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19/202

19.二人目


 もうなりふりは構っていられなかった。


 フィーンドフォーンは山中の自然地形に沿って作られた街だ。

 街はいくつもの段状の構造になっている。

 目標地点は、直線距離で見ればなんとか間に合いそうに見えるが、それは直線距離での話だ。


 よく見れば目標地点はアラタがいる場所よりも二段低く、そこに到達するには大回りをして階段を降りていかなければならない。


 素直にその通りのルートを辿ったらクエストはまず間違いなく失敗するだろう。


 ならば、とアラタは覚悟を決めた。

 直線距離ならば間に合うのだ。それなら話は簡単だ。


 アラタは犬を抱えながら街中をすっ飛ぶようなスピードで進む。

 左手にある、下の段へと降りる階段には目もくれずに一直線に走る。


 いくらもしないうちにアラタは行き止まりに突き当たった。

 そこは三日月のような形をした、二つの先端を持つ展望台になっている。

 

 アラタは展望台の先端まで進み、止まる。


「頼むから暴れないでくださいよ」


 アラタは、展望台から無造作に飛び降りた。

 敏捷性18の身体に慣れた今なら、問題なく降りられる自信があった。

 展望台の岸壁を蹴って対面へと飛び、勢いを殺しては対面へと飛んで高度を下げていく。


 犬は、すんごい暴れた。

 

 これだけ動ける身体ならば余裕なはずの三角跳びが、犬のせいで油断できないものになっていた。


 アラタは精神を集中し、暴れる犬を押さえつけながら絶壁を降りていく。


 着地。

 最後の一跳びを横着したせいで、落下ダメージとしてHPが2だけ削られるログが流れる。


 周囲の人間が、何事かと落ちてきたアラタを見ている。


 アラタはそんな視線を無視して走る。

 マップ上の白い点がクエスト範囲内から出るまでもう十秒とない。


 アラタは風を切って走り、白い点までの距離が見る見るうちに縮まる。


 シャウトしようとしたが、相手がNPCであることに思い至り、全力の大声を出した。


「おおーーーーーーーーい!! 待ってくださーーーーーーい!!」


 マップ上の白い点が動きを止める。

 アラタが近づくと、そこには一人の老エルフがいた。

 

 老エルフはアラタと犬に気付くと、


「おお! ボニーじゃないか!!」


 アラタが犬を地面に置くと、犬は大喜びで老エルフの元へと走っていった。

 

 老エルフはアラタを見て、


「アンタがこいつを連れてきてくれたのかい?」

「ええ、なんでも置いてかれるとかそういった話を聞いて」


 老エルフは半分は申し訳無さそうに、もう半分はおかしそうな気配を滲ませた表情を浮かべた。


「すまんなぁ、こいつはいつもこうなんじゃ。ワシが一人で散歩に出かけるだけで大騒ぎでな。まあ届けてくれてありがとうよ」


 老エルフは犬を伴って街の外へと出ていった。


 アラタは膝に手をあてて深い呼吸を繰り返した。

 早く動くだけならいいが、大きな犬を抱えて移動というのはよろしくなかった。

 筋力12、体力10、両方の数字が反映された結果だろうが、アルカディア内で今までにないほど疲れた。


 網膜上にクエストクリアの文字が表示される。

 経験値は雀の涙程度で、次のレベルの1割といったところだ。

 街中で完結するクエストならばこんなものなのかもしれないが、これだけの疲労と引き換えでは割に合わない気がした。


PARALLAMENYA-RES:アラタさん! 今メッセージが! クリアしたんですか!? すごいです!!:FFH


 パララメイヤからの念信。どうやらパーティを組んでいると、距離に関係なく念信が届くようだ。


ARATA-RES:クリアしましたよ。ところでこのクエストは誰から受けたものですか?:FFH

PARALLAMENYA-RES:ワンちゃん自身からですけど、どうしてですか?:FFH


 ああ、とアラタは納得した。

 つまりこれはお笑いクエストの類だ。

 主がいなくなると勘違いした犬を助けるが、実際には主は散歩に出ただけという。

 げんなりである。


ARATA-RES:いえ、なんでもないですよ。ひとまずクリアできてよかったです。

PARALLAMENYA-RES:本当にありがとうございます!! アラタさんがいなかったらクリアできませんでした!!


