表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

166/202

166.種明かし


 ヴァンは殺し合いと言った。

 初めは聞き間違いかと思った。

 が、よく考えるとそれほど不思議なことでもない。

 思い返してみればヴァンはいつもこんな調子だった。


「腕試しは僕もしたいところですが、今はちょっと立て込んでて。出来るだけ早くここから離れたいんですよ」

「俺から逃げられると思うのか?」

「師匠?」


 どうも様子がおかしい気がした。

 ふざけている様子が感じられない。


「お前は2ndフェーズでデスすれば、アルカディアへのアクセス権が失われるようだな」

「どうしてそれを……」

「俺もだからだよ」


 そういってヴァンは、左目を覆う眼帯を外した。

 その左目には、アラタと同じように薄っすらと六芒星の文様が浮かんでいた。


 老人とネメシスの言葉が蘇る。星を追うもの(スターシーカー)はもう一人いる、と。


「馬鹿げたレースのライバルを消せば、あとはウィニングランみたいなもんだ。さあいきなり最終決戦だぞ」


 ヴァンは不敵な笑みを浮かべている。

 その様は、ちょっとした手品の種明かしをした程度の軽い態度に見えた。


 言っていたのはネメシスだったか。邪悪な願いを目論む星を追うものがいると。

 それがヴァンだというのか。


「待ってください、おかしいですよ」

「何がおかしい?」

「だって僕を倒そうっていうならいきなりやればいいじゃないですか。チャンスはいくらでもあったはずだ」


 だから、だからなんだろう。

 自分で言っていても、それが何の証拠にもならない気はしていた。


「わかってねぇなぁ。それじゃつまらないだろうが」

「つまらない?」

「そもそもお前をこのアルカディアに呼んだのはこの俺だ。少しは手応えが欲しかったからな」


 アラタはヴァンの言っていることがなにも理解できなかった。


「エデン側もドラマを望んでたからな。それでこの采配だ」

「何を言っているのか一つも理解できません」

「じゃあもっとわかりやすく言ってやろう。今お前が俺に負ければ、シャンバラが滅ぶぞ」


 ヴァンはこともなげにそう言った。

 

「さあ電脳世界せかいを賭けた決戦だ。せめて構えろ」


 アラタは一度目をつぶった。

 それから十数えて目を開く。


「その前に三つ、質問に答えてください」

「あん?」

「いきなりじゃ戦いに集中できませんよ。師匠は手応えが欲しいんでしょう? それなら一旦シャンバラに帰って、美味い飯を食って風呂に入って、たっぷり寝てからベストコンディションでやりたいところですがね。でもまあ師匠はやる気みたいですし、質問に答えてくれるだけで勘弁してやりますよ」

「言ってみろ」

「エデン側が仕組んだ星の試練とやらを超えれば何でも願いが叶う、それは本当ですか?」

「本当だ」

「師匠はそのためにこのアルカディアに参加していると」

「そうだな」

「その願いでシャンバラを消したい、そう言いましたか」

「言ったな」

「一体なぜ?」

「質問が四つになってるぞ」

「サービスしてくださいよ」

「ダメだな」


 ヴァンは笑う。


 納得はできない。

 理解もできない。

 それでも、そういうものとして対峙するしかない気がした。

 ヴァン・アッシュはエデンの力を借りて電脳世界シャンバラを滅ぼそうとしている。

 そして、それを止める正義の味方として選ばれたのが自分だ。

 なんだそれは。どういう状況だ。

 現実離れしすぎて、思わず笑みがこぼれてしまう。


 ここに来て、アラタはまだ何か嘘が潜んでいるのではないかという可能性を探していた。

 しかし、アラタの直感がこれは真実であると告げていた。


 薄暗い倉庫。血溜まりと死体の中で、アラタとヴァンは対峙していた。


 シャンバラが滅びる。

 本当にそんなことが起こったら、どうなってしまうのか。

 シャンバラに生きる何千億という意識が消え去る。

 

 ユキナも、パララメイヤも、メイリィも、ロンも、ヤンも、全員が消えてしまう。


 アラタはそこまで考えて首を振った。


「どうした?」

「ちょっとダメみたいですね」

「何がだ?」

「現実感を持つのがですよ。僕は八時間前は朝食にシリアルをのんびりと食べていた身です。そんな日常から、いきなり負けたら世界が滅びるなんて言われても実感なんて持てませんよ」

「かもしれんな。だが、実感があろうがなかろうが現実は現実だ」

「そうなんでしょうね。だから僕は違った方向から集中しようと思います」

「ほう?」


 ヴァン・アッシュに勝つ。

 それは、アラタが半生掲げていた目標だ。

 ヴァンが姿を消してからも、それは変わらなかった。

 だから戦う遊戯領域ばかりで過ごしていた。

 研鑽を積むために。ヴァン・アッシュに少しでも近づくために。

 その成果が今試されるわけだ。

 

 負けた時のことなど考えるべきではないと、それこそ目の前にいるヴァンが言っていたのだ。

 アラタはただ勝つことだけを考えればいい。


「単に勝つ、それで行こうと思います」

「世界のためにっていう心意気は?」

「ないですね。そういうのはガラじゃありません。けどアナタに勝とうっていう心意気ならありますよ」

「いい目になってきたな」


 思考がクリアになってきた。

 集中できているのが自分でもわかる。

 勝てばいい、それだけの話だ。


 いきなりの最終決戦だろうと遊戯領域ゲームの負けイベントとは違う。

 ヴァンとて人間で、普通のプレイヤーだ。

 その首をはねれば死ぬし、心臓を貫いても死ぬ。

 そうすれば勝ちだ。


 やれなくはないはずだ。

 アバターの性能は同じ。ヴァンのクラスは不明だが、クラスにおいて極端な優位性もないだろう。

 

 アラタの心のどこかで、あのヴァン・アッシュに勝てるのかという疑問がくすぶっている。

 勝てないはずはない。ヴァンは単に他に類を見ないほど凄腕のプレイヤーというだけだ。

 絶対無敵というわけではない。自分の中でわざわざ敵を大きくする必要などないのだ。


 アラタは構える。


 思考を研ぎ澄ましていく。

 今アラタが考えるべきなのはそんなことではない。


 どう突くか。

 どう切るか。


 それだけだ。


 言う。


「では、行きます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