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172/202

172.原点にて


 必要なのは、全てをねじ伏せるような体術だ。

 アラタがヴァンと戦って感じたのはそれだ。


 小細工やスキルではなく、純粋な体術。

 研鑽を怠ったつもりはないが、まだ足りない。


 それを磨くために、アラタはある遊技領域に移動した。

 それは個人ソロ用の遊技領域で、あまり難易度からどこらへんが遊戯なのかとレビューでは星2すら下回る珍しい場所だ。

 そしてアラタが最も鍛えられたと確信している領域でもある。


 ツウシンカラテ7~怒りの鉄拳~である。


 体術を磨くとすればこれしかない。

 少なくともアラタにとっては。


 アルカディアでの3rdフェーズが始まるまでのメンテナンス中、アラタはこの領域で徹底的に修行するつもりでいた。


 領域に移動し、すぐに十段の昇段試験をコマンドした。

 アラタは既に十段の称号を手に入れているが、再度試験を受けるのは自由だ。

 

 試験の内容は1000人抜き。

 しかも途中からは同時に相手にする人数も増え、最終的には四人を同時に相手にすることになる。

 

 クリアまでにかかる時間は順調にいっても三時間。

 その三時間は、一切の休憩もなく一瞬の油断もできない素手の殺し合いが繰り広げられる。

 アラタはかつてこれをクリアするまでに、少なくとも200回はトライした。


 のだが。


 アラタの膝が、最後の一人の股間に突き刺さった。

 男は崩折れ、アラタの周囲には倒れ伏したむさ苦しい男の山ができていた。


 一発でクリアできてしまった。

 それも二連続で。


 アラタは自信の成したことが信じられず、領域にアップデートが入っていないかを確認した。

 結果は入っていない。アラタが十段を取った時と全く同じ内容だった。

 遊技領域では一度クリアできてしまうと、今までできなかったのが嘘のようにできるようになるというのがたまにある。


 しかし、これは少し様子が違っていた。

 様々な格闘技を使う強敵相手の1000人抜きは、やはり馬鹿げた難易度に思える。

 だが、どこか余裕があるのだ。

 多人数相手でも、相手の動きをじっくりと見る余裕がある。

 厳しいには違いないし、針穴を通すような無茶な動きを要求される場合だってあるが、それができてしまう。


 アラタは知らぬうちに、強くなっているのだろう。

 十段を取った後の数々の遊技領域経験のおかげか、それともアルカディアでの存在がかかった戦いのせいか。

 いずれにせよ、成長しているとしか思えない。


 絶対にまぐれではない。

 ツウシンカラテの十段試験はそんなことを許す難易度ではない。

 ましてや二連続でのクリアともなれば、それは間違いなくツウシンカラテ十段にふさわしい実力と言えるだろう。


 わかるものは少ないかもしれないが、とてつもなく誇らしいことではある。

 ただ、これはこれでアラタは困っていた。


 アラタは鍛え直すためにこの領域に来たのだ。

 それが、成長を望めるほどの手応えを感じないのだ。

 クリアできる。それだけだ。


 ここにくれば何かがつかめる。

 そう感じていただけに落胆は激しかった。


 網膜に表示される、無骨な字体でのCongratulationsをウィンクで閉じる。

 すると強制的な転移が起こり、畳の大道場へと移動させられた。

 ツウシンカラテ7のデフォルトのホームだ。


 どうすればいいのか。

 ひとまずアラタの個人領域に移動して、それから出来ることを考え直すか。

 そうやって移動しようとしたときに、それは現れた。


 老婆だった。

 それはアウトしようとするアラタの前に突如出現したのだ。

 若返り処置をしないのが不思議なくらいの肉体年齢なのが一目でわかる。

 それなのに背筋はしっかりと伸び、所作から見た目に似つかわしくない活力を感じる。


 見たことのないキャラクターだった。

 十段試験を連続でクリアしたことによる隠し要素か。


 そこでアラタは嫌な想像に行き着いた。


「エデンからの何者かですか?」

