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16/202

16.分かち合うことはなくとも


 アラタの指先から激しい雷撃が迸った。

 スキルレベルが初期であるからには、ゲームでよくある初期魔法と同程度の威力を想定していたが、そんなレベルではない。

 出した本人もマジですかという驚きの顔を隠せない。


 忍術による雷の束が、ゼラチナスウォーグを襲った。


 当たる。


 雷が命中し、ゼラチナスウォーグが帯電し、大きく震えた。


 効いた。

 

 ゼラチナスウォーグの二つあるうちの核のひとつが、黒く変色していた。

 すかさずHPを確認する。


 HP64/124


 ボスのHPを一撃で半分近く持っていったのは、まさしく必殺技と言える威力だ。

 アラタが後ろに大きくバックステップをしたところで、異変があった。


 フィールドの端にいるゼラチナスウォーグが震え、弾けた。


 ゼラチナスウォーグの体液がフィールドの端から波のように降り注いだ。


 避けるもクソもない。アラタは体液を浴び、体に不快感が走る。

 網膜上にはアラタのHPが表示され、そこにはHP4/42とある。

 わざわざ赤字で表示されているのが禍々しい。

 もう一撃もくらえない。


 ゼラチナスウォーグがお得意の触手攻撃を始める。

 雷神を撃とうと思ったが、リキャストタイム中でまだ撃てない。

 

 アラタは触手を掻い潜りながら、システムから雷神の詳細を呼び出した。

 動きながらだから酷く読みにくい。

 

 アラタは一撃でもくらえば力尽きる状況にありながら、曲芸じみた動きで触手を躱し、必要な情報を拾っていく。


 雷神はどうやら使用回数制限のあるスキルのようだった。

 その回数は日に二回。

 射程距離は3メートル程度の短射程の攻撃で、威力は武器攻撃力と敏捷性の値に依存する。

 リキャストタイムは60sと必殺級の攻撃にしては短い。


 アラタは、説明文に目をはしらせながら舌打ちした。

 リキャストタイムが問題ではなかった。

 使用回数こそが問題だった。


 日に二回しか使えない。

 それはいいだろう。独立したリソースを使って撃てる特殊攻撃というのはそれだけで価値がある。

 けれども、今それは歓迎すべきものではなかった。


 雷神の一撃で入ったダメージは60ぴったりだ。

 もう一撃入れても、ゼラチナスウォーグのHPは残る計算になる。

 

 このゲームの乱数はそう幅が広くない。

 今の一撃が下振れで、次の一撃が上振れたとしても64は届くか怪しい数字だ。

 

 アラタは、こんな状況にありながら笑った。

 一歩間違えば即終わりになるこの状況で、アラタをこの領域から排除しようと迫る触手の群れを避け続け、その口には避けたような笑みが浮かんでいる。


 楽しい。

 やはり、遊戯領域ゲームはこうでなくてはならない。


 アラタはゼラチナスウォーグへの距離を縮めた。

 触手を抜け、印を結びながら恐ろしい速度で突撃する。


 ゼラチナスウォーグの触手が縮み、動きが変わる。

 プリン状の巨体が傾ぎ、アラタの身を飲み込まんとする。


「それです」


 印はもう結び終わっている。

 アラタは右手を銃のようにして、ゼラチナスウォーグをの残った核を狙った。


 同撃崩は、投石にすら乗るのを確認している。


 アラタは、言う。


「同撃雷神」


 アラタの右手から雷光が放たれ、一直線進みゼラチナスウォーグの核を直撃した。


 ゼラチナスウォーグが文字通り雷に撃たれたかのように震え、その身が液状化していく。

 

 アラタは念のために後ろに飛んで距離を取った。

 ゼラチナスウォーグは地面に染み込み、淡い光が浮き上がった。


 淡い光は、アラタの右目へと吸い込まれていく。


 アラタの網膜に表示されるレベルアップの文字だけが、勝利を告げていた。



***



 ゼラチナスウォーグが登場の時に作った道を進むと、いつの間にか空気が変わったのを感じた。

 ダンジョンの外に出たのだろう。

 

 まるで森林限界に達したかのように突然木々がなくなり、岩肌が続く道へとアラタは出た。

 ジャーナルを確認すると、ガンラ山道の攻略にチェックマークがついている。

 

 クリアだ。


 やり甲斐はあったし、面白くはあったが、もう二度とこんな無茶はごめんだとアラタは思う。

 NPCのヒントは、素直に聞くに限る。


 ガンラ山道のソロクリア。

 もしかしたら、これは力の証明に引っかかる何かを満たしているのではないか。

 そう思ってログアウトをコマンドしてみるが、アラタのそんな考えをあざ笑うかのように、網膜上には無効なコマンドの文字が踊っていた。

 通るとは思っていなかったが、実際に通らないとそれはそれでちょっと悔しい。


 ダンジョンの出口には、今までどこにいたのかと思えるほどプレイヤーがいた。

 四パーティ、計十六人がそこにはいる。

 

 皆クリアした喜びを仲間と分かち合い、笑顔を浮かべていた。

 いかにもマルチゲームらしい光景だ。


 アラタに、そんな仲間はいないのだけれど。

 まあクリアしたしよかろうとアラタは開き直る。


 アラタはそんなプレイヤー達を無視して、先へと進んだ。

 次なる街はフィーンドフォーンといったか。

 今度は多少なりビルドしてから次の街を目指そうと思う。

 時間を置けば、アラタの悪い噂も消えるだろう。


 アラタは軽い足取りで歩みを進める。

 何も状況は良くなっていないが、アラタはアルカディアが楽しくなりはじめていた。

 できないと言われる無茶を通した時ほど楽しいものはない。

 例え、その楽しさを分かち合う者はいなくとも。


 アラタは得も言えぬ満足感に浸りながら、次なる街へと進んだ。

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