164.大脱走
パララメイヤは高台に立っていた。
ちょうどニルヴァーナのギルドハウスが射程に収まる位置だ。
高台から見るハウスエリアの眺めはなかなかに壮観だ。
青い空、白い雲、小鳥は歌い、花は咲き乱れ、そこら中に妙な緊張感を持ったプレイヤーが歩き回っている。間違いなくユグドラのメンバーだろう。
ギルドハウスを囲んでいるプレイヤーは四十人弱。
隠すつもりがあるのかないのか、そいつらは大っぴらに囲んでいるわけではなく、ギルドハウスの周囲をぐるぐると歩き回っている。
パララメイヤは、これからそこに大魔法をぶち込む。
ハウスエリアだからとて非戦闘地帯というわけではない。
やろうと思えばなんでもできる。
ただしギルドハウスや地形に傷をつけることはできない。
専用の結界が貼られていてあらゆる攻撃を受け付けない。
つまり、ハウスエリアに大魔法をかましても通行人しか傷つかないわけだ。
ご近所さんには既に念信で連絡した。向こう三十分は外に出ないことになっている。
アラタはパララメイヤがギルドハウス周辺のプレイヤーとフレンドになっていることに大層驚いていた。
ごく普通のことだと思うのだが、アラタは本当に人付き合いが苦手なんだろうなと感じさせられる。
正直パララメイヤはちょっとワクワクしていた。
ハウスエリアに大魔法をぶち込むなんてどう考えても正気ではない。
そんな大胆なことを自分がするなんて思いもよらなかった。
それに不謹慎かもしれないが、ニルヴァーナVS.ユグドラの図式にも興奮していた。
プレイヤー同士のごたごたは良くないことなのかも知れないが、これぞマルチプレイヤーの遊戯領域という気もする。
もしここでユグドラに勝てれば、アラタ・トカシキの名前は広まるだろう。
そして、パララメイヤはアラタが負けるなんて微塵も思っていなかった。
そんな楽観主義がパララメイヤを高揚させていた。
作戦は単純だ。
パララメイヤがギルドハウスを中心に大魔法を撃ち、それによってできた隙でアラタがギルドハウスから抜け出す。
外部からの援護を受けて離脱を図るシンプルな作戦だが、援護の規模が「普通そんなことはしないだろう」というレベルなのがこの作戦のキモだ。
ハウスエリアのポータルを使わずに、パララメイヤはわざわざここまで歩いてきた。気づかれている可能性はまずないだろう。
PARALLAMENYA-RES:こちら準備できました!!
ARATA-RES:いつでもいいですよ。着弾を確認したら離脱します。
パララメイヤは杖を抜いた。
眼下に見えるギルドハウスを意識する。
「純なる力よ、我が声に応えよ」
パララメイヤは詠唱を始める。
「限界を越え、荒ぶる力を我が手に委ねよ」
ここで優先されるのは、何よりも威力だ。EXスキルとして発現した暴走魔法を乗せる。
「汝の名は力、力の名は風」
パララメイヤは歌うように詠唱を続ける。
まるでステージ上で歌っているような気分だ。
「大いなる力よ、翼に貸せしその力を我の手に委ねたまえ」
意識をせずとも、言葉が口から漏れ出てくる。
一番初めに取得した大魔法。
何度も、何度も詠唱の練習をした。
「吹きすさび斬りつけよ! 荒ぶり捻じ曲げよ!」
PARALLAMENYA-RES:カウントします。3、2、1。
アラタに念信を送った。
「嵐を生み出せし力よ! 我が意に添いて万難を排せ!!」
PARALLAMENYA-RES:0!
「全て飲み込む無垢な力!!」
***
ギルドハウスの中からでも、その破壊力は見て取れた。
巻き込まれて打ち上げられる、何人ものプレイヤーが目に入った。
外は間違いなく阿鼻叫喚だろう。
ギルドハウス内は揺れすらない平穏な状況なので、その光景には妙な違和感があった。
「ふわふわちゃん、やるじゃん♪」
メイリィは落下するプレイヤーを見てご機嫌だ。
アラタとしては、ド派手な魔法で大きな隙が出来ればそれでよかったのだ。
ところが、パララメイヤの大魔法は想像を遥かに超えた威力だった。
防御行動を取れたプレイヤーがどれだけいたかわからないが、相当数はこれで片付いてしまったのではないかと思う。
それでも油断はできない。残っているプレイヤーはまずいるだろう。
「では、行ってきます」
「武運を祈ります」
ヤンの言葉を受けて、アラタは二階の窓から飛び出した。
屋根上に乗って一回大きく伸びをする。
もちろんそんなことをしている場合ではないのだが、こうして姿を晒せばパララメイヤが離脱しやすくなるだろう。
ログには思い切りパララメイヤの名前があり、戦闘状態でログアウトに逃げることもできない。
だが、アラタが姿を現せば敵はアラタに集中攻撃せざるを得ないはずだ。
敵の一人と目があった。
キャスターなのか、バリアを貼ってパララメイヤの大魔法を凌いだようだった。
バリア越しに目が合い、驚きが敵の顔中に広がっていく。
これでオーケーだ。敵は間違いなく念信で状況を伝えるだろう。
アラタは飛んだ。屋根から屋根へ。
縮地を切り、神威まで使って誰も追いつけない速度でポータルにまで到達する。
ポータルの守りは二人。
敵がアラタの姿を補足。
アラタは抜刀。
敵が身構える。
それを確認してからアラタはリキャの戻った縮地を切った。
逃げしかしないとはそうそう考えないだろう。そして、一度出遅れればアラタに追いつけるものはいない。
アラタはポータルの裏まで周り、そこからアヴァロニアまで飛ぶ。
ポータルを抜けた瞬間から走り出した。
ポータルの人混みを抜け、倉庫地帯へと走る。
追跡者の気配は一人だけ。
やるか、逃げるか。
速度差を判断するために、相手との距離を確認しようと一瞬振り返ると、アラタの目に特徴的な髪型が映った。
ARATA-RES:弁髪大納言さんじゃないですか!
RONALD-RES:その名前、もう一度言ってみろ。俺がキルするぞ。
ARATA-RES:すいません。
アラタは速度を緩めない。
それにロンも追従している。
敏捷性ではロンが上というだけあり、距離が徐々に詰まっている。
それにしても妙だった。
待ち構える敵がいるように見えないのだ。
ハウスエリアでの騒動は念信によって伝えられているはずだ。
それなのに迎撃がない。
警戒しながら走るが、遭遇するのは一般通行プレイヤーだけだった。
ギルドハウスに人員を割きすぎて急な動きに対応できていないのか、それとも拠点に戦力を集中して迎撃するつもりか。
後者な気がしたが、だからと言ってやることは変わらない。
それよりも問題は追撃だった。
挟み撃ちになるのが一番マズい。
RONALD-RES:アラタ、俺は迎撃にまわる! この分だとそう動いた方が良さそうだ。
ARATA-RES:ロン! ここからは一本道になります! 出来れば追撃者の迎撃をお願いできますか?
念信を飛ばしたのはほぼ同時だった。
互いが行き違いの念信にほくそ笑む。
RONALD-RES:気が合うな。
念信の気配からロンが笑っているのがわかった。
ARATA-RES:無理はしないでください、あなたがキルされてもダメなんですから。
RONALD-RES:わかってるよ、引き際は心得てる。
背後の気配が消えた。
アラタは走る。
ユグドラの拠点に向けて。




