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167.師弟対決


 アラタの切り込みに、ヴァンは泰然と構える。

 アラタがヴァンの間合いに入った瞬間、ヴァンの大剣がはしった。


 アラタは身体の軸をずらして躱す。

 遅れて来る風圧を感じながら懐に入ろうとするが、返しの切り上げがそれを許さなかった。


 速い。

 が、見えないほどではない。

 太刀筋は見えている。スキルにさえ警戒していればもらうことはそうそうないだろう。

 だがそれではこちらも攻めきれない。

 ヴァンの大剣の方が当然射程が長く、刀で切りつけようとするには単純に届かない。


 アラタは身のこなしだけでヴァンの嵐のような大剣を躱す。

 気を抜けば一瞬で肉塊になるであろうそれを、しっかりと見て対処している。

 緩急が絶妙で隙を探し出せない。行けそうに見えるのは間違いなく罠で、無理に攻めれば手痛い反撃をもらうのは目に見えていた。

 狙うなら指だ。ヴァンの攻め手に合わせて大剣を握るその手を狙う。

 

 紙一重で大剣の突きを躱し、そのまま切り上げに変化して顔を狙われたのをアラタはわざわざ縮地を切って躱した。

 ヴァンが追撃へと動く。大剣を上段に構え、アラタを真っ二つにせんとする動きだ。


 アラタは縮地を切った時点で位置をコントロールしていた。

 アラタの足元近くには、リステンリッドの首がある。

 まさかリステンリッドもそんな使われ方をするとは思っていなかっただろう。

 アラタはリステンリッドの頭部をヴァンに向かって蹴った。


 さすがとしか言いようがない。

 アラタが蹴った時点で僅かに軌道をずらして衝突を避けていたし、人間の首が飛んできたというのに動揺の色は微塵もない。

 

VAN-RES:弱いと小細工がいるから大変だな。

ARATA-RES:それほどでもないですよ。小細工は得意ですし。


 ヴァンの大剣での切り下ろし。

 それに対し、アラタは躱すモーションから入った。

 正確には躱そうとするように見える動きから。


 身を引くように見せかけて、アラタは流星刀で切り上げた。

 鋭く、速くヴァンの大剣を握る指を狙った。


 アラタの刃が届く前に、ヴァンは大剣を放棄していた。

 ヴァンの手がアラタの刃を受け止めようと動く。


 上等だった。

 そんなに簡単に無刀取りなどされてたまるか。


 アラタは地を踏みしめ、最速の動きでヴァンの手を狙った。


VAN-RES:強けりゃあこうやってシンプルに動けるんだよ。


 アラタの最速の切り上げが、ヴァンの右手に捕獲されていた。

 ふざけている。アラタは脳裏によぎった敗北を振り払って攻めた。


 流星刀を手放してヴァンの目を狙った。

 ヴァンが後ろに引いてそれを躱し、そこからアラタは連撃に移った。

 威力より速度を重視しての攻撃。手、足、頭まで使って攻め、ヴァンの攻め手を咎めるように動いた。

 敏捷はアラタの方が上、それを活かした動き。


 並のプレイヤーなら二秒と立っていられないような連撃の中、ヴァンは無傷でいた。

 一撃たりともまともに入らない。

 だが、ヴァンとて攻められてはいない。

 

 巧拙の問題ではなかった。

 物理的に攻められない。アラタはそういった動きで攻撃を仕掛けている。

 あとは集中力がどれだけ続くか。

 アラタの暴風のような攻めが続く。

 ヴァンは防戦一方だ。 


 アラタの下段蹴りが狙われた。

 軌道上に予め踏み込まれ、十分な威力を発揮せずにヴァンの足に命中した。


 攻め手が、途切れる。

 

