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180/202

180.黒い扉


 海底神殿の六層以降は今までと様子が違っていた。 

 なんというか、建造物自体がどこか生命を持っているような不気味さがあるのだ。

 七層を越えると、比喩ではなく肉のようになっている床が出てくる。


 初めはギミックの類かと警戒したが、どうやら害があるわけではない。

 肉になっている部分の床を踏むとぶにゅっとしてかなり気持ち悪いだけで、単なるフレーバーでしかない。

 とはいえ、精神的にクるというのも馬鹿にはできない。


 アラタはこういうものは全く気にしない質だ。

 ロンもまるで気にしない。

 パララメイヤなんて気にしないどころか、その不気味な雰囲気を楽しんでいる節すらある。

 ユキナはどうかというと、


「ユキナ? なんだかビビってませんか?」

「え? ん? ビビってないよ。こんなんウチが怖いわけあらへんやん。単に歩きにくいだけで、ギャーーーーーーーーーーーー!!!!」


 場所も不気味なら敵も不気味。

 七層以降の敵はゾンビと触手が合体したようなクリーチャーが主体だった。

 いつもの威勢はどこに行ったのか、こうした敵を相手にしたユキナの動きは極めて悪かった。

 からくりは遠隔操作であるのに、ユキナはからくりで敵を触るのすら嫌がっている様子で遠隔攻撃ばかりしていた。

 

 幸い雑魚は雑魚の範疇を越えず、強敵というほどではなかった。

 ユキナのポンコツムーヴには誰も突っ込まずに淡々と戦闘は続いた。


 見た目やユキナの件を除いてどういった性質の敵が出ていたかといえば、物理耐性の強い敵だった。

 アラタは属性攻撃に強い制限があるのでほぼ戦力にならず、積極的に前衛でタンク役をこなした。

 パララメイヤが当然メイン火力なのだが、ロンも負けてはいなかった。

 ロンはヒートナックルなるスキルで拳に火属性を付与できるらしい。ずるいと思う。

 その上、ロンのEXスキルは同じ敵に攻撃を続けると火力が上がっていくという極めて汎用性の高いものだった。

 二人の火力は、アラタとユキナが役に立たないのを補って余りあるものがあった。


 九層の出口には当たり前のようにレストポイントが設置されていた。

 十層か九層のどちらかには絶対にあるだろうと思っていたが、それは九層に配置されていた。

 ということは、十層はボスだけの階層である可能性が高いのかもしれない。


 ここまでで、三日が経過していた。


 この間にも、ヤンとは連絡を取り合っていた。

 ダンジョンの中だからといって念信ができないということはないのだ。


YANG-RES:こちらはちょっと厄介なことにはなっていますね:FAV

ARATA-RES:厄介?:FDD

YANG-RES:プレイヤー間に、救世主が現れたという噂が流れています:FAV

ARATA-RES:救世主、ですか?:FDD

YANG-RES:そう。救世主はアルカディアを転移できる通常の領域に戻してくれるそうです:FAV

ARATA-RES:まるで新しい宗教ですね。パニックもので奇天烈なことをしでかす人物はよく見ますが、最近はああいうものが結構リアルなんじゃないかって気がしてきますよ:FDD

YANG-RES:ちなみに、救世主の名前はアラタ・トカシキというそうです:FAV


 ここで念信を聞いていたユキナが吹き出した。


ARATA-RES:良く聞く名前ですね。説明してもらっても?:FDD

YANG-RES:最近ウチのギルドは一気に人数が増えたでしょう? その中の誰かが漏らしたんだと思いますよ。ウチのマスターはアルカディアを元に戻す方法を知っている、って。そこからは尾ヒレがついて、今では救世主ということです。ウチに入りたいというプレイヤーが殺到してますよ:FAV

