16.分かち合うことはなくとも
アラタの指先から激しい雷撃が迸った。
スキルレベルが初期であるからには、ゲームでよくある初期魔法と同程度の威力を想定していたが、そんなレベルではない。
出した本人もマジですかという驚きの顔を隠せない。
忍術による雷の束が、ゼラチナスウォーグを襲った。
当たる。
雷が命中し、ゼラチナスウォーグが帯電し、大きく震えた。
効いた。
ゼラチナスウォーグの二つあるうちの核のひとつが、黒く変色していた。
すかさずHPを確認する。
HP64/124
ボスのHPを一撃で半分近く持っていったのは、まさしく必殺技と言える威力だ。
アラタが後ろに大きくバックステップをしたところで、異変があった。
フィールドの端にいるゼラチナスウォーグが震え、弾けた。
ゼラチナスウォーグの体液がフィールドの端から波のように降り注いだ。
避けるもクソもない。アラタは体液を浴び、体に不快感が走る。
網膜上にはアラタのHPが表示され、そこにはHP4/42とある。
わざわざ赤字で表示されているのが禍々しい。
もう一撃もくらえない。
ゼラチナスウォーグがお得意の触手攻撃を始める。
雷神を撃とうと思ったが、リキャストタイム中でまだ撃てない。
アラタは触手を掻い潜りながら、システムから雷神の詳細を呼び出した。
動きながらだから酷く読みにくい。
アラタは一撃でもくらえば力尽きる状況にありながら、曲芸じみた動きで触手を躱し、必要な情報を拾っていく。
雷神はどうやら使用回数制限のあるスキルのようだった。
その回数は日に二回。
射程距離は3メートル程度の短射程の攻撃で、威力は武器攻撃力と敏捷性の値に依存する。
リキャストタイムは60sと必殺級の攻撃にしては短い。
アラタは、説明文に目をはしらせながら舌打ちした。
リキャストタイムが問題ではなかった。
使用回数こそが問題だった。
日に二回しか使えない。
それはいいだろう。独立したリソースを使って撃てる特殊攻撃というのはそれだけで価値がある。
けれども、今それは歓迎すべきものではなかった。
雷神の一撃で入ったダメージは60ぴったりだ。
もう一撃入れても、ゼラチナスウォーグのHPは残る計算になる。
このゲームの乱数はそう幅が広くない。
今の一撃が下振れで、次の一撃が上振れたとしても64は届くか怪しい数字だ。
アラタは、こんな状況にありながら笑った。
一歩間違えば即終わりになるこの状況で、アラタをこの領域から排除しようと迫る触手の群れを避け続け、その口には避けたような笑みが浮かんでいる。
楽しい。
やはり、遊戯領域はこうでなくてはならない。
アラタはゼラチナスウォーグへの距離を縮めた。
触手を抜け、印を結びながら恐ろしい速度で突撃する。
ゼラチナスウォーグの触手が縮み、動きが変わる。
プリン状の巨体が傾ぎ、アラタの身を飲み込まんとする。
「それです」
印はもう結び終わっている。
アラタは右手を銃のようにして、ゼラチナスウォーグをの残った核を狙った。
同撃崩は、投石にすら乗るのを確認している。
アラタは、言う。
「同撃雷神」
アラタの右手から雷光が放たれ、一直線進みゼラチナスウォーグの核を直撃した。
ゼラチナスウォーグが文字通り雷に撃たれたかのように震え、その身が液状化していく。
アラタは念のために後ろに飛んで距離を取った。
ゼラチナスウォーグは地面に染み込み、淡い光が浮き上がった。
淡い光は、アラタの右目へと吸い込まれていく。
アラタの網膜に表示されるレベルアップの文字だけが、勝利を告げていた。
***
ゼラチナスウォーグが登場の時に作った道を進むと、いつの間にか空気が変わったのを感じた。
ダンジョンの外に出たのだろう。
まるで森林限界に達したかのように突然木々がなくなり、岩肌が続く道へとアラタは出た。
ジャーナルを確認すると、ガンラ山道の攻略にチェックマークがついている。
クリアだ。
やり甲斐はあったし、面白くはあったが、もう二度とこんな無茶はごめんだとアラタは思う。
NPCのヒントは、素直に聞くに限る。
ガンラ山道のソロクリア。
もしかしたら、これは力の証明に引っかかる何かを満たしているのではないか。
そう思ってログアウトをコマンドしてみるが、アラタのそんな考えをあざ笑うかのように、網膜上には無効なコマンドの文字が踊っていた。
通るとは思っていなかったが、実際に通らないとそれはそれでちょっと悔しい。
ダンジョンの出口には、今までどこにいたのかと思えるほどプレイヤーがいた。
四パーティ、計十六人がそこにはいる。
皆クリアした喜びを仲間と分かち合い、笑顔を浮かべていた。
いかにもマルチゲームらしい光景だ。
アラタに、そんな仲間はいないのだけれど。
まあクリアしたしよかろうとアラタは開き直る。
アラタはそんなプレイヤー達を無視して、先へと進んだ。
次なる街はフィーンドフォーンといったか。
今度は多少なりビルドしてから次の街を目指そうと思う。
時間を置けば、アラタの悪い噂も消えるだろう。
アラタは軽い足取りで歩みを進める。
何も状況は良くなっていないが、アラタはアルカディアが楽しくなりはじめていた。
できないと言われる無茶を通した時ほど楽しいものはない。
例え、その楽しさを分かち合う者はいなくとも。
アラタは得も言えぬ満足感に浸りながら、次なる街へと進んだ。




