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159.柔の技


 単純な強襲するわけにはいかない。

 アラタはわざわざ敵の目の前で止まるしかなかった。


 リルテイシア湿原だった。

 低い草に水気のある土、道の左右は浅い水たまりになっている。

 そんな中で七人とユキナの視線がアラタに集中していた。


 敵の面子はバラエティ豊富だ。

 ヒューマンが三人にユキナと同じ兎人ワービット、猫の獣人が二人に、爬虫類らしき亜人が一人。


 ユキナは兎人に拘束されていた。

 背後から片手を抑えられ、短剣を突きつけられている。


 難しい状況だ。

 どう考えてもアラタの移動よりも短剣を突く方が早い。

 一目ではユキナ無傷で救い出す手段が見いだせなかった。


 それでも、考えられる中では悪くない状況ではあった。

 一番最悪なのは、到着と同時に六人に一斉に襲いかかられて、アラタが攻撃するたびにユキナの悲鳴が響くような状況だ。

 こうして対峙してくれているだけありがたい。


 この状況を打破するには、ユキナの協力が必要だった。

 何らかの隙を作ってくれれば可能性は生まれる。

 だが、短剣を突きつけられた状態で隙を作るのは至難だ。

 からくりも呼べないであろう生身というのは非常に厳しい。

 

 ただ、ユキナの方も自身で隙を作らなければならないのは理解しているのかもしれない。

 その証拠に念信が全く来ない。


 捕まっていようと念信はできる。

 ただし、何らかの念信をしているということは気配でバレてしまうが。

 それをしないということは、なにかの意図がある。


 アラタに今できることは、ユキナが隙を作るための隙を作ってやることくらいだ。

 

「さあ、覚悟はできているか?」


 爬虫類の亜人が一歩前に出て言った。

 コイツがリーダー格なのかもしれない。

 手にはオーソドックな剣を握っている。近接なのは間違いないだろう。


「覚悟? 勧誘じゃないんですか?」


 爬虫類の亜人が訝しむ瞳。

 猫獣人の二人もアラタの言葉に顔を見合わせたが、ユキナを抑えている兎人は微動だにしない。


「俺らはマスターにアラタ・トカシキをキルするようにとだけ言われている」

「なんだ、じゃあ僕とりあうってだけなんですね」


 アラタはなんの前触れもなく流星刀を抜いた。

 その動きに動揺が走る。

 アラタは敵の反応で戦力を推し量った。

 

 爬虫類と兎人はそれなりの手練れで、猫獣人の二人とヒューマンの二人は大した腕ではない。

 残りのヒューマンは完全に萎縮しているように見えた。演技だったら大したものだが、気配からだと何もわかっていない初心者が無理やり連れてこられたようにしか見えない。

 敵の戦力だけで見れば、それほど絶望的ではなさそうだ。


「おっと、変な動きはやめてもらおうか」

「戦闘前の抜刀が変な動きとは斬新な意見に聞こえますね」


 爬虫類の亜人から呆れたような視線。


「こっちには人質がいるんだよ」

「なるほど、それで変な動きをしたらどうなるんですか?」

「あの短剣がザクリだよ」


 亜人の口元から、爬虫類特有の舌がチロリと覗いていた。

 たぶん笑ったのだろう。


「わかってないのはそっちでは?」

「なに?」

「人質は無事だから意味があるんです。もしキルしてしまったら、僕は殺れるだけ殺って適当に逃げますよ。この中で僕に追いつけるのは、そこの兎人くらいでしょう」


 敵の内の何人かは、信じられないという瞳でアラタを見ていた。


「だからまあ、貴方がたはいい感じに人質を使って僕をコントロールできるようにがんばってください。準備はいいですか?」


 敵中に、明らかな動揺が走っていた。

 話が違う、全員の顔にそんな気配が現れていた。

 それは爬虫類も兎人も例外ではなかった。


 見逃さない。

 ユキナがアラタに向かって小さくウィンクしていた。

 何をするかはわからないが、脱出を試みるということは伝わってくる。


 わざわざ発声をシャウトに設定して言った。


「いきます!!!!」


 全員の緊張が爆発的に高まり、アラタに視線が集中した。

 そこをユキナが狙った。


 どうやったかは見えなかったが、抑えられていたはずの腕で兎人の腕を取っていた。

 ユキナは短剣に臆さず素早く動いた。

 まるで何度も練習したかのような淀みのない動き。

 手首を掴んだまま兎人の肘に手を当て、関節を視点に全身をコントロールして兎人を転がしていた。

 その一連の動きは、アラタの目から見ても見事に見えた。


 たったそれだけで、事態は激変した。 


 敵にとっては最悪の状況だ。

 正面からは狂気のプレイヤーが迫り、頼みの人質が脱出している。

 まだ数で勝るというのに、敵の余裕が微塵もなくなった。


 ユキナが距離を取りながらからくりを出現させる。

 これでアラタにとっての枷は何もなくなった。


 爬虫類の亜人へと、流星刀で切り込んだ。

 亜人はそれを剣の腹で受ける。

 アラタは亜人へはそれ以上の攻撃はせずに、敵集団の中心に切り込んだ。


 今アラタが最も警戒すべきは、スキルによる大規模な攻撃だ。

 キャスターがいるのかは知らないが、巻き込み覚悟で広範囲攻撃を撃たれるパターンが一番マズい。

 こうして敵の中心に切り込めば、範囲攻撃は抑制できるはずだ。

 単体攻撃ならばなんとでもなる、してみせる。

 そんな覚悟からの動きだった。


YUKINA-RES:全員やるん!?


 ユキナからの念信。


ARATA-RES:まさか。僕は7対1で勝てるスーパーマンじゃありません。出来る範囲でダメージを与えて離脱します。最低兎人だけやれれば上等ですから。移動スキルだけは残しておいてください。


 あとは敵の戦力を削いで離脱するだけだ。

 爬虫類の亜人から念信の気配。たぶん何かの指示をしている。

 兎人が起き上がっている。ユキナがトドメまでさしてくれたら楽だったが贅沢は言えない。


 真っ先にアラタに切り込んで来たのは爬虫類の亜人だった。

 兎人がそれを援護するように接近してくるのも見える。

 浮足立っていた敵集団から、ようやくまとまった殺気を感じる。


 複数の殺気にあてられて、神経が研ぎ澄まされていくのがわかる。

 多対一は苦手な分野ではない。


 アラタの網膜にバトルログが流れる。

 全員がバフなりをかけて襲ってくるのだろう。

 その中には、こういった一行があった。


ARATA-CAST>>神威カムイ

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