 そりゃあそうだろう、とアラタは思う。

 気付けば、パララメイヤはアラタの見える距離まで走ってきていた。


 その動きは運動音痴ががんばって走っているといった様子で、キャスターでなかったとしても、パララメイヤは運動があまり得意ではないようだった。

 パララメイヤがアラタの元まで来て息を喘がせている。


「落ち着いてからでいいですよ」


 とアラタが言うと、パララメイヤはしっかり一分はかけて呼吸を整えた。


「助かりました。ワンちゃんが困ってたのでクエストを受けてみたんですけど、どうやらわたし向けのクエストじゃなかったみたいで……」

「犬から、というのは?」

「ああ、わたし動物会話ができるんです。種族がハーフエルフなので」


 そう言ってパララメイヤはふわふわの髪に隠された、尖った耳を出して見せた。

 そんなパララメイヤを見て、アラタは実に男らしい感想を抱いた。


 この子かなりかわいいな、と。


 マスカレイド領域であるからには、容姿は好きに設定できる。

 そうなればプレイヤーは美男美女で溢れているのが当然なのであるが、アラタの好みに刺さっていた。


 似ているのだ、Beginner visionのボーカルと。

 Beginner visionはアラタが贔屓にしている音楽グループで、その楽曲には遊戯領域をテーマにしたものが多い。

 ボーカルは14歳の少女で、ヒヨドリを名乗っている。ふわふわの髪の毛をしておっとりした空気を纏っているが、歌う時だけ別人のように変貌する非常に印象に残る少女だ。


 このパララメイヤはその少女に似ていた。

 ふわふわとボリュームの多い髪に、ゆったりした空気を纏っていて、どこか羊を思わせる。

 鵯が少し成長したら、こんな感じになるのでは、と連想させる。

 もしかしたらこの子もBeginner visionのファンで、それ故に鵯を模してキャラクリをしたのかもしれない。


 アラタは我に帰り、


「次からは戦闘がありそうなクエストを選ぶといいですよ、こういうクエは報酬が不味いので」

「どうしてわかるんですか?」


 パララメイヤは不思議そうにしている。

 アラタは「どうしてわからないんですか?」と言いたいところを抑えて、


「もしかして、ゲームではあまり遊んだ経験がありませんか?」

「はい、こういった領域で実際に遊ぶのは初めてで」


 初めて遊ぶゲームがマルチゲーで、しかもエデン製とは恐れ入る。


「今のは街中の、しかも戦闘がなさそうなクエストですからね。ゲームにおける報酬は、その難易度と危険度にだいたい比例します。街中で解決して、危険もなさそうなクエストは報酬もそこそこなはずです」

「なるほどー」


 とパララメイヤは心底関心しているように見えた。

 なんだか調子が狂うな、とアラタは思う。


「あの、もし良かったら色々教えてくれませんか? ゲーム初心者なので」


 アラタは一瞬硬直する。

 マルチゲーであるからには、他のプレイヤーと交流すべきだ。

 アラタは今のところ他プレイヤーから避けられている身である。その点から言えば、願ってもない誘いではある。


 なにせ第二の街に辿り着いてまともなフレンドがいないのだから。いるのはメイリィ・メイリィ・ウォープルーフのみ。そのメイリィもデスペナルティ中でアルカディアにはインしていないし、どういうつもりのフレンドなのかすらよくわかっていない。

 

 パララメイヤはキャスターであろうし、初心者であることを除けば何一つ悪いことはないように思える。


 アラタが答える前に、フレンドの申請が飛んできた。

 

 アラタはこういう時、押しに弱い。

 というか、対面してフレンド申請を送られて拒否できるやつがどれだけいるのだろう。

 網膜上に映る文字に了承を返し、フレンド欄に二人目が追加される。


 パララメイヤ・スースルー

 レベル:4

 種族: ハーフエルフ

 クラス:呪文の織り手(スペルウィーバー)

 理念: 知を求めるもの(スカラー)


「ありがとうございます!!」


 パララメイヤは本当に嬉しそうにしていた。

 何がそんなに嬉しいのかと思うが、初心者が勇気を出してフレンド申請をしてそれを受けてもらえたならば、嬉しいのは当然のことなのかもしれなかった。


 アラタはどう返していいかわからない。

 素直に好意を向けられるこういった場面は不得手だ。

 十と四年間ほぼほぼ引き籠もって生きてきた経歴は伊達ではない。

 

「次からは戦闘がありそうなクエストを探すといいと思いますよ。戦闘があるという時点で経験値は保証されてると思いますし」


 パララメイヤは少し言いにくそうにしたあと、


「あの、もしそういったクエストが見つけられたら、また手伝ってもらえますか?」

「え?」


 声に出すつもりはなかったが声が出た。

 

「いえ、その、迷惑だったらすいません!! けど、今ってクエストが受けにくいみたいですし、わたしは魔法使いなので前衛で戦ってくれる人が一緒にいてくれたらなって……」


 パララメイヤの恐縮具合は、見ている方が気の毒になるような有様だった。

 こっちがいじめているような気分になってしまう。


 冷静に考えると、これはそう悪くないのかもしれない。

 クエストが受けられないのは事実で、パララメイヤも探してくれるというのならば効率は倍になる。

 初心者とはいえキャスターならばいないほうがマシということはなかろう。

 他に組むアテがない以上、受けて悪いことはない。


「いいですよ、ただクエストが受けられたらですけど」

「本当ですか!? やったぁ!!」


 そう言って喜ぶパララメイヤは、見た目よりもずっと幼く見えた。


「じゃあ見つけたら手伝ってくださいね! 絶対、絶対、絶対ですよ!」


 何がそこまで嬉しいのか、ものすごいテンションで捲し立てられて、アラタはちょっと引いている。


「そんなに念を押さなくても大丈夫ですよ。僕だってクエストはやりたいですしね」


 何にせよ、こうしてアラタのフレンド欄に、二人目の名前が表示されることになった。

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