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179.神雷


 アラタは覚悟を決める必要があった。

 たかが中ボスとナメて負けたら、それで全てが終わりになってしまう可能性もあるのだ。

 絶対に負けられない戦いだと意識する必要がある。


 それで実際にどこまで変わるかはわからないが、何もしないよりはマシだ。

 アルカディアに来てからはずっと負けられない戦いが続いているな、とアラタは自嘲気味に笑う。

 そして、それはこれからも続くのだ。


「どうした?」


 ロンがいつまでも動き出さないアラタに声をかけた。


「いえ、ボス前に気合を入れようと思いましてね」

「気合、入ったん?」


 ユキナがアラタの顔を覗き込んで言う。


「ぼちぼちってところです」

「なんやそれ」

「入れようと思ってパンパンになるわけじゃないでしょ、気合って」

「そりゃそうやけど」

「あのー、行かないんですか?」


 雑談を止めたのはパララメイヤだった。

 ロンがアラタの頷きを確認して中ボスへの扉を開けた。中は広い部屋で、天井まで繋がっていない太い柱がいくつも林立していた。

 そうして中央に鎮座しているのは、巨大なイカの化け物に見えた。


 グレートテンタクル

 HP25000/25000


 敵のテリトリーに入った瞬間だろう。グレートテンタクルが吠えた。

 鳴き声とは思えない不協和音が全身に響く。

 同時に、部屋の側面にあった複数の大穴から大量の水がなだれ込み始めた。


ARATA-RES:みんな、柱の上へ。


 アラタとロンが跳び、ユキナはからくりに自身を担がせて移動し、パララメイヤは浮き上がって柱の上に乗った。

 あっという間に部屋は水で満たされ、水はちょうど柱の上部が足場になるところで止まっていた。

 この細かい足場を駆使して戦えということらしい。


 グレートテンタクルの本体は水面下から移動せず、十本の触手だけが水面から顔を出していた。

 そして十本の触手が、一斉に襲いかかってきた。

 

 アラタとロンはできるだけ触手に近い位置で動きを誘導する。

 柱の上は寝そべれる程度には広く、狭すぎて回避に支障が出るような狭さではなかった。

 アラタは足場から足場へと移動しながら触手を避け、移動がてら触手を斬りつける。

 ロンも同じように触手を殴りつけるが、触手の動きからダメージが入っているようには見えなかった。

 

 グレートテンタクル

 HP24849/25000


 HP共有なのか、それとも全てが本体という扱いなのかはわからないが、ダメージ自体は入っている。

 しかし入っているダメージが少なすぎる。こんなペースで戦っていたら日が暮れるし、それよりも早く時間切れの即死攻撃が来るのは間違いない。


 パララメイヤとユキナも遠隔攻撃を続けていた。

 マジックバレットとビームで遠い触手を狙っている。


 からくりのビームが、奥の触手に直撃した時だった。

 顔を出していた触手が、一斉に震えたのだ。

 そうしてすべての触手が一旦水面下へと逃げ、再度触手が水面から顔を出した。


PARALLAMENYA-RES:わかりました。触腕が弱点になってます。

RONALD-RES:触腕ってのは?

PARALLAMENYA-RES:先端の形が違う触手で、二本あるはずです!!


