのだから。
しかしこの戦いは違った。
双方が完璧な攻防を繰り広げていた。
どちらがより濃い地獄を相手に突きつけるか、どれだけ少ない隙で守りから攻めに転じるか。
一切の動きに無駄がなかった。
戦いは、どちらがより人から離れた動きができるかで決まる。
絶技によって勝負が決まる戦い、勝者が勝負を決める戦いが繰り広げられていた。
アラタはもう深く考えはしなかった。
この戦いに何かかかっているのか。
どう攻めてどう守るか。
そういったことも考えずに動く。
支配権を身体に投げ渡し、微かに残った思考がその補助に回る。
アラタはヴァンの猛攻を用意していた回答のような動きで回避する。
そしてリキャストが戻り、今度はアラタの側から神威を切った。
アラタの拳が殺人的な速度でヴァンへと襲いかかる。




