177.フナムシ以下
海底神殿の探索は行き詰まっていた。
アラタ達のレベリングが終わり、装備も整いつつあったが、肝心の試練の場所への行き方がわからないのだ。
正確にはわかってはいる。
パララメイヤ達が調べたところによると、幻幽島なる島に海底神殿への入口があるというのだ。
ただ、その幻幽島にどうやって行くのかがわからない。
ペータの街からオラクルスノウへの船の道中にあるのは確かだが、特段イベントが起きることはなかった。
かといって、この領域では個人で自由に移動できるような船は手に入らない。
これ以外には海上を探索する術はないのだ。
よってイベント条件の解明は難航していた。
別のサブクエストから派生するクエスト、という可能性は薄い。
ペータとオラクルスノウでそれらしきクエストを探したが見つからなかったらしい。
見逃しの可能性は存在するが、ひとまず他をあたってみようとする程度にはなさそうな線であった。
そうなると偶発的なイベントか。
今はこれを本線として考えていた。
根拠はある。
オラクルスノウに、霧の深い日に見たこともない島に迷い込んでしまったという漁師のNPCが存在するのだ。
これを本線として考えて、ニルヴァーナの調査部隊はペータとオラクルスノウを定期便で何度も行き来した。
その結果は失敗に終わった。
前提条件が足りていないのか、そもそも定期便というのが間違っているのか。
「というわけで、アラタさんに来てほしいんです!」
パララメイヤだった。
テーブルにバーンと手をついて、アラタをしっかりと見据えていた。
「別にいいですけど、どうしてですか?」
「アラタさんの理念ですよ。前にくじ引きからおかしなことになりましたよね?」
「おかしなこと……まあ、ありましたね」
「それを試してみたいんです。スターシーカーは偶発的なイベントの発生率を上げ、特定のイベントの発生率を大幅に上げるそうですね。もしこの幻幽島が試練に関係あるものなら、大幅に上げるが適当されるんじゃないでしょうか?」
パララメイヤはやけに早口だ。
「なるほど。メイヤはこれが確率で起きるイベントだと考えているんですね?」
「一応は。NPCがヒントらしき発言をしてますし、他に候補がありません。だから一度試してみたいんです」
調べるのを任せっきりにしておいて、頼まれた断るなんてことはできないだろう。
「わかりました。行ってみましょう」
***
船上は、心地よい海風が吹いていた。
青い空、白い雲、波は穏やかで平穏そのものだ。
波音に海鳥の声、そして遠くからは、ロンのえづく音と、それにともなってなんだか綺麗とは言えない音が聞こえてくる。
「まあ、こうなると思ったんやけどねぇ……」
隣でユキナが目を覆っていた。
「あの、そんなに根拠がある話でもないし、無理して来てくれなくても良かったんですけど……」
パララメイヤはそんなロンを見てオロオロとしている。
RONALD-RES:気にしなくていい。アルカディアから脱出できるかがかかってるんだろ?
とロンは強がった念信を飛ばしては来るが、こちらには戻ってこない。
一応四人パーティを揃えた状態で出発したのだ。
本当に海底神殿に行けてしまった場合に備えて。
もし行けてしまったとしたら、アラタがいても再現がしんどい確率だったり、そもそも一度しか行けないなどの縛りがあった場合はおしまいだ。
そういった事態も考えてユキナとロンを誘ったのだ。
本当ならメイリィに近接を頼みたいところだったのだが、メイリィはプレイヤー狩りに忙しいらしい。
メイリィがおかしくなったわけではない。
転移できなくなってから、おかしくなって滅茶苦茶なことをしているプレイヤーが無視できない程度にはいるのだ。
要するにプレイヤー狩り狩りだ。
本人は殺人許可証だと喜んでいたが、異常事態の治安をいくらかでも守るつもりがあるのだと思う。
絶対にそうは言わないが、メイリィにはそういうところがあるとアラタは思う。
「しかし、何か起きますかね? 今のところ何もありませんけど」
快適な船旅だった。
船に乗ってから二十分ほど経過し、もうすぐオラクルスノウに着いてしまうのではないかと思う。
「起きると思いますよ」
そう言うパララメイヤはどこか不敵だった。
「根拠は?」
「この船が出港してからどれくらい時間が経ちましたか?」
「正確に計ってませんが、二十分と少しくらいじゃないですか?」
「それです。本来ペータからオラクルスノウの定期便は、十五分ほどで到着してしまうものなんですよ。天候や海の状態などは考慮されず、必ず十五分です。なのに二十分が経っても目的地さえ見えない」
「ちょ、メイヤちゃん? それなんか怖いんやけど…… もしかしてこのクエストって怖いやつなん?」
「それはわかりませんけど。あ! 見てください! 霧が出てきましたよ!!」
本当にいつの間にかだった。
辺り一帯が霧に包まれている。
気づかないくらい小刻みに段階があったのか、それとも一瞬で辺りが霧に覆われたのか。
とにかく視界が白く染まり、海の状態すら確認できない。
「来ましたよこれは!!」
起きている現象は不気味そのものだが、パララメイヤは素晴らしい自然現象が起きているかのような興奮具合だ。
それに対して、ユキナは顔色が悪い。いつの間にかアラタにしがみついて、
「聞いてない聞いてない! ウチ怖いの無理や!」
と泣き言を言っていた。
突然船が大きく揺れた。
「いやあああああああああああああ!!」
ユキナの叫び声。
それを聞きつけロンがよたよたとアラタたちのもとに駆けつけてくる。
「何が……起こってるんだ?」
何が、のあとに何かを飲み込んだような気配があったが、そこには誰も突っ込まなかった。
「それは僕が聞きたいくらいですが、おそらくパララメイヤの読みがあたったんでしょうね」
NPCの水夫達が大騒ぎしている。
いくらかしてから、船長らしきNPCがアラタ達の元に駆けつけた。
「お客人、すまねぇ。何が起こっているのかわからんが、見たこともない島に辿り着いちまったらしい。さっきの激突で船体が傷ついてな。なあに心配はしなくていい。いくらか待ってもらえれば修理は終わる。そしたら予定通りオラクルスノウまで送ってやるよ」
とのことだった。
見たこともない島。
幻幽島なのだろう。
自信の読みが的中したパララメイヤは本当に嬉しそうだ。
気に食わないが、またしても星を追うもの《スターシーカー》が役に立ったわけだ。
「スターシーカー、役に立ちますね。そろそろ好きになってきたんじゃないですか?」
パララメイヤらしくない冗談だ。
アラタはひとつ小さなため息をついてから言った。
「そうですね。この船の底にこびりついているフナムシの次くらいには好きになったかもしれません」




