18.配送代行
念信の響きは切実で、一体何事かとアラタは目を向ける。
犬。
それに引きずられる手綱を持った少女。
前に足を出して倒れることを回避する、少女はこれを繰り返した結果走ることになっているような、おかしな走りをしていた。
アラタは二歩だけ前に出て道を開け、そこで少女に限界が来た。
倒れる。
アラタは少女の動きを先読みし、そこに割り込んだ。
少女の胸と腹部の間あたりに腕を入れ、転倒するのを防ぐ。
腕の圧迫で、少女が少女らしくない声をだした。
「大丈夫ですか?」
少女は咳込みながら体勢を立て直した。
犬が少女を急かすように吠え立てている。
「す、すいませんでした!! 急いでて!!」
少女が再び走り出した。
犬に引きずられるようにして。
見るからに危なっかしい。
服装もだぼだぼとしたローブで、どう見ても走るのには向いてない。
あれではいくらもしないうちにまた転倒するはずだ。
アラタは見かねて少女を追いかけた。
少女に視線を合わせて名前を確認する。そこにはパララメイヤと表示されていた。
アラタは即追いついた。敏捷性18は伊達ではない。
というか、少女が遅いだけなのだが。
ARATA-RES:どういう状況ですか?
あ。
アラタの念信に反応して、パララメイヤが振り返ろうとした。
犬に引っ張られながら。
するとどうなるか。
パララメイヤの小柄な体が独楽のように回転し、
そこでアラタが抱きとめた。ふんわりとしたボリュームの多い髪が妙な感触だった。
犬の手綱をパララメイヤから奪い、犬の動きにも制動をかける。
大柄な犬なのか、もしかしたら小柄な狼なのか、引っ張る力はかなり強かった。
これだとパララメイヤが振り回されるのも無理もない。
抱きとめられたパララメイヤは、翡翠色の目をパチクリさせてアラタを見ている。
その視線には、不思議な色があった。アラタの顔自体にはそれほど注目せず、アラタの名前を見て反応しているような色が。
ああ、とアラタは納得する。ミラー42でアラタの名を目にすれば、知っているものならこういう反応もするのかもしれない。
「王子様じゃないのでそんなに見つめられても何もでませんよ。ところでこれはどういう状況ですか?」
パララメイヤはアラタに声をかけられたことで我に帰った。
アラタが手を離すと、犬とアラタを交互に見てパニックに陥っているように見えた。
「こ、これは急ぎのクエストを受けて!! このワンちゃんを送り届けなくちゃならなくて!! でも時間がなくて!!」
イマイチ要領を得ないが、時間制限のあるクエストを受けたということだろう。
時間内に飼い主に犬を届けるといったところか。
一目でパララメイヤ向きのクエストではないとわかる。
装備にしても、その動きにしても、パララメイヤはどう見たってキャスターだ。
このクエストは、ある程度敏捷性のあるクラスのプレイヤーに向いたものだろう。
アラタのような。
「パーティください、手伝いますよ」
「え!? え!? アラタさんが手伝ってくれるんですか!?」
いきなり名前呼びとは馴れ馴れしい子だな、と思いつつもアラタは、
「キャスター向きじゃなさそうですしね、早くしないと時間制限があるんじゃないですか?」
パララメイヤは慌てて、
「そ、そうでした! それじゃあお願いできますか?」
網膜上にパララメイヤからのパーティ勧誘が表示され、アラタは了承を返す。
犬がアラタを見て吠えていた。
ARATA-RES:状況を教えてください。
PARALLAMENYA-RES:そのワンちゃんを遠くに行ってしまう飼い主に届けるクエストで、急がないと飼い主さんと離れ離れになっちゃうみたいなんです!
アラタは噛みつきゃしないだろうなと若干不安になりつつも、犬の手綱ではなく犬ごと持ち上げた。
ARATA-RES:場所は?
パララメイヤからIMAGE ONLYの念信、ミニマップ上に広い円形に赤くなった場所ができる。
その時にはもう、アラタは走り出していた。
かなり重いが、短時間ならなんとか走りきれそうだ。
PARALLAMENYA-RES:その範囲にいるそうです!!
ARATA-RES:任せてください。
見れば、マップ上の赤い円に白い移動する点がある。これがこの犬の飼い主だろう。
白い点は円形の空間の外れに向かって移動している。速度から逆算すると、猶予はそれほどなさそうだった。
というか、かなり厳しいのではないか。
お使いクエストと甘く見ていたが、間に合うかはかなり際どい。
パララメイヤがそのまま続けていたら確実に失敗していたが、アラタがやったからといって達成できる保証はない。
任せてくださいなどとイキっておいて、間に合いませんでしたは死ぬほどカッコ悪い。
意識を集中する。感覚を研ぎ澄ます。
ミニマップにぼんやりと意識を向けながらルートを考える。
デカい犬を抱えながら走る姿は相当にシュールで、道行くプレイヤーの誰もが振り返る。
犬が暴れずに静かにしてくれているのは幸いだった。
マップ上の白い点は、何の容赦もない速度で進み続ける。
アラタは足を早めた。
死ぬほどカッコ悪い男にならないために。