 そしてそれは、アラタが予期していたことでもあった。

 ヴァン・アッシュがそのまま攻めきられるはずなどないと、誰よりもアラタは確信していた。


 攻守が逆転する。

 ヴァンの拳がアラタを狙う。

 その拳は大胆だが嫌な軌道をしていた。避ければそこから無限に連撃が続くような、そんな不吉な気配を孕んでいた。


 だから切り札を残しておいた。


ARATA-CAST>>神威カムイ


 ログにその文字が流れると同時に、アラタの動きが加速した。

 アラタを狙っていたヴァンの拳の小指部分に、アラタの拳が命中した。


 小指がはっきりと折れる感触。


 ヴァンが腕を引くのに合わせて、アラタは手を突き入れた。

 その手はヴァンの首筋を狙っている。


 ヴァンが身を捩って躱そうとする。

 その動きは正確で、そのまま行けば最小限の隙でアラタの攻撃を避けられるものだった。


 アラタの手に手裏剣が握られてさえいなければ。


 手裏剣の切っ先がヴァンの首筋に触れた。


 クソ。


 それはヴァンの頸動脈を切り裂くはずのものだったが、薄皮を切るだけに終わった。


ARATA-RES:どうですか? 小細工は。


 それでも神威はまだ25秒残っている。

 今までで互角だったのならば、この25秒で3回はヴァンを倒せるはずだ。

 倒せなくてもダメージを与えられればいい。現状でも小指を折っている。

 神威が終わった時点でダメージを残せれば、大きく勝ちに近づくはずだ。


 アラタは攻めて、攻めて、5秒が経った頃に違和感に気付いた。

 ヴァンの動きが、アラタと変わらないのだ。

 速い。動きが速すぎる。

 それはもはや、敏捷云々ではどうにもならない速度変化であるように見えた。


 攻撃が入らない。

 攻撃を許さない攻めは続けられてこそいるが、これでは先程までと全く変わらない。

 そして、神威を使っていながらそんな状態になるのは、明らかな異常事態であった。


VAN-CAST>>オーバーロード。


 そんな文字が、アラタの目に入った。

 同種のスキルか。

 そうとしか考えられないが、だからと言って何かができるわけでもない。

 効果時間が同じかもわからず、それがわかろうとアラタは攻撃する以外に手はない。

 今思いつく最善の攻めを続けるが、ヴァンはアラタのクリーンヒットを一撃も許さなかった。


 残り十秒。

 問題は、アラタの方が先にスキルを切ってしまったところだ。


 残り五秒。

 アラタの時間切れを待てばいいのに、焦りから生まれた一瞬の隙を突かれた。

 先ほどの意趣返しか、アラタの拳の小指が狙われた。

 小さな痛みが走る。

 手を引き、ヴァンの口元が笑っているのが目に入る。


 30秒が経過して、神威が切れた。

 ヴァンが強引に動いた。

 

 前傾姿勢で両手を前に構え、何が来ても撃ち落とすという意思を感じる。

 

 迎撃できるものならしてもらおうではないか。

 

 アラタは脇を締め、身体をひねり、コンパクトな動きで肘打ちを放った。

 全てのMPを乗せて。


――――八重桜。


 入ったと思った。

 どう考えても受け止めざるを得ない、そういったところに叩き込めたと思った。

 そして、八重桜はスキルであり受け止められるような代物ではない。

 

 なのに、アラタの肘は虚しく空を切っていた。


VAN-RES:晦ましだ。歩幅や距離感をだまくらかす技術なんてのもあるんだよ。


 空蝉はギリギリで間に合った。

 念信を受けた瞬間に、全身に衝撃が走っていた。

 何をされたのかはわからないが、致命傷に近いのは確かだ。

 おそらくは体当たりだが、それがなんであろうともはや関係はない。


 アラタは吹き飛び、地面を転がり、なんとか体勢を立て直すが、座り込んだまま立ち上がることができない。


 無理だ。

 全身に笑えないダメージが入っている。

 HPなんて確認せずとも、体感できるだけの痛みがはっきりとあった。

 こんな状態でまともに動けるはずもなく、アイテムでの回復を許してくれるほど甘い相手でもないだろう。


ARATA-RES:師匠ならそういう技も教えてくれるべきなんじゃないですか?

VAN-RES:今教えただろ?


 今ヴァンがその気ならばアラタは即キルされている。

 だがそうなっていないということはまだ負けが決まったわけではない。


 ヴァンが周囲を軽く見てから、アラタに視線をよこした。


「大した戦いにはならなかったな。まあ、こんなくだらん世界がかかった戦いにはふさわしいかもしれん」


 ヴァンはシャンバラを消すつもりらしいが、ここまで来てもアラタはまだそれを実感できなかった。


 それとは関係なく、ただこのまま諦めたくないという気持ちだけがあった。

 極度の負けず嫌い。

 ただその意思だけがアラタを突き動かしていた。


「そうだ、伝えたいことがあったんですよ。最後に聞いてもらえますか?」


 アラタの右手は、ちょうど足の影で見えない位置にある。

 その手は、印を結び始めていた。

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