「どういう挨拶だい?」


 老婆からの反応は、人間そのものだった。

 領域にエミュレーションされたNPCということはなさそうだった。


 老婆が目を細めてアラタを睨む。


「もしかして、エデンから帰ってきたババアに見えるってことかい?」

「違いますよ。最近エデン人と縁があるもので」


 人間らしい反応、ということは人間なのだろう。

 老婆はアラタの反応を見て怪訝そうな表情だ。


「まあいい。私はマヒロ・コバヤシだ」


 マヒロ・コバヤシ。

 それはついさっき見た名前だった。

 ツウシンカラテシリーズの監修をしている人間だ。


「マヒロって、監修ですか? 監修者の作ったNPCが仕込まれてたってことですか?」

「ちがう、本物だよ。私は今直接この領域に来てるんだ。管理者の権限でね」


 勝手にアクセスできるのか。

 管理者というのはソロ用の遊技領域にまで割り込んで来られるものなのか。

 アラタはそれを知らないが、嘘をついているにしては意味不明だ。


 この老婆が監修者。

 それが本当だとして、なぜアラタの領域に割り込んできているのか。


「そのマヒロさんが、なんで僕の領域に」

「アンタ、いったい何を求めてるんだい?」

「世界平和ですかね」

「私はふざけてるんじゃないんだよ」

「僕も本気ですが、わかりやすく言うと体術を磨きたくてここに戻ってきました。必要なので」

「それで十段試験を連続でクリアしたと。たまげたね。何かの間違いだと思ってわざわざこの領域に飛んできたくらいさ」

「僕も驚いてますよ」

「そこまで強くなってなお上を目指したいというのかい?」

「そこまで強い、というのは大して強くないと思いますよ。つい先日完敗したんで」


 マヒロは眉を寄せた。


「信じられない話だね」

「世の中信じられないことがポンポン起こるものですよ。僕はここ最近嫌というほどそれを体感しています」

「それで強くなりたくてここに来たと」

「その通りです」

「なるほどね」


 マヒロは頷き、一人で納得しているようであった。


「アンタ、私の教えを受けてみないかい?」

「教え?」

「私がアンタを今以上に強くする手ほどきをしてやろうってのさ」

「できるんですか?」

「さあ?」

「すいません、帰ります」

「待ちな、冗談でもないんだよ。強くなれるかは本人次第だからね」

「精神論は――――」


 そこでヴァンを思い出した。

 ヴァンは精神論を重要な要素だと考えていたからだ。


「いや、重要かもしれませんね」

「私が見たところ、アンタには欠点がある。まだまだ伸びしろがあるってことだね」


 欠点、聞き逃がせない言葉だった。


「僕の何が悪いと?」

「考えすぎていることだね」

「戦いは考えてやるものでしょう」

「それは人によるね」

「僕は出来ることは全てやるべきだと思っています」

「それがアンタの場合はたぶん間違いだ」

「僕の場合は?」

「アンタは小細工に頼りすぎてる」

「けど僕はそうやって勝ってきました」


 老婆は首を振る。


「アンタの場合ね、自力がありすぎるんだ。だから最善でなくても勝っちまう。私が見てる限り、アンタが最高の動きをするのは直感に従った時だね」


 ヴァンの言葉を思い出す。

 ヴァンは、アラタに直感こそが重要だと言っていた。


「話を聞いてみる気になったかい?」


 アラタの表情を読んだのかもしれない。

 マヒロは腕を組みながら、諭すような口調でそう言った。


「……どうすればいいと?」

「アンタの場合、勝てちまうのが問題なのさ。だから最善の動き以外を許さない相手と戦えばいい」

「それはどこに?」

「私が相手をするよ。ただ、アンタを相手にこのままそれをやるのは骨が折れる。だから管理者権限で思いっきり強化を入れさせてもらうがね。どうする?」


 降って湧いた幸運なのかもしれない。

 それとも何か裏があるのか。

 何にせよ、他にヴァンに勝つための修練は思い浮かばない。

 すがるしかないように思えた。


 アラタは言う。


「お願いします」

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