161.わからせようと思う
「ひいいいいいいん……」
泣き声だった。
しかもかなり情けないタイプの。
うそだろ、とアラタは思う。
人質までとって仕掛けてきて、敗色濃厚になったら泣き出すなんて、そんなことがあり得るのか。
泣き出した敵は確かに見た目は幼そうに見える。
アバターの見た目をそのまま信じるならば十代前半か。ちょうどスクールを卒業したあたりの年齢だ。
思えばこのプレイヤーは最初から敵意がなかったように思える。
だがまあ、敵には違いない。
逃がせばまた面倒が起こる可能性もあり得る。
アラタは流星刀を握り、そこでユキナが割り込んできた。
「ちょ、ちょ、ちょ、話くらい聞いてあげてもいいんとちゃう!?」
「気持ちはわからなくもないですが、聞いても真偽のほどがわかりませんし、どちらにせよ早くここを離れなきゃなりません」
ユキナごしに見る生き残りの少年は、どうしようもないほど哀れっぽく見えた。
これが演技だったら俳優になれそうだ。
アラタはため息。
「わかりました、なぜ襲ったかを話してください」
アラタがそう言うとユキナが横にずれた。
どうやらキルされないのかもしれないと光明を見出した少年は、いくらか落ち着いたように見えた。
「そ、その、僕はただ一緒に来いって言われただけで、あんまり詳しいことは知らされてなくて……」
「一緒に来いって言われてプレイヤーキルに参加するんですか? いや、してるかは微妙ですか」
身のある会話にはならなそうな気がした。事情もわからない下っ端ということか。
そんなプレイヤーをキルするのは確かにかわいそうで、逃がしても害はないだろうと思う。
「なにもわかりませんが、わかりました。逃げていいですよ、僕らも退散させてもらいます」
ユキナに目配せをしてアラタはポータルのある方へと歩きだした。
「ちょっと待ってください!!」
生き残りが突然大声をあげた。
アラタは振り向き、
「なんです?」
「貴方がたはユグドラと敵対してるんですよね!?」
生き残りの少年は、これ以上ないほど必死に見える。
「紆余曲折あって狙われてます。一方的にね。敵対するかはこれから決めるところです」
そうなるだろうとは思う。
ひとまずギルドハウスに戻って全員の意見を聞くことになるだろうが、それ以外に選択肢はないだろう。
「その、助けてください!!」
少年の必死さは、本当に追い詰めれらている者特有の色があった。
どうしたものかとユキナの方を見たが、ユキナの瞳が「助けてあげよ」と言っていた。
「話してください」
「僕らはサービス開始時からユグドラに助けてもらったプレイヤーなんです」
「僕らっていうのは、そこに転がっている蘇生待ちですか?」
少年がアラタの指した方を見て、一瞬口元を抑えた。
それからアラタに向き直り、
「彼らはユグドラの古参で、別領域にいるときからユグドラに所属しているような人たちです。僕らというのは、僕みたいな遊戯領域に慣れてないプレイヤーたちのことで――――」
「ああ、最初にやってた勧誘に乗ったクチですか?」
「その通りです。ユグドラに来てくれれば手厚くサポートすると言われて所属することにしたんです」
「それで? 手厚い介護は受けられたんですか?」
「最初のうちは…… 装備も消耗品も都合してくれましたし、パーティーメンバーの面でも助けてくれました。ただ、段々と要求が多くなって来て…… 気づいたら常に手伝わされているような状況になってしまって」
「抜ければいいじゃないですか、そんなの」
「それが……抜けようとした者もいたんですが、そうしたら今まで都合した消耗品などを返してくれと無茶な額のマネーをふっかけられて……」
「そうやっていつの間にやら奴隷みたいに扱われてたと」
「……そうです」
なんとまあつまらないことをする集団だな、とアラタは思う。
「特に僕みたいなバッファーや、タンクヒーラーは扱いが酷くて。朝から晩まで複数のパーティに参加させられることもあって、中には実生活にまで影響が出る人も出てきてて」
「それでどうして欲しいと?」
「出来ればその……アラタさんのギルドに移籍させてもらえないかと」
そう来るのか。
「それは奴隷仲間も含めてですか?」
アラタがそう言うと、ユキナがすんごい目で睨んできていた。
確かに軽口にしてはユーモアが足りなかったかもしれない。
「失礼。同じような境遇のギルド員もということですか?」
「その…… できれば……」
少年の懇願の瞳をまっすぐ見るのは難しかった。
「わかりました。移籍についてはわかりませんが、事態が好転するようには動いてみますよ」
「本当ですか!?」
「ひとまず三日はログアウトしていてください」
「三日、ですか?」
「この戦いのタイムリミットは女神杯です。本戦の開始までには何かしらの決着がついてますよ」
アラタはそう言ってフレンドを飛ばした。
驚くほど早く了承される。
「戻ってきたらこちらから連絡しますよ。まあ、僕が無事だったらですけど」
「わかりました!」
少年は既に救われたような表情になっている。めでたいものだ。
「では我々は行きます」
アラタとユキナはそうして湿原を離脱した。
ポータルまでの道で、それ以上襲われることはなかった。
***
ギルドハウスに戻っていたのは、メイリィにヤンだけだった。
ロンとパララメイヤの姿はまだない。
ギルドハウスの談話室で、アラタは二人を待たずに話はじめた。
アラタは売られた喧嘩は買う主義だし、助けてくれと懇願した少年もそれを後押ししていた。
ギルドハウスに戻る頃には、すっかり考えは定まっていた。
「ユグドラを、わからせようと思います」
アラタの発言を聞いて、メイリィはそれはそれは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
ユキナとヤンも、不満を示すような表情はなかった。
「基本はどこかのおっかない人が言っていた方法を採用しようと思います」
「おっかない人?」
ヤンがわざとらしく言った。
「女王杯に参加するメンバーを削るってやつですよ。フォーラム上でユグドラと我々が揉めてるって話はもう流れてるんですか?」
「流れてますね。複数人が話題にしていたので。よく見ればちょっとわざとらしい感じだったので、ユグドラ側のメンバーで小芝居でもしてるんでしょう」
「ならあとは参加メンバーをキルすればいいわけだ。それを逆手に取りましょう」
「アタシらが逆にやっちゃっていいってわけだよね?」
メイリィは本当にニッコニコだ。
「そうですね。ユグドラ側のメンバーが欠けて参加できなくなったら、返り討ちにあった間抜けだということは嫌でも知れ渡ります」
「簡単で楽しそうじゃん!」
それはどうかな。
実はちょっと困ったことになっているのだ。
「まあ、この方法にはちょっと問題もありましてね」
「それはなあに?」
気配を読み間違えては、いないと思う。
「このギルドハウスが、既に囲まれているってことです」




