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170/202

170.嵐の前


 アラタが戻ると、ギルドは勝利に沸き立っていた。


 アラタからすれば途方もない敗北のあとだが、他のメンバーはそれを知らない。

 結果だけ見ればユグドラのギルドマスターであるリステンリッドがデスペナルティを受け、女王杯に参加することはできなくなった。

 それはつまり、誰が見てもニルヴァーナがユグドラに勝利したことを意味していた。


 あとは女王杯の開催までにこちらの参加者がデスしなければいい。

 最善の策は引きこもること。

 ユグドラ側はなんとか面子を保つために、こちらの誰かをキルしようと死に物狂いになることだろう。


 そうなると思っていたのだが、実際はそうはならなかった。

 アラタが見逃したユグドラの団員――ルーリィという名の少年だった――がいうにはユグドラはどうにも内輪もめで内部崩壊している状態らしい。

 利害関係や強制によって成立していたギルドは、思いもよらぬほど脆いものだったようだ。


 こうしてニルヴァーナとユグドラの争いは決着を迎えたが、結局女王杯が開催されることはなかった。

 問題はやはり、デスペナルティにあった。

 デスしたら3日間ログインできないというシステムと、女王杯が参加メンバーを決めての事前登録制というのは致命的に噛み合っていなかったのだ。


 女王杯前にドンパチを始めるというのは、ニルヴァーナとユグドラに限った問題ではなかった。

 女王杯に参加する有力ギルド同士がつぶしあい、まともに参加できるギルドの方が少ない有り様になってしまったのだ。


 運営がこのことを想定できていなかったのか、それとも真剣に調整していない部分が露呈した結果なのかわからないが、ともかく女王杯自体は中止になった。


 代わりに開催されることになったのが個人戦のトーナメントだ。

 各ギルドから一名を選出という形で、女王杯の代わりに対人戦のトーナメントが開かれた。


 ニルヴァーナからはメイリィが出場することになった。

 本人の希望でもあったし、アラタにそれほどやる気がなかったのもある。


 結果は準優勝。

 決勝ではエスファンダリというプレイヤーに敗れてしまった。

 相手が素晴らしいプレイヤーであったのもあるし、相性的によろしくなかったせいでもある。

 悔しがるメイリィのやけ酒に、ヤンとロンが付き合わされてすごいことになっていた。


 その間アラタが何をしていたかと言えば、3rdフェーズへの準備をしていた。

 ヴァン・アッシュに勝つために。


 一番重要なのは腕であるが、レベルや装備といった遊技領域内要素もないがしろにはできない。

 ヴァンとてそれは同じだ。

 ユグドラの用心棒をしていたのだって、元は遊技領域内通貨(ゲーム内マネー)の調達のためだと言っていた。

 ヴァンも遊戯領域内にいる以上そのシステムは無視できない。

 やることはやっているわけだ。

 

 アラタも、戦闘に至る前の準備を怠るわけにはいかなかった。

 なんならここでもアドバンテージを得られる可能性がある。


 そういった意気込みで3rdフェーズへの準備を整えていた。

 その気になれば、事前にやるべきことは無限にあった。

 3rdフェーズに入ったらレベルキャップが開放され、新規の装備やアイテムも追加される。

 レベルアップ、装備の入手を円滑に進める準備というのは2ndフェーズでもいくらだってできるものだ。

 これに関しては、ユキナが専門家だった。

 アラタはユキナの指導のもとに準備を進めた。

 一人の時もあったが、だいたいはユキナとパララメイヤに手伝ってもらっていた。

 

 アルカディアでできた、新しい友人。

 こんな状況でなければ、どれほど楽しめたことだろう。

 そう考えない時もないではなかった。


 そうして、メンテナンス前の前夜祭が来た。

 面子はニルヴァ―ナの面々に、ユグドラから移籍してきた団員が新たに加わっていた。

 その数は二十を超えて、結構な大所帯になってしまった。


「身内ギルドみたいな感じやと思ってたんやけど、ええの?」

「まあいいですよ、困ってたみたいですし」

「そんならさー、ウチの商売仲間も誘っていい? ギルドどうしよっかなって子が何人かいるんよ」


 ユキナとはそんなやりとりをした。

 メイリィも似たようなことを言っていて、さらなる大所帯になる気配が出ていた。

 まあそういうのもいいのかもしれない。いろんな人間がいれば面倒もあるかもしれないが、いろんな事態に対応できる可能性も上がるだろう。


 メンテナンス前の前夜祭は、おそろしく普通に行われていた。

 1stフェーズの時と同じで、専用領域を作っての立食パーティだ。


 飲めや歌えやの大騒ぎ。

 平和そのものの光景。

 その裏で、シャンバラが滅ぶかどうかのレースが行われているなど、誰も考えていない。


 前夜祭は何事もなく終わり、2ndフェーズも平穏に終わりを告げた。


 アラタはそのことを、意外にすら思っていた。

 このまま2ndフェーズが終わるとは考えていなかったからだ。


――――厄災に備えろ。


 老人のその言葉がアラタの頭に残っていた。


 あの黒い獣が厄災だというのは、アラタの中でどうにも納得がいかなかったからだ。


 けれど、それは心配のしすぎだったのかもしれない。

 

 前夜祭の終わり際、ギルドのメンバーとは笑顔で別れた。


 メンテナンス期間にシャンバラでまた会わないかという誘いを受けたが、アラタはそれを断った。

 やるべきことがあるからだ。


 この期間に、徹底的に鍛え直す必要がある。

 それは、アルカディアではない違った領域でやるべきだと思っていた。


 こうして2ndフェーズは静かに幕を閉じ、アルカディアはメンテナンスに突入した。


 アラタしか感じてはいなかったが、それはどこか嵐の前の静けさを予感させていた。

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