表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

158/202

158.追跡


 アラタの前に立ったのは、獣人の二人だった。

 ユキナのように人間に獣耳がついていたりするだけのものではなく、獣比率の高い獣人だ。

 右はライオンを模した大柄な獣人で、左にいるのは狐を模した獣人だろう。

 このタイプのプレイヤーと絡んだ経験は未だなかった。


「公衆の面ぜ……」


 ライオンの言葉を無視して縮地から行った。

 何を言おうとしていたか知らないが、そんなのは知ったことではない。

 今のアラタにとってそうして口を開くのは隙であり、隙があるからには攻める以外の手はなかった。


 超高速で移動したアラタに、相手の怯んだ気配。

 アラタの流星刀が煌めく。

 ライオンの首に綺麗に刃が滑り込む。

 そのまま刃が走り狐の腹を狙ったが、狐の回避行動は寸でのところで間に合っていた。


 アラタは刀を振った勢いをそのままに身体を回転させ、狐に回し蹴りを放った。

 命中したが、受けられた。

 が、練気を乗せて全力で放った回し蹴りは無事で済む代物ではない。

 狐が吹き飛び、周囲からプレイヤーの悲鳴が上がる。

 アラタはそれを無視して走り出した。


 まだ間に合う。

 ユキナをさらった敵の姿はまだ視界に入っている。

 ユキナが必死の抵抗をしているが、生身のからくり士の抵抗など多少動きにくくなる程度だろう。


 アラタは全力で追跡を始める。

 ユキナをさらった相手の速度は、あきらかに移動系のスキルを使ったものだ。

 全力で追っても距離がつまらない。


 敵は通行人を器用に躱しながら逃げていく。

 アラタは跳んで屋根の上に乗って走り出す。

 背後に気配。先程の狐だった。

 

 アラタは走りながら印を結んだ。

 屋根から屋根へと移るタイミングでわざと速度を落として、相手に距離を縮めさせる。 

 そうして間もなく発声した。


「雷神」


 置き雷神だ。

 避けられないタイミングを狙った。

 完全に虚を突かれた狐が自ら雷の束へと突っ込んだ。アラタはそれを最後まで見ずに追跡を続ける。


 ユキナがさらわれた。

 どうして。

 それは当然ニルヴァーナの一員だからだろう。

 メイリィが襲われた直後のタイミングだ。相手は十中十ユグドラの構成員で間違いない。

 

 しかし微妙に納得がいかない。

 なぜならユキナがさらわれようと見捨ててしまえばいいからだ。

 ユキナがやられたところで三日間ログインできなくなるだけだ。


 ユキナは女王杯の本戦に参加するメンバーではなく、やられたところで女王杯に影響はない。

 だからこそ攻撃してキルするのではなくさらったのだろう。

 人質として使うために。


 ユキナをさらった相手との距離は徐々に近づいているが、それでも追いつけるほどではなかった。

 街の外へ外へと移動しつつある。おそらくは誘導されているのだろう。


 人質、気に入らない発想だった。

 人質として使ったところで無視してしまえばいいのだ。

 ユグドラの目的は本戦に出場するメンバーをキルすることだろう。

 前にヤンが言っていたやつだ。ユグドラとニルヴァーナが揉めているという噂を流したあと、ニルヴァーナの女王杯出場メンバーが消されて不戦敗になる。

 絶好の見せしめになるわけだ。

 だがユキナは女王杯には出場しない。キルしたところで意味はないのだ。


 実利的な面だけで見れば。

 そこが一番気に食わない部分だった。

 ユグドラ側は、アラタがユキナを見捨てないのをわかって行動している。

 そして、アラタもまんまとそれに乗ってしまっている。


 アラタは舌打ちをする。

 このまま街から出るのは確実で、どこに誘導されるかは知らないが待っているのは必殺の罠だろう。


 状況はよろしくない。

 必殺の罠に飛び込もうとしているアラタは、死ねばアクセス権を失う身だ。

 さっきまでお気楽に祭りを楽しんでいたのに、一時間も経たないうちに生きるか死ぬかのドンパチに巻き込まれてしまっている。


 アラタはスキルを振ることを決断する。

 いつもこんなのばっかりだな、と内心で苦笑した。

 スキル面で少しでも対人で有利になるような要素が欲しい。

 新スキルを今更習得する気にはならない。習得して即座に使いこなせるほど自分が器用だとは思っていない。


 そうなると既存のスキルを伸ばすのが中心になる。

 忍びの心得だけは絶対に無駄にならないと考えて既に10まで上げている。

 他の候補は同撃崩だが、これは対人ではあまり有利にならないと考えている。

 対人だとクリーンヒットすればだいたいの攻撃が必殺級になる。カウンターで威力を増す必要がそこまでないのだ。


 縮地を3から5に。これでリキャスト時間が縮まる。

 練気を5から7に。最後の1ポイントは八重桜に振った。

 我ながらイマイチな振りだとは思うが、何もやらないよりはマシだった。


 レベル40までに得られる全てのスキルポイントを振ったその時だった。

 網膜に新しいウィンドウがポップアップ。

 EXスキル習得の文字。


 アラタの目的はこれだった。

 他のレベル40に達した面子から聞いていた話だ。

 EXスキルはレベル40になった時に、今までのスキル習得状況を参照して固有のスキルが発現する。


 網膜にはいかにもおめでとうございますを主張したグラデーションが表示されているが、こうまでおめでたくない状況はなかなかない。

 とはいえ、何が発現するにせよ有利になるのは間違いなかろう。


 EXスキルの名前は『神威カムイ』というらしかった。


 ウインクしてポップアップを閉じる。

 敵とアラタは既に街の外に出ていた。


 湿地帯の方向だ。

 走る音にパシャパシャと水気のある音が混じっている。

 結局街中で追いつくことはできなかった。


 少し離れた場所に、いかにもな人影が見えた。

 アラタは走りながら影の数を数える。

 5、6、逃げている1人を含めれば7人になるか。


 人質を取った状態で7人でフクロにしようとするなど大した念の入れようだ。

 勝ち抜き戦で時間をかけた分だけしっかりと準備ができたわけだ。


 7人を全滅させられるとは思っていない。

 逃げている敵とアラタがほぼ同速であるように、アバターの性能差はほとんどないのだ。

 似たような能力を持った相手7人、普通に考えて勝てるものではない。


 狙うは離脱だ。

 なんとかユキナを開放し、ユキナと協力して敵を迎撃しつつ、逃げて離脱にこぎつける。

 それしかないだろう。

 

 最悪、アクセス権を失うことになる。

 そうなったあとのことは考えないことにした。


 アラタは走る。

 必殺の罠に向けて。

 覚悟を決めて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