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18/202

18.配送代行


 念信の響きは切実で、一体何事かとアラタは目を向ける。


 犬。


 それに引きずられる手綱を持った少女。

 前に足を出して倒れることを回避する、少女はこれを繰り返した結果走ることになっているような、おかしな走りをしていた。

 

 アラタは二歩だけ前に出て道を開け、そこで少女に限界が来た。


 倒れる。

 

 アラタは少女の動きを先読みし、そこに割り込んだ。

 少女の胸と腹部の間あたりに腕を入れ、転倒するのを防ぐ。


 腕の圧迫で、少女が少女らしくない声をだした。


「大丈夫ですか?」


 少女は咳込みながら体勢を立て直した。

 犬が少女を急かすように吠え立てている。


「す、すいませんでした!! 急いでて!!」


 少女が再び走り出した。

 犬に引きずられるようにして。


 見るからに危なっかしい。

 服装もだぼだぼとしたローブで、どう見ても走るのには向いてない。

 あれではいくらもしないうちにまた転倒するはずだ。


 アラタは見かねて少女を追いかけた。

 少女に視線を合わせて名前を確認する。そこにはパララメイヤと表示されていた。


 アラタは即追いついた。敏捷性18は伊達ではない。

 というか、少女が遅いだけなのだが。


ARATA-RES:どういう状況ですか?


 あ。


 アラタの念信に反応して、パララメイヤが振り返ろうとした。

 犬に引っ張られながら。

 するとどうなるか。


 パララメイヤの小柄な体が独楽のように回転し、


 そこでアラタが抱きとめた。ふんわりとしたボリュームの多い髪が妙な感触だった。

 犬の手綱をパララメイヤから奪い、犬の動きにも制動をかける。

 大柄な犬なのか、もしかしたら小柄な狼なのか、引っ張る力はかなり強かった。

 これだとパララメイヤが振り回されるのも無理もない。


 抱きとめられたパララメイヤは、翡翠色の目をパチクリさせてアラタを見ている。

 その視線には、不思議な色があった。アラタの顔自体にはそれほど注目せず、アラタの名前を見て反応しているような色が。

 ああ、とアラタは納得する。ミラー42でアラタの名を目にすれば、知っているものならこういう反応もするのかもしれない。


「王子様じゃないのでそんなに見つめられても何もでませんよ。ところでこれはどういう状況ですか?」


 パララメイヤはアラタに声をかけられたことで我に帰った。

 アラタが手を離すと、犬とアラタを交互に見てパニックに陥っているように見えた。


「こ、これは急ぎのクエストを受けて!! このワンちゃんを送り届けなくちゃならなくて!! でも時間がなくて!!」


 イマイチ要領を得ないが、時間制限のあるクエストを受けたということだろう。

 時間内に飼い主に犬を届けるといったところか。

 一目でパララメイヤ向きのクエストではないとわかる。

 装備にしても、その動きにしても、パララメイヤはどう見たってキャスターだ。


 このクエストは、ある程度敏捷性のあるクラスのプレイヤーに向いたものだろう。

 アラタのような。


「パーティください、手伝いますよ」

「え!? え!? アラタさんが手伝ってくれるんですか!?」


 いきなり名前呼びとは馴れ馴れしい子だな、と思いつつもアラタは、


「キャスター向きじゃなさそうですしね、早くしないと時間制限があるんじゃないですか?」


 パララメイヤは慌てて、


「そ、そうでした! それじゃあお願いできますか?」


 網膜上にパララメイヤからのパーティ勧誘が表示され、アラタは了承を返す。

 

 犬がアラタを見て吠えていた。


ARATA-RES:状況を教えてください。

PARALLAMENYA-RES:そのワンちゃんを遠くに行ってしまう飼い主に届けるクエストで、急がないと飼い主さんと離れ離れになっちゃうみたいなんです!


 アラタは噛みつきゃしないだろうなと若干不安になりつつも、犬の手綱ではなく犬ごと持ち上げた。


ARATA-RES:場所は?


 パララメイヤからIMAGE ONLYの念信、ミニマップ上に広い円形に赤くなった場所ができる。

 

 その時にはもう、アラタは走り出していた。

 かなり重いが、短時間ならなんとか走りきれそうだ。


PARALLAMENYA-RES:その範囲にいるそうです!!

ARATA-RES:任せてください。


 見れば、マップ上の赤い円に白い移動する点がある。これがこの犬の飼い主だろう。

 白い点は円形の空間の外れに向かって移動している。速度から逆算すると、猶予はそれほどなさそうだった。


 というか、かなり厳しいのではないか。

 お使いクエストと甘く見ていたが、間に合うかはかなり際どい。

 パララメイヤがそのまま続けていたら確実に失敗していたが、アラタがやったからといって達成できる保証はない。


 任せてくださいなどとイキっておいて、間に合いませんでしたは死ぬほどカッコ悪い。

 

 意識を集中する。感覚を研ぎ澄ます。

 ミニマップにぼんやりと意識を向けながらルートを考える。


 デカい犬を抱えながら走る姿は相当にシュールで、道行くプレイヤーの誰もが振り返る。 

 犬が暴れずに静かにしてくれているのは幸いだった。


 マップ上の白い点は、何の容赦もない速度で進み続ける。


 アラタは足を早めた。

 

 死ぬほどカッコ悪い男にならないために。

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