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189.落ち着いた心で


 アラタはヴァンの背後から迫る黒い刃は気にしないことにした。

 ヴァンの左右をカバーするように飛ぶ刃は、普通にしていれば当たるものではない。

 使ったからには意味があるのだろうが、その意図は不明だ。

 変に勘ぐり動きを鈍らせるくらいなら、ヴァン本人だけを気にするべきだ。


 それに、この一合でヴァンを仕留めてしまえばそれで全てが終わる。


 アラタも身を低くして走った。

 森の落ち葉が爆発するように舞い上がる。

 お互いの相対速度から一秒もかからず双方が間合いに入った。

 

 ヴァンの横薙ぎの斬撃を、アラタは滑るように身を沈めて潜った。

 頭の上を薄ら寒くなる衝撃が過ぎ去る気配。

 アラタはそのまま滑るように距離を詰め、流星刀でヴァンの左足を狙った。

 

 ヴァンの左足が動き、流星刀を踏みつけようとしていた。

 アラタは刃を上に向けヴァンの左足を斬り飛ばそうと動く。

 が、ヴァンの左足の動きがさらに変化した。


 アラタはその時点で攻撃動作の全てを放棄した。

 アラタは上半身を無理やり捻じ曲げて、ヴァンの左足の攻撃範囲から逸らす。

 気がつけばヴァンの左足はアラタの右肩を蹴り飛ばそうとしていた。

 どう見ても流星刀を踏みつけようとする動きに見えたのに、いつ蹴りに変化したのかわからない。


 そのまま行けばヴァンの左足がアラタの右肩を蹴り飛ばし、アラタの軌道は絶望的に歪んで攻撃を封じられ、体勢を立て直す前にとどめを刺されてもおかしくはなかった。

 

 しかし、反応はできた。

 交差が終わり、再び互いの距離が離れ始める。

 その時にはヴァンを追っていた黒い刃は左右に分かれていた。

 どこを狙っているのかと考えるよりも速く、結果がアラタを襲った。


 木が倒れてきているのだ。

 黒い刃は左右に分かれ、森の木を切り倒していた。

 切り倒された木が、左右からアラタを押しつぶすように倒れてきている。

 アラタはヴァンに背を向けぬように身を翻したが、一連の動きを組み立てていたヴァンの方が動きは早かった。

 

 振り向くアラタを撃ち抜こうとするような横薙ぎの斬撃が来た。

 アラタは流星刀の刃と柄を持ち、空蝉まで切って斬撃を受けた。

 

 手からとてつもない衝撃が伝わる。

 アラタの刀よりも二回りは大きい大剣での一撃だ。

 武器に耐久が設定されているような領域だったら確実に刀ごと真っ二つにされていただろう。


 アラタは水平にふっ飛ばされる。

 飛ばされながらも、アラタは印を結んでいた。


 ヴァンが吹き飛ぶアラタを追いながら、その右手が黒く輝いていた。


「黒葬」


 ヴァンの右手から黒い稲妻が発せられるのをしっかり見てから、アラタは言った。


「雷神」


 雷と雷が激突した。

 アラタとヴァンとの中間点で雷が混ざり合い、激しい光を放って相殺した。

 同撃崩を乗せてようやく相殺は不服だが、それでも凌いだだけマシだ。


 一息つく間もなくヴァンがアラタに追いつくが、アラタはその動きに違和感を感じた。

 アラタは足が地につくと同時に反転して、迷いなくヴァンの間合いに飛び込んだ。


 ヴァンが大剣を振るうが、アラタを間合いに入れる直前にその動きが鈍った。

 その動きはアラタを斬ろうというよりも、追い払おうとする動きに見えた。


 消極的だが、守りに焦点を当てた動きにアラタも無茶攻めはできない。

 ヴァンの斬撃を躱すと、双方が一度後ろに下がり間合いが開いた。


VAN-RES:世界の命運がかかってるってのに、憎らしいくらい冷静だな。

ARATA-RES:その言葉はそのまま返しますよ。


 ヴァンの動きは、倒木を乗り越えてきたためか重心にズレがあるように見えた。

 その流れで着地すれば右足に重心が偏る。そこからヴァンが間髪入れずに攻撃すれば力に淀みが生まれる。

 ほんの僅かな隙ではあるが、アラタはその隙に渾身の一撃をねじ込める気がした。

 アラタの違和感をあとから言葉にすれば、そういうことだったのだと思う。


 だから行った。


 アラタの直感では、左肩から先を犠牲にすればヴァンの命に届くように思えた。

 無理攻めで相打ちを狙えば、相手の方がより大きな代償を支払うことになると。

 そしてその直感は正しかったのだと思う。

 ヴァンはそれを察知して防御に回ったのだ。自分の方が分が悪いと感じて。


 それにしても、不思議な感覚だった。

 気持ちが落ち着き過ぎている。

 これは遊びではないのだ。冗談抜きに世界の運命がこの一戦で決まる。

 それなのにごく自然体で、普通に遊技領域で遊ぶよりもむしろ落ち着いているような気すらする。


VAN-RES:生意気は……今に始まったことではないか。


 ヴァンが笑う。

 その顔も、世界がかかっているとは思えない。

 まるで遊んでいる最中の一幕のようだ。

 ヴァンの方は本当にそんなつもりなのかもしれない。


 そんなヴァンを見て、急に話したくなった。

 なぜこんなことをしているのか。

 アルカディアではどうしていたのか。

 アルカディアに来るまでの空白の十年は何があったのか。

 エデン人とはどんな繋がりがあるのか。

 

 知ればノイズになると思っていた色々なことが、知りたくなった。


ARATA-RES:いくつか聞きたいことがあります。

VAN-RES:だめだな。


 アラタからすれば、意外な返答だった。

 

ARATA-RES:何がだめなんですか?

VAN-RES:いいか? 俺はお前にとっての敵だ。しかもとびきり手強いラスボスだ。そんな相手に質問するやつがあるかよ。俺の攻略法でも知りたいのか?

ARATA-RES:ケチですね。

VAN-RES:ああ、ケチだね。俺は昔からそうだろ?


 そう言えばそうだった気はする。

 エバーファンタジーのネハンの時代からそうだった。

 装備品やアイテムをくれるのも、色々なことを教えてくれるのもヴァンではない他のメンバーで、ヴァンが教えてくれたのはひたすらに戦いの技術だけだった。


ARATA-RES:そうかもしれません。

VAN-RES:というわけで盛り下がるお喋りはなしだ。構えろ。


 ヴァンが再度構える。

 アラタもそれにならって流星刀を構えた。


 やれている。

 前回は何もできなかったが、今は落ち着いてヴァンの動きを見ることができている。

 これも修行の成果かもしれない。

 不服ではあるが、あのイカレババアには感謝をしなければいけないのだろう。


 それにしてもどういうわけか、ヴァンは武器とスキルを中心に戦うつもりであるように思える。

 それなら狙うは神雷一発だ。

 神雷なら範囲、威力ともに申し分ない。

 まともに撃てば、おそらく対人戦ならそれだけで勝負は決まる。


 問題はその隙を作れるかどうかだ。

 神雷は両手で印を結ぶ必要があり、しかも印が多いのだ。

 一対一で両手を封じて数秒を作るのは至難だが、それを狙うだけの価値はあるはずだ。


 今度はアラタから突っ込んだ。

 防御に回っては大きな隙は作れない。

 それなら攻めあるのみだ。


VAN-RES:いい気迫だ。


 ヴァンは、本当に嬉しそうにしていた。

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