160.スーパーマン
まさか護身用に習った柔の技が役に立つなんて思いもよらなかった。
ユキナは兎人の拘束から逃れると即座にからくりを召喚した。
ユグドラ達は再度ユキナを狙うはずだ。それがアラタ・トカシキに対しての対抗策だと信じているはずだから。
しかし、そうはならなかった。
ユキナの眼に映るのは、アラタ・トカシキを囲む七人のユグドラ団員だ。
ユキナの方を見てもいない。
まるでアラタから目を離すとやられると思っているかのように、全員の視線がそこに集まっている。
流星刀を携え、圧倒的な存在感でただ立っている。
臆する様子はなく、七人に囲まれてなお、勝ってあたり前だとでもいうような自信に満ちているように見える。
アラタと直接念信したユキナにはそんな余裕がないのはわかっている。
それでも、そういったことを微塵も感じさせない佇まいを保てるのは大したものだと思う。
これだけ自信ありげに動かれると、何かあるのではと警戒して攻めにくいのも当然とすら思える。
援護。ユキナが今やるべきことはそれだ。
出来る範囲でダメージを与えて離脱を図る。
アラタはそう伝えてきた。
ならばそれを助けなければならない。
近接モードで一人二人受け持つか、それとも遠距離モードで支援するのか。
巻き込みをせずに援護できる自信はない。
ユキナはからくりと同期し、モードを近接にいれて――――
爬虫類の亜人が切り込んだ。
それに一拍遅れて、兎人に猫の獣人二人が動いた。
誰もユキナなど見てはいない。
真っ先にやられたのは、一番に近づいた爬虫類の亜人だった。
ユキナの側から見ると、頭から急に刀の切っ先が飛び出たように見える。
顎から脳天に流星刀を突き刺したのだろう。
アラタは刀を抜かずに手放し、爬虫類の後ろにいた兎人に飛びかかった。
激突。
ユキナの横を兎人がすっ飛んでいく。
おかしい。
アラタの動きが早すぎる。
忍者は敏捷性が、などといった次元ではない。
技巧を越えた暴力的な速度を感じる。
気付けばアラタに接近してなかったヒューマンの一人が肩を抑えていた。
その肩には、手裏剣が刺さっている。
焦り具合から魔法使いが詠唱の中断を受けたのだろうが、ユキナの目では追いきれていない。
多人数の動きを把握しきれないのだ。
アラタが猫獣人二人の間を抜けて、遠隔組に接近していた。
動きはゆるりとしているように見えるのに、強烈に早い。
ユグドラ達は、混乱の極みにあった。
絶好のチャンス。それは間違いない。
ユキナはすぐに援護に入るべきであった。
近接だろうと遠隔だろうとこの際関係ない。
これだけ混乱していれば何をやったって成果がでる。
それなのに、ユキナは動けなかった。
アラタの動きに、見惚れていたのだ。
この一連の戦いを、邪魔してはいけない気がしたのだ。
またたく間に遠隔組の二人が排除された。
呪文すら唱える間もなく、アラタの素手での攻撃にやられていた。
残るは猫獣人の二人とヒューマンが一人。
猫獣人が足を止めていた。
ユキナの側からは表情が見て取れないが、背後からの気配で臆しているのがわかる。
メンバーは半壊し、自分たちに勝ち目があるようには思えない。
たぶん猫獣人たちはこう考えているのだろう。
マジで行かなきゃいけないの? と。
いつの間に取り戻したのか、アラタの手には流星刀が戻っていた。
気のせいか、アラタはほのかに笑っているように見える。
一突きずつ、だと思う。
アラタは目にも止まらぬ速さで距離を詰め、流星刀での突きで猫獣人達の急所を正確に捉えていた。
そのはずだ。
ユキナは感覚系の動体視をLv5まで上げている。それでも捉えきれないというのはちょっと普通ではない。
いつものアラタは神業じみた動きをするプレイヤーだった。
今のこれは、何かが違う。
あまりにも、あっけなさ過ぎた。
ユグドラの六人の死体が、湿原の地面に転がっていた。
一縷の望みにかけて蘇生待ちをするこの光景は、なんとも言えない虚しさを感じさせる。
そうして最後まで生き残っていたのは、腰を抜かしてへたり込み、真っ先にアラタから戦力外扱いされたヒューマンが一人だけだった。
***
神威はバカげたスキルだ。
効果は25%の速度上昇。効果時間は30秒。リキャストは5分。
早く動けるだけほど素晴らしいことはない。
普通速度が上がるようなバフは移動に限られていたりするものだ。
なぜなら、攻撃速度が上がると自然に威力まで上がる。運動エネルギー万歳というわけだ。
それに早い攻撃ほど強力なものはない。
素晴らしい技術による斬撃よりも、極限まで速度を上げた斬撃の方が厄介なものである。
そういう意味でも攻撃速度に関わるバフはバランスを取るのが難しい。
普通は筋力を増強する類のバフによって間接的に速度上昇を行うくらいだろう。
それが、神威は問答無用で25%だ。
他のEXスキルがどういったバランスになっているかは知らないが、アラタが思うにこれはどう考えても壊れスキルだ。
ただし、弱点がないわけでもないのだ。
EXスキルはレベル40までのスキル取得を参照して決まるわけだ。
神威の取得条件は、おそらくだが感覚系のスキルにほとんど振っていないことではと思う。
それを裏付けるように、速度バフがかかっている間は感覚系スキルが一切無効になるというデメリットが設定されているのだ。
つまり、まともに運用できないのを前提としたスキルなのだろう。
ふざけていると思う。
25%という割合は実感しにくいかもしれないが、実際に動いてみるとどれだけ違うか驚くだろう。
なんとか時間内に六人をやれたが、綱渡りだったのは間違いない。
この短時間でも、アラタは自分でわかるミスをいくつもやらかした。
相手がもう少し強かったら、倒れていたのはアラタだったかもしれない。
アラタは流星刀についた血を飛ばすために刀を振った。
最後の一人であるヒューマンは、最初から腰を抜かしていた。
こうして威嚇をする意味もないのかもしれないが、念には念をだ。
YUKINA-RES:えっと? 出来る範囲でダメージを与えて離脱するんやなかったの?
振り向くとユキナが美人を台無しにするような、にたにたした笑みを浮かべていた。
ARATA-RES:その、出来る範囲が思ったより広かったようで。
そんなことはすっかり忘れていた。
1.25倍速の動きに集中しすぎて、他には何も考えずに戦っていた。
YUKINA-RES:僕は7対1で勝てるスーパーマンじゃありません。
ARATA-RES:からかわないでください。より安全になったならそれでいいじゃないですか!
YUKINA-RES:もちろん、助けてくれてありがとな、スーパーマン。
クソ。何も言わずに戦えばよかった。
アラタはユキナから視線を外して、腰を抜かした最後の一人に向き合った。
これで終わり、と思ったのだが最後の一人から発せられた言葉は予想外のものだった。