 アラタも見ていた。ユキナの放ったビームが当たった触手の形が違うところを。

 網膜に薄っすらと表示される敵のHPを確認する。


 グレートテンタクル

 HP23442/25000


 はっきりとHPが減っている。

 これで最初のフェーズの戦い方は理解した。


ARATA-RES:僕とロンが引き付けます。二人は触腕を狙ってください。


 前衛が触手の攻撃を引き付け、後衛の二人が触腕を狙っていった。

 二本の触腕に一定以上のダメージを与えると触手の位置がシャッフルされるらしい。

 触手の攻撃は速い上に複数同時に襲ってくるので回避は簡単ではなかったが、逆に言えばそれさえ対応できれば難しいものではなかった。

 叩きつけは単純に避ければいいし、薙ぎ払いは足場を移ればいい。

 的確に、高速でそれらをこなすだけだ。


 テンポよく削っていき、瞬く間にグレートテンタクルのHPは半分を割った。

 触手がすべて水面下に引っ込み、今度はすぐには現れない。

 明らかにフェーズ移行した兆候だ。


 全員が身構え、次なる攻撃は何かと備える。


 いきなりだった。

 絶対に躱せない。間違っても回避させるつもりなどない。そんな速度だった。


 アラタが触手に捕獲されたのだ。

 全身を締め付けられ、力でどうにかできるようなものとは全く思えない。


「え」


 思わず声が出た。

 ロンも、ユキナも、パララメイヤも、からくりさえも無事。

 アラタだけが締め付けられている。


 しくじったと思ったのは一瞬で、すぐにそれがそういうギミックだというのがわかった。

 アラタの元に、残る九本の触手が殺到したからだ。


 パララメイヤのマジックバレットが嵐のように飛び交い、ロンとユキナのからくりがアラタの前に割り込んだ。

 今度のギミックは捕らえられているものを守れ、だ。間違いない。


YUKINA-CAST>>オーバードライブ/セカンド。


 ユキナのからくりが赤く発光していた。

 途端に、からくりの動きが劇的に変わった。速度の面で今までとは一線を画している。目で見ただけではわからないが、おそらく攻撃力も。

 レベル50のスキルかEXスキルなのは間違いない。

 からくりが人間離れした動きで襲い来る触手を弾き飛ばしていた。

 

 ロンとパララメイヤはユキナの撃ち漏らしを相手にしていた。

 もしかしたら撃ち漏らしというよりも、他に任せた方が効率的だと判断されただけかもしれない。

 ユキナが中心となって、全く危うげない動くきでフェーズを消化していく。

 こうまで安心感があると、捕まって動けないアラタとしては逆に暇になってくる。


ARATA-RES:急にお姫様になってしまいましたが、応援とかした方がいいですか?

PARALLAMENYA-RES:そういうスキルがあるんですか?

ARATA-RES:いえ、普通にがんばれーって。

PARALLAMENYA-RES:えーと……

ARATA-RES:そもそもこういう触手に捕まるっていうのは、女性陣がなったほうがサービス的にアレなんじゃないですかね。

YUKINA-RES:バカなこと言ってるんやないよ! 守るのやめるで!!

ARATA-RES:すいません。


 だって暇だったんだもん、と言いたいところだが冗談でも手を緩められては困る。

 次第に触手の勢いが衰え、最終的にアラタを捕らえていた触手の締め付けが緩み、ようやく開放された。


 アラタは足場に着地し、身体の調子を確かめる。

 拘束されていただけで、感覚にもHPをにも何の支障もない。


 再び全ての触手が水面下に隠れた。

 そして、次に顔を出したのは本体だった。


 でかい。

 近くで見ると、その家ほどの大きさに圧倒される。

 そんな巨大なイカの口が不自然にふくれているのが見えた。


 何を言う暇もなかった。

 イカの口から水の礫がいきなり放たれたのだ。


 アラタは迷わず神威を切った。

 縮地まで切ってパララメイヤのいる足場まで跳び、パララメイヤを抱えて遠い足場まで跳んだ。

 ユキナ側にはロンが向かったのは見えていた。

 からくりが巻き込まれる形になってしまったが、行動不能なダメージを受けたというわけではなさそうだった。


 水というには、余りにも圧倒的な暴力だった。

 回避は可能だが、壊滅的な威力の範囲攻撃。おそらく直撃を食らえば大抵のプレイヤーは即死だろう。

 その範囲は扇状に広がり、最終的には部屋の三分の二はカバーしていたのではないかと思う。


 イカの本体が水面に引っ込み、触手が水面から顔を出して暴れだした。

 

ARATA-RES:次にイカが顔を出したら出来るだけ近づいてください!


