181.奇妙な相手
アラタが黒い扉に踏み込むと、突然景色が変わった。
そこはいつもの無限の暗黒ではなかった。
地面もあれば空もある。それは第一の試練で虎と戦った、あの場所と同じように見えた。
荒野だ。
違う点は、いくつもの石柱が立っていることだ。
足場か、それとも敵の攻撃を防ぐために使うのか、いずれにせよ試練での戦闘に使うものだろう。
灰色の空、無限の荒野、得体の知れない何かの墓標であるかのように林立する石柱、それがこの空間の全てだった。
扉は既になかった。
背後を振り返っても、辺りを見回しても出口らしきものはない。
わかってはいたがクリアしないと出られないのだろう。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
アラタは周囲の様子を伺いながら待った。
入った以上は何かが起こるはずだ。
すると背後からの声。
「ようやく来たか」
気配がしなかった。
アラタが振り返ると、そこにはあの老人がいた。
クラウンだ。あいも変わらずファンタジーの老魔法使いのような姿をしている。
「そう時間は経っていないと思いますが、懐かしい顔という気がしますね」
「思ったより余裕がありそうだな」
クラウンは僅かながら意外そうにしているように見える。
「やるべきことはだいたいわかってますからね。それとも慌てふためく僕が見たかったですか?」
「いいや」
「それで? 僕はどんな愉快なお友達と戦わされるんですか? いい加減アナタとやれると嬉しいんですが」
クラウンは今度こそ意外そうな顔をした。
「それ以外に質問はないのか?」
「それ以外、とは?」
「今起きている一連の出来事についてだ」
「ありませんね。知ったところでやるべきことは変わらないでしょう。質問をしてアナタの悲しい過去なんて聞かされたらたまりませんからね」
老人は微かに微笑んだよに見えた。
「よかろう。最後に相手にしてもらうのはあれだ」
老人が示した先には、コウモリがいた。
石柱の上に陣取るように立ち、羽を畳んでいる。
笑えないのはその大きさで、人間よりもずっと大きい。
その牙に貫かれればだいたい即死だろう。
アラタは視線を合わせてみる。
繧ィ繝ォ繝?繝シ繝エ繧。繝ウ繝代う繧「
HP???/???
予想通りの内容に逆に安心する。
あれを倒せばあとは最終試練だけということだろう。
「では、健闘を祈る」
クラウンはそれだけ言って霧のように姿を消してしまった。
コウモリはまだ動く気配がない。
アラタは全身の力を抜き、首を左右に一度だけ曲げた。
大きく息を吸って吐く。
それから地面を蹴って石柱へと跳んだ。
石柱から石柱へと跳び、三角跳びの要領で石柱の頂上へと登る。
登った分だけ、その高さから無限の荒野を意識させられた。
どこまでも続く灰色の空をずっと見つめていると、胸に穴が開くような不思議な気分になった。
まるで全てが滅びたあとの世界のような光景。
シャンバラが滅びても、こうはならないだろう。
データ世界の滅びはきっと完全な無だろうから。
アラタはコウモリに意識を戻す。
相手はまだ動かない。目をつぶり、羽をたたみ、目で見える情報だけだと寝ているようにすら見える。
アラタが戦闘状態になるまで動かないのかもしれない。
流星刀を抜刀。
一つ息を吸い、全力で駆けた。
石柱を足場にコウモリへと迫る。
石柱の間隔はちょうど一跳びという距離で、宙空戦で回避に支障が出るということはなさそうだった。
跳んで、跳んで、跳んだ。
あと三回も跳べば射程、というところでコウモリが目を覚ました。
その瞳が赤く光る。
コウモリが羽を広げ、その巨体が浮き上がった。
でかい。
羽を広げると想像よりずっと大きく感じた。
空を飛ぶ巨体というシンプルな脅威に、アラタは本能的に威圧感を感じた。
距離が離れていても羽音が聞こえる。
コウモリが羽をはためかせると、風の刃が放たれた。
視認できる風の刃だ。
アラタは柱の側面へと跳んで刃の群れを躱していく。
念のためにオブジェクト破壊も意識したが、風の刃は単なる遠距離攻撃で柱を破壊するような効果はないようだった。
コウモリの腹部が大きく膨れた。
攻撃の予備動作か、アラタはコウモリの様子を伺いタイミングを計る。
コウモリが吠えた。
見える超音波。
風も見えれば音波も見える。
まったくふざけている。
シャンバラの滅亡がかかっているかもしれないのに、いかにもな遊技領域的攻撃だ。
アラタは柱の裏へと跳んで音波を防ぐ。
大音響こそ感じるが、ダメージを受けた感覚はない。
音波の通過を待って柱の上へと戻る。
すると、コウモリが一直線にアラタへと飛んで来ていた。
恐ろしい牙を剥き、背筋が冷たくなるような速度で。
アラタはそれに合わせる軌道で石柱を跳ぶ。
速くてでかい、それだけの突撃だ。
巨大なコウモリが接近、コウモリの軌道が下がりアラタに食らいつかんと迫る。
アラタは縮地を切って斜めに跳び、コウモリの側面を抜けるように流星刀を滑らせた。
入ったが、浅い。
横に抜ける際の羽での反撃を気にしすぎたかもしれない。
柱の上へ着地。背後ではコウモリが再び高度を上げていた。
そこでアラタは気付いた。
フィールドのところどころに、黒い染みのようなものが広がっているのだ。
あの虎の時と同じだとしたら、時間切れまでの砂時計ということだろう。
コウモリが再び風の刃を放っていた。
一度見た攻撃だ。アラタはそれを軽々と躱す。
回避を続けながら、アラタには思うところがあった。
おかしい。
いくつもの違和感があった。
まず攻撃が単純すぎること。これだと遠距離攻撃を避けて近距離攻撃に合わせて反撃するだけだ。
だがそれ以上に感じるのは、威圧感のなさだった。
虎の時は言いようのない威圧感を感じていた。
しかし、このコウモリは違った。
確かに空を飛ぶ巨体という点で視覚的な威圧感はあるが、そうではないのだ。
気配から脅威を感じない。
それどころか、おかしな感覚すらあった。
まるで勝つ気がそもそもないかのような。
理由をはっきりは説明できないが、アラタはそんな気配を感じていた。
だから、やってみる気になった。
二度目の超音波が終わり、二度目の突撃が始まった。
攻撃を食らってない以上PvPと同じ仕様なのかわからないが、もしそうならこれ一発で全てを終わりにできる可能性すらある。
アラタは印を結ぶ。
両手で。
コウモリの直線的な突撃に、アラタは両手を重ねて照準を合わせるだけだ。
できるだけ引き付ける。
間違いなく同撃崩が乗る距離まで。
巨体が風を切る音が耳に入る。
互いの距離は柱が二つ分。
激突までもう一秒もないだろう。
そこまで引き付けて、アラタは言う。
「同撃神雷」




