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178.海底神殿


 幻幽島はそう大きな島でもなかった。

 霧がかかって全貌は見えないが、数分で端から端まで歩ける程度の広さなのではないかと思う。

 敵らしい敵もおらず、完全にイベント用の島といった感じだ。


 その証拠に、島の中心部と思われる祭壇にすぐたどり着いてしまったのだから。

 祭壇の上には、赤いポータルがあった。

 正常なポータルはふつう薄い水色をしているものだ。

 こういった特殊な色をしたポータルはたいてい特定の場所としか繋がっていない。

 この場合は海底神殿なのではないかと思う。


「どうするんだ? このまま行くのか?」


 ロンが言った。


「そのつもりです。そのためにパーティで来たわけですし」


 アラタは突入前にみんなのリアル事情を伺おうとしたが思いとどまった。

 どれくらいの長さかわからないダンジョンに入る時はそういった確認をするものだが、今はシャンバラでの事情もクソもない。

 なにせ戻れないのだから。

 だから、確認は準備について尋ねるだけにした。


「みんな、準備は大丈夫ですか?」


 ユキナ、パララメイヤ、ロンの三人が同時に頷いた。


 ポータルに踏み込むと、転移の確認も場所の指定もなく転移が始まった。

 出た先は古びた神殿といった雰囲気の場所だった。

 データを開いてロケーションを確認すると、そこには海底神殿と表示されている。ビンゴだ。


 海底神殿の構造は入り組んでいた。

 分かれ道が多く、大きな階層の移動以外にも上下への移動が細かくあり、マッピングには非常に時間がかかった。


 海底要素がどこにあるかと言えば、道中の壁面に一応それらしき要素はある。

 壁の一部が透明になっていて、外の様子が伺えるのだ。

 様々な魚が泳ぐ景色は水族館を思い起こされる。


 景色はいいが、もし壁が割れたら海水がなだれ込むのではないか心配になる。

 戦闘で壁に衝撃がいってしまった場合にどうなるのか気になるが、わざわざ試す気にはなれなかった。


 敵に関しては、面倒な相手が多かった。

 特に厄介なのがバリアメイジという敵で、こいつは前衛に対して強固なバリアを貼り、自身は後衛に徹するのだ。

 そして前衛の敵は必ずバリアメイジを守ろうと動く。ちょっとしたパーティ戦だ。


 戦闘では、ロンの活躍が目立った。

 パーティ戦での立ち回りが非常に上手い。

 前衛の相手をしつつ、ユキナとパララメイヤにヘイトが行かないように的確に動くのだ。

 ロンの戦闘技術は現実由来の格闘技だが、立ち回りの上手さに関してはユキナのおもりをし続けた結果獲得したものなのではないかと思う。

 これはアラタにだって真似できない。

 なんだかんだで頼もしい男だと思う。


 そうして後衛を完全に守ってくれるとなれば、アラタが自由に動ける。

 アラタは前衛の隙間を抜け、バリアメイジを狩った。

 バリアメイジ本体の戦力はそれほどでもない。バリアメイジさえ倒せばあとは消化試合だ。


 一層の攻略に半日。三層までの攻略に丸一日かかった。

 三層の出口にようやくレストポイントらしき場所を見つけたのだ。

 そこは階段の前の開けた空間で、わかりやすく薄っすらとした結界のようなものに囲まれているのだ。


 それ以前にも小休止は挟んだが、見張りを立てての小休止というのは思いの外気が休まらないものだ。

 この三層の出口にレストポイントが設定されているということは、ここまでで一日かかる程度の想定なのだろう。


 食料はパララメイヤが持ってきていた。

 ダンジョンにそのまま突入することになる、と考えていたのは誰よりもパララメイヤだった。

 だから準備は万端だった。


 テントに寝具、食料にボードゲーム。

 さすがにボードゲームはやらなかったが、それくらいには準備を整えてきたらしい。


