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191.らしくない戦い


 アラタはなんとか戦えていた。

 ヴァンに圧倒されることなく、互角に近い戦いが繰り広げられている。


 アラタは木々の影に入るようにして黒い刃を凌いでいた。

 ヴァンの放つ黒い刃にMP消費などはないようで、牽制として惜しみなく使ってくるのが厄介だった。

 

 ヴァンは牽制を利用して常に優位なポジションから接近してくる。

 アラタとしてはそういった隙をついての強襲を狙っているが、なかなか上手くはやらせてくれない。


 ヴァンの立ち回りは腹が立つくらい完璧だった。

 こちらが飛び込もうとする時には守りを固め、距離を取りたい時には近づいてくる。

 その間も絶妙で、神雷の印を結ぶための時間を作るなど夢のまた夢に思えた。

 

 しかし戦えてはいる。

 前回は1分ともたずにやられたが、すでに戦いが始まってから10分が過ぎようとしていた。

 アラタが攻めきれないのと同じように、ヴァンとて攻めきれていない、そのはずだ。

 だからこうして戦いが拮抗している。


 それでも、奇妙と思える部分はあった。

 戦い方がヴァンらしくないのだ。

 アラタの知っている範囲では、ヴァンは近接戦闘の短期決戦を最も好む。

 それなのに今は遠距離攻撃を挟み、交差する時間を最小限にして戦っている。

 

 戦えているのか、戦わされているのか。

 わからないが、とにかく戦う以外に選択肢はない。

 

 アラタはヴァンの接近に合わせて縮地を切った。

 木の陰から一気に間合いを詰めるが、ヴァンの大剣が絶妙な具合にアラタの狙いを塞いでいた。

 そのまま走り抜ける際、苦し紛れに大剣を持つ手を狙うが、ヴァンは大剣を一瞬放すことでアラタの刃を回避した。


 隙と見えなくもない。

 アラタは神威を切る誘惑にかられる。

 

 結局決断できぬまま走り、再び間合いが開いた。

 既にヴァンは大剣を握り直し、宙に黒い刃の発生源である傷を作っていた。


 神威はヴァンの加速スキル対策にとってあるという部分もあるが、それ以上に慎重になっているところもあった。

 効果時間が同じ以上、先切りは若干不利となる。

 相手が対応しにくい初手で勝負を決めれば話は早いが、ヴァンがそうさせてくれるとは思えない。

 そうなると早く発動させた分だけ、効果時間は早く終わる。

 そして向こうだけ効果時間が続いているという状況が発生する。

 前回はそれが決定的な敗着になった。


 今回はヴァンが同種のスキルを持っていると事前にわかっている。

 その前提なら向こうだけ加速状態になっても、数秒凌ぐのは無理ではないと思うのだが、嫌な記憶はなかなか払拭できるものでもなかった。


VAN-RES:どうした? やけに慎重だな。

ARATA-RES:僕だけの問題じゃない戦いに、あまり大胆になる気にはなれませんので。

VAN-RES:あまり長引くと外がどうなるかわからんぞ?


 挑発か、それとも事実を言っているのか。

 ヴァンの表情はまったく読めない。

 だが、どちらでも相手にしてはならない気がした。

 戦うこと以外を考えたら、あっという間にやられてしまう気がする。


 アラタはヴァンの猛攻を冷静に捌いた。

 黒い刃の軌道を読み、ヴァンの間合いを外し、必殺の機会をうかがった。

 ヴァンの隙を見つけるためならば、いくらだって待ってやるという覚悟が生まれていた。


 煮えきらないやりとりが続く。

 互いにこれでは決着がつかないとわかっても、無理に事態を進展させようとすればしっぺ返しを食らう可能性がある。

 

 先に痺れを切らしたのはヴァンの方だった。

 黒い刃を放ってから下がり、大剣を地面に突き刺したのだ。


VAN-RES:さすがに飽きたな。それじゃあお前にチャンスをやろう。

ARATA-RES:チャンス?


 アラタも立ち止まって構えを解いた。

 無視して飛び込むという手もあったが、素手で刀を止められた記憶が蘇っていた。


VAN-RES:さっきからなにか大技を狙ってるだろう? それをやらせてやるよ。


 耳を疑う言葉だった。

 神雷を狙っているのがバレていたのはさすがだが、それをやらせてやるというのも驚きだ。


 誘いに乗るかは微妙なところだ。

 ヴァンのきまぐれ以外に理由を考えるとしたら、それは気持ちが悪いからかもしれない。

 ヴァンは別に全知全能などではなく、馬鹿げた技量のプレイヤーというだけなのだ。

 

 だからアラタがなにかを隠しているということはわかっても、なにを隠しているかはわからないのだ。

 それ故に戦い方が回りくどかったのかもしれない。

 そして我慢の限界が来たわけだ。


ARATA-RES:首と胴を切断したいと狙ってるんですが、やらせてくれるんですか?

VAN-RES:大技っつってんだよ。それともこのままどちらかがミスるまでやり合うか?


 アラタは乗ってやろうと決めた。

 売られた喧嘩は買う主義だ。向こうが望むならお見舞いしてやろうではないか。

 狙うは神雷一発だ。

 あのふざけた範囲・威力の攻撃をどうにかできるとは思えない。


ARATA-RES:わかりました。ではリクエストにお答えしますよ。


 アラタはヴァンを疑うことなく流星刀を納刀して両手を構えた。

 こうして隙を作って小細工をしているという可能性は考えられない。

 それに関しては確信があった。


 アラタはヴァンに向けて堂々と印を切り始める。

 向こうがやらせてくれると言っているのだ。

 アラタは絶対に間違えないよう網膜に印を表示させながら、ゆっくりと手順を踏んでいく。

 これで花を咲かせでもしたらエデンで伝説になってしまう。


VAN-RES:おうおう忍者っぽい動きだな。


 ヴァンはアラタを見ながら愉快そうに笑うが、その動きに見逃せない点があった。


ARATA-RES:待ってください。なんですかそれは?


 いつの間にかヴァンが大剣の柄に片手を当てていた。

 そして、大剣が黒い不気味な稲妻のようなものを纏っているのだ。


VAN-RES:なんですかって、俺も何もしないなんて言ってないだろう。


 クソ。

 こんな簡単な手に引っかかるとは考えもしなかった。

 ヴァン側も大技で反撃するつもりなのだ。


 しかし、印を切り始めた以上半端にやめたら花を咲かせることになる。

 しかも日に一度の神雷の使用回数まで使い切ることになってしまうはずだ。


 ならばやるしかない。

 こうなったら神雷の威力を信じるのみだ。


 アラタは両手を重ねてヴァンに照準を合わせる。

 ヴァンは真っ黒なエネルギー体となった大剣の切っ先を、アラタの方に向けていた。


VAN-RES:行くぞ。


 もうやるしかなかった。

 大剣の切っ先が黒く輝くのを視認してから、アラタは発声した。

 二人の発声は、ほぼ同時だった。


「暗落」

「神雷」 

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