 触手の動きはランダム性が強く、ターゲットに法則があるようには見えない。

 なんなら水面を打ち付けるような動きをしているものもあり、ただめちゃくちゃに動いているだけなのかもしれなかった。

 誘導できない以上、パララメイヤとユキナには自力で回避してもらう他ない。

 時間がかかればかかるほどミスが生まれる確率は高くなる。

 出来れば短時間で決着をつけたかった。


 アラタから見て右奥に、水面がせり上がるのが見えた。

 アラタが指をさすと、全員が一斉にそちらへ向かった。


 移動がてら印を切り、イカが顔を出したのと同時に発声した。


「雷神」


 イカに電撃が入る。イカはしびれつつも、その口から水の礫を放った。

 読み通りだった。

 水の礫は扇状に広がるが故に、近いほど避けやすいのだ。

 

 全員が畳み掛けるように攻撃を仕掛け、イカは逃げるように水の中に引っ込んだ。



グレートテンタクル

 HP6120/25000


 あともう少しだ。

 HPが二割を切ったあとに最終フェーズがあるかどうかといったところだろう。


PARALLAMENYA-RES:アラタさん。アラタさんの雷属性は通りがいいようです。


 弱点、ということか。観察眼Lv1だけでは見えていないが、パララメイヤ側からは見えているのだろう。

 ボスに対しての有利属性を持っているというのは初めての経験だった。


 なら試すか。


 触手が現れて再び暴れ出す。

 また同じ行動をしているのは間違いない。

 フェーズ移行はしていないということだ。


 アラタは印を結び始める。

 両手印だ。

 さんざん練習はしたが、実戦での使用は始めてだ。

 触手の攻撃を避けながら間違えないように意識して、速さより正確さを重んじて印を結ぶ。こんなところで頭に花を咲かせたら何を言われるかわかったものではない。


 せり上がる水面の気配。

 アラタは真っ先にそこを目指して突っ込む。


 巨大なイカが姿を現す。

 イカを中心に波が発生し、アラタはそれを飛び越えて足場に着地する。

 両手を重ね、目標に合わせて腕をかざす。


 言う。


『神雷』


 吹っ飛んだ。

 アラタが。


 腕が大砲の砲身にでもなったかのような衝撃に、アラタが吹き飛ばされた。

 眩い閃光に部屋中が真っ白に染まり、耳をつんざく轟音が反響していた。

 アラタは水に突っ込みすぐに浮上。近くの足場に這い上がり、それを目にした。


 それは、破壊のあとだった。

 巨大なイカは、水面に浮いていた。

 それどころか、部屋の壁面が一区画丸ごと破壊されていた。隣あった部屋と繋がってしまっている。

 水が抜け、どんどん水位が下がる。スキルでこんなオブジェクト破壊が起こり得るのか。


 グレートテンタクルの姿が光の粒子と化し、全員の身体に吸収された。

 弱点とはいえ、一撃で残りHPを削り取ったのか。

 それにとてつもない衝撃だった。想像よりもずっとピーキーな技なのかもしれない。

 アラタは腕の感触を確かめる。まだ少し痺れが残っていた。


YUKINA-RES:自分で出したスキル見て「うそやん」みたいな顔するのはやめてもらえる?

ARATA-RES:そんな顔してませんよ。ただ初めて使って想像とちょっと違ったもので。


 水が抜け、全員が下へと降りた。


「どうしますか? 4層のギミックは終わってるので、引き返してレストポイントっていうのもなくはありませんが」


 パララメイヤが言った。


「進みましょう。みんなそれほど消耗してないはずですし、そう遠くない位置にレストポイントはあると思いますよ」


 アラタの予想は正しかった。

 6層の入口にはすぐレストポイントが設置されていた。

 その日はそこで一晩を明かすことにした。

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