ARATA-RES:協力したい、ということですか?:FDD

YANG-RES:そういうわけでマスター様の判断を仰ぎたいわけです:FAV

ARATA-RES:任せますよ。ヤンさんの方がそういうのは向いてるでしょうし:FDD


 返信が来るまでに、考えているような間があった。


YANG-RES:了解しました。それと、その件に関連することでもう一点だけ:FAV

ARATA-RES:悪いニュースですか? それともすごく悪いニュースですか?:FDD

YANG-RES:後者よりですかね。アラタ・トカシキを殺せというグループが生まれています:FAV

ARATA-RES:はい?:FDD

YANG-RES:信じられない話ですが、アルカディアから転移できないこの状況を望むプレイヤーが一定数いるということですね。そういったプレイヤーがグループを作っているという噂があります。パニックものでわけのわからないことをという話を先程してましたが、これこそがそれになりますね:FAV

ARATA-RES:僕がいないうちにずいぶんと素敵なグループが誕生したものですね。戻ったらそいつらのところに殴り込んでバースデーソングでも歌った方がいいですか?:FDD

YANG-RES:冗談はやめてください。戻ったら気をつけろ、ということです:FAV

ARATA-RES:まあ、わかりました。また何かあったら知らせてください。といっても、これから我々はボスでしょうけど:FDD


 九層の終わりで一晩を明かし、十層に進むとそこはもうはっきりとボス前の部屋だった。

 相変わらず小部屋に仰々しい大扉が配置されている。

 今思うとこういったデザインの類似も、エデン側の真剣に遊技領域を作っていない部分が見え隠れしているのかもしれない。


 ただ、今回の小部屋はいつもと様子が違う部分があった。

 正面の大扉とは別に、左手側に黒い扉があるのだ。

 表面がでこぼことした両開きの扉。

 大きさは人が二人通れる程度のごく標準的なものだが、えも言えぬ禍々しさは感じる。


「さて、あの黒い扉はなんなんでしょうね」


 アラタの発言に全員の視線が集まった。


「パララメイヤはどう思います?」

「どう、って……」

「あの黒い扉ですよ」


 パララメイヤは明らかに困惑している。


「すいません、()()黒い扉ですか?」


 少しヒヤリとしてしまったことで、アラタは自分に腹を立てた。


「冗談を言ってるんじゃないんよね?」

 

 ユキナにも見えていなそうだ。

 ということはロンにも見えていないのだろう。


 アラタにだけ見える扉。

 特別扱いもここまで来ると笑えてくる。


 アラタは左壁に近づき、黒い扉を指さした。


「僕にはここに黒い扉があるように見えますが、みんなには見えてないんですね?」


 全員が頷く。


「開けてみます」


 アラタは扉を押し開いた。重量自体は大したことなく、扉はすっと開いた。

 中は無限の暗黒だ。見たことのある光景だった。


 疑問。

 他のプレイヤーがここに入ろうとするとなにが起こるのか。


「ロン、申し訳ありませんが、ちょっと手を突っ込んで見てくれませんか?」

「突っ込んで、というのがわからんが、この壁を触ればいいのか?」

「それでお願いします」


 ロンが入口に手を入れようとすると、透明な壁があるかのように手は何かに当たっていた。


「俺には壁に手を当てているようにしか見えんが、そっちは違うんだな?」

「ええ、入口に透明な壁でもあるように見えますね」


 アラタも試しに手を入れてみる。

 何の抵抗もなく手は入口に入った。


「これはどう見えます?」

「壁に吸い込まれてるように見えます……」


 確定だ。

 アラタ以外に通ることができない。

 つまりはソロでやれということだ。

 こちらの黒い扉こそが試練なのだろう。


「どうやら僕ひとりで来いということみたいですね。みんなはここで待機を。しばらく経って戻らないようだったら帰還してもらっても構いません」

「待つわ」


 ユキナが間髪入れずにいった。


「でも時間が――――」

「それでも待つわ」


 ユキナの目に迷いはなかった。


 アラタは仕方がない、というように首を傾げた。

 半分は照れ隠しだ。バレていなければいいと思う。


 この先に試練がある。

 ヴァン・アッシュまでの最後の壁だ。

 そもそも、こんな試練などで引っかかっているようではヴァンに勝つなど夢のまた夢だろう。


 覚悟を決め、アラタは暗黒の中に踏み出した。


「それでは、行ってきます」

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