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168.乱入者


「聞かない、と言ってもトドメをささなければお前は無視して話すだろ?」

「まあそうですね」


 ヴァンは緊張感なく、どっこいしょといった感じで落ちていた大剣を拾った。

 ヴァンからどう見えているのかかわからないが、アラタ側の状態を正確に把握しているのだろう。


 対するアラタは、印を結ぶのすら必死だ。

 全身に強い脱力感。それに、印を絶対にミスれないというプレッシャーもある。

 ここで花なんて咲かせたら致命的だ。


「そういえば、行方をくらましていた間、闘病中だったという話や物質人だという話は本当ですか?」

「そういえばじゃねーよ。言いたいことがあるんじゃなかったのか?」


 ダメージは想像よりも深刻だった。

 何らかのスキルによる強攻撃の直撃、浸透というデバフまでもらっている。

 このせいで想像以上に身動きが取れないのかもしれない。

 

「急に思ったんですよ。これに関しては別に答えてくれなくてもいいですが」

「そこは本当だ」


 意外な答えだった。

 そして、こんな状況で嘘をつくとは思えない。


「で? 何を伝えたいんだ?」


 ようやくなんとか印を結び終えた。

 これでダメならもうほかに手は何も無い。


「師匠のその左目なんですが」


 ヴァンの左目には、アラタと同じような文様がある。

 アラタはその左目を指さしていた。

 銃を象るような形で。


 いきなり言った。


「雷神」


 なぜ読まれたのか、理解できなかった。


「黒葬」


 ヴァンの右手から、黒い稲妻がはしっていた。


 黒い雷と、白い雷が激突した。

 薄暗い倉庫が真昼のような明るさに照らされ、アラタの髪が逆立った。


 アラタはほとんど身体を引きずるようにしながら横へと跳ぶ。

 アラタの勘が言っていた。これではダメだと。


 互いの稲妻が打ち消し合い、黒い稲妻の残滓がアラタの足先を焼いた。


 死なないのは幸運だったと言う他ない。

 わかっていながら自分のHPを確認した。


 アラタ・トカシキ

 HP 1/308


 思わず笑みすらこぼれた。

 終わりか、これで本当に終わりなのか。

 

 もう万に一つすら勝ち目がないのは間違いない。

 アラタがここで負ければ、ヴァンが一人で星の試練を独走して願いを叶えるのだろう。

 そうしてその結果、シャンバラ全体が崩壊するのか。


 はっきり負けが見えて、ようやく実感が浮き出てきた。

 シャンバラが消えれば、アラタも消滅する。

 ユキナも、パララメイヤも、メイリィも、ヤンも、ロンも全員が消える。

 あらゆる領域も、あらゆる人間も全てが消え、ただ虚空だけが残されるのだろう。


 人類の全ての営みが静止する。

 歴史が静止する。


 そんなことが本当にあるのか。

 自分がそんな厄災の中心にいるなんてことがあるのか。


 あるのだろう。


 アラタの中にいくつもの感情が芽生えた。

 どうしようもない無力感、恐怖、最後の最後までヴァンを上回れなかったという悔しさ。


「悪くない小細工だったが、そのスキルを俺に見せてたのは失敗だったな。あの状況で諦めない目をしてりゃあ、消去法で何をするかはだいたい読める」


 軽口を叩く気にもなれない。


「終わりか。それも目でわかる。まあ最低限は楽しめたか」


 ヴァンが近づいてくる。

 コツリ、コツリとブーツが地面を叩く音。

 死刑執行人の足音だ。


 そうしてアラタの元まで来て、大剣を振り上げた。


「あばよ」


 避けられぬ終わりを前にしても、何も思いつきはしなかった。

 迫りくる大剣はまるで夢のようで、現実のものとは思えない。


 そして唐突に、夢のように大剣の動きがとまった。


 ヴァンが止めたわけではない。そういう動きではなかった。

 大剣は何もない宙空で、粘性の強い何かに捕まったかのように止まっていた。


「間に合ってよかった」


 アラタの横から子どもの声。

 目をやると、そこにはネメシスがいた。

 銀髪の幼い少女。目だけが子どもにはない色を宿している。


 それを目にしたヴァンが、牙を剥いて笑っていた。

 その顔は嬉しい驚きに満ちて、心底予想外の事態を楽しんでいるようであった。


「おうおう、面白い予想外のナニモノカの登場だ」


 ヴァンの右手が黒い光に覆われた。


「黒葬」


 何の容赦もなくそれは放たれた。

 しかしその黒い稲妻は、アラタとネメシスを避けるように真っ二つに割れてはしった。


「なるほど。つまりこのガキがクラウンの言っていたエラーか。アラタの顔からして、組んでたわけでもないらしいな」


 アラタの頭が展開に追いついた。


「ネメシス、どうして」

「助けに来たに決まっているでしょう」


 ネメシスの声から焦りが感じられる。


「それでここからどうするんだ?」


 ヴァンは余裕の構え。


「逃げるわ」

「そうか」


 ヴァンは納刀し、腕組みまでした。


「クラウンはキレるかもしれんが、俺としちゃあ楽しみが増えるんでそう悪くはない」

「それならわたしが来なくても逃がして良かったんじゃないの?」

「それは俺のポリシーじゃないんだ。次に会ったら終わりにするって決めてたからな。だがまあ、ここから何をしても不思議な力で届かないんだろう? なら仕方ねぇ」


 ネメシスの目に、疑問の色が浮かんでいた。


「あなた、本当に世界を滅ぼす気があるの?」

「あるさ、楽しみながらな」


 ヴァンは笑う。


「ほら、逃げるなら早く逃げろ。まさか歩いて帰ろうってわけじゃないだろ?」


 ネメシスの身体が薄っすらと光る。

 そして、その光がアラタまで包んでいく。


「次に会った時が本当の最後だ。次はもう少し俺を楽しませてくれ」


 言い返す気力は、なかった。


 ポータルで移動する時と同じ感覚。

 視界がぼやけ、全く違った景色が目の前に現れる。


 そこは、見たことのない純白の空間だった。

 見た目は星の試練の関係で来る暗黒の空間と正反対だが、足場や空間全体の感覚はほとんど同じものであるように思えた。


 そうして目の前にネメシスがいる。

 あの老人と同じエデン人の複製体。


 そのネメシスの顔は、心の底からの安堵に満ちているように見えた。


「間に合って良かった」

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