 テントは男女で分かれることにした。

 テントの数は四つもあったが、それなりに広いテントに一人ずつもどうかという意見が出た。

 結果、2:2で分かれることになったわけだ。


 女子組のテントからは、キャッキャと楽しそうな声が聞こえてくる。

 アラタはロンと二人のテントだ。


 アラタが奥側、ロンが手前という配置で寝袋を設置した。

 ロンと二人でキャッキャする、なんていう展開はなく、お互いがすぐ寝ようという結論を下した。

 寝袋はいい感じに暖かく、テントの天井を見ているとすぐに寝れてしまいそうだった。


「なあ?」


 ロンの声。

 アラタがロンの方に顔を向けると、ロンはテントの入口に顔を向けたままだった。特徴的な髪型だけがアラタの目に入る。


「なんです?」

「お前、お嬢のことどう思ってる?」


 とても答えづらい質問が来た。

 アラタのユキナに対する感情はとても複雑だ。

 アラタがこの手のことに疎いせいもあるのかもしれないが、ユキナ側の真意も読み取れていないのもある。


「答えにくい質問ですね。複雑ですよ」

「嫌い、ではないよな?」

「それはないです。だったら一緒になんていませんよ」

「じゃあ好きか?」


 こういう、なんというのか、恋バナ? というのは女同士でやるものではないのか。

 というかこれは恋バナなのか。

 弁髪のおっかないお兄ちゃんとテントに二人きりで恋バナをする。そんな奇妙な状況にアラタは混乱し始めていた。


「まあいい。そういうのは言いにくいだろうからな」

「なんなんですか? 急に」

「お嬢はな、ああ見えていい子なんだよ。わがままに見えるが、本当に迷惑をかけることなんてしないし、他人のことを気遣える子なんだ」

「なんとなく知ってますよ、それは」

「根っこのところは本当に優しいんだぜ? ずっと前の話になるが、お嬢がスクールでいつもお世話になってる人の絵を書きましょうってやつでな、俺の絵を描いてくれたんだよ。ご当主や奥方様を差し置いてな」


 ロンの昔を懐かしむような声から、嬉しかったんだろうなということが容易に想像できた。


「ロンはいつからユキナの面倒を見てるんですか?」

「お嬢が四歳の時からのお付きだよ。あの頃から本当にかわいい子でなあ」


 そんなに長くか、とアラタは驚いた。

 カグラザカのお家とやらについては別世界過ぎてよくわからないが、そんな小さな頃からお付きがいるのは良家のお嬢様にしたってかなり上の方なのではないかと思う。


「だから、できれば良くしてやってほしいと思ってる。まあ最終的に決めるのはお前だがな」

「前向きには、考えようと思っています」


 すべてはアルカディアの問題が解決してからだ。

 先延ばしにするための言い訳という気もしないでもないが、今はそれが正しいはずだ。


 それから先は会話もなく、いくらもしないうちにロンの寝息が聞こえてきた。

 アラタもすぐに眠りについた。



 翌日の探索は順調だった。

 四層は敵というよりも謎解きが多い階層で、ここではパララメイヤの記憶力がものをいった。

 今までのダンジョンでも感じたが、パララメイヤはこうしたセンスがあるのではないかと思う。

 このままそれを磨き続ければ、そういった遊技領域ではちょっとしたプレイヤーになれるかもしれない。


 そうして五層だった。

 神殿内の石碑から、海底神殿が全十階層のダンジョンだということはわかっている。

 その中間地点。


 そこに、明らかにボスに繋がっているであろう扉があった。

 小部屋の奥に、仰々しい扉が配置してある。

 これで中ボスでなかったら詐欺だろう。


「この先にボスがいないと思うひとー」


 ユキナがふざけて言うが、誰も手を上げない。


「せやんね。みんな準備はよろし?」


 全員が頷く。


「じゃあ行こか!」

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