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15.決死の狩り


 アラタはゼラチナスウォーグがどういう相手なのか、今更ながらに理解した。

 あまりにも単純な話だが、これは属性攻撃によってダメージを与えるボスなのだ。

 それがわかったとしても、アラタの手札には属性攻撃などという洒落たカードは存在しないのだが。


 複数人推奨。確かに。

 本来であれば、前衛が引き付けながら属性攻撃を行えるものがダメージを与えるものなのだろう。

 定期的に行われる回避不能な酸の雨はヒーラーやキャスターの仕事だ。

 事前にバリアを貼るか、被ダメージ後に回復してHPを戻せ、というものだ。


 それだけのボスで、パーティー戦の基礎を教えるために用意されたようなシンプルな相手だ。

 四人もいれば、誰も属性攻撃が行えないということはあるまい。


 もしこんなボスを相手に属性攻撃のないパーティで挑んだ場合、あるのは詰みの二文字だけだ。


 アラタはもちろんソロであり、属性攻撃など持ってはいなかった。


 敗北が脳裏をよぎる。

 悪寒ともいえる気持ちの悪い何かが体に走る。


 アラタはログアウトが出来ない身の上だ。

 そして、アルカディアのデスペナルティは三日間の強制切断だ。


 ここで問題、ログアウト出来ないアラタが強制的にログアウトさせられた場合に何が起こるのか。

 まさかそんな方法で他の領域に移動できるはずはあるまい。

 

 アラタはそこで考えるのをやめた。

 

 ゼラチナスウォーグが中央への移動を始める。


 アラタはまだあきらめてはいなかった。


 敗北をしたあとのことを考えてこのそびえ立つクソにダメージが入るなら、無限に考えてやってもいい。

 しかしそんなことをいくら考えたところで、勝率は一パーセントも変わらない。

 戦闘中に敗北後のことを考えるなというのは、アラタのゲームの師匠の教えだ。

 考えるべきは、勝つ方法なのだ。


 このボスを倒す手段は、HPを削り切るだけの属性攻撃を当てるだけなはずだ。

 なら、それをすればいい。


 アラタには属性攻撃はない。

 今は。


 忍者のクラス説明文を思い出す。そこにはこうあったはずだ。

 使い手を選び、敵を選ばない。

 ならば、できないはずはない。


 ゼラチナスウォーグが震え、アラタはそれに合わせて正方形フィールドの外に出た。

 ゼラチナスウォーグの行動がキャンセルされ、すぐさま発狂モードに入った。


 狂える酸の竜巻が、ルールを破る不届き者を罰しようと迫る。


 アラタはあらん限りの速度で駆ける。

 さきほど追われた時はゼラチナスウォーグの方が僅かに早いはずだったのに、正方形フィールドに戻った時には微かな差が出ていた。

 これは直線軌道ではない場合、アラタの動きのほうが若干ながら早いか、悪くても同等であることを意味するはずだ。


 ならやれる。

 なら、やる。


 アラタは自分に集中しろと言い聞かせ走る。

 ここから先はミスできない。


 木々をなぎ倒す竜巻に追われながらアラタは探す。

 さきほどゼラチナスウォーグが発狂した時、巻き込まれたコボルトが存在した。

 つまり、この山道にはまだ雑魚敵が存在するわけだ。

 

 そして、アラタはあと三体ほど雑魚を倒せばレベルが上がる段階にある。

 

 ならば狩りをしよう。


 発狂したゼラチナスウォーグに追われながら。

 

 地雷原で狩りをするようなものだが、人は時として地雷原で狩りをしなければならない。

 特に、複数人推奨のコンテンツに属性攻撃を持たずソロで突入してしまった場合などには。


 一匹目はすぐに見つかった。

 辻斬り上等で距離を詰め、その胸に忍者刀を滑らせて仕留めた。


 アラタは一秒も立ち止まらずに次の獲物を探す。

 腿まで届く草を強引にかき分けて進む。

 ゼラチナスウォーグの姿は確認しない。

 背後から迫る不快な音で見ずともわかるからだ。

 そんなものを見ている暇があったら次の獲物を探す。


 二匹目を見つけ、同じように処理した。

 絶対に外せない攻撃を見事にクリティカルで処理していく。

 網膜に映る経験値表示があと一歩のところまで貯まっている。


 最後の一匹はそれまでの二体より時間がかかった。

 しかも、そのコボルトはこちらに気付いていた。


 アラタが背後に死の竜巻を背負っているというのに、コボルトは意に介さずアラタと対峙する構えだ。

 アラタとコボルトが交差する。


 アラタはそのまま駆け抜け、首を狙った。

 命中はした。

 経験値は入らない。

 ということはつまり、一撃でトドメをさせなかったということになる。


 痛恨であった。

 緩やかな曲線を描いて軌道を変えていく。

 次なる獲物を探すが、視界には何もいない。

 ここでアラタは二択を迫られた。

 

 行くか、戻るか。


 戻るのは無茶苦茶である。

 なにせ、発狂したゼラチナスウォーグを躱して行かなければならないのだから。


 それでも、選択肢に上がるだけの理由はあった。

 

 三匹目のコボルトを見つけるのには時間がかかった。

 それに、四体目のコボルトはすぐに見つかる気配がない。

 これがたまたまであれば問題ない。


 もしアルカディアのダンジョンの仕様が、一定体数しか雑魚が出現しないようなものだったらどうなるのか。

 そうなったら、四匹目は永遠に見つからない可能性がある。

 雑魚敵の経験値の美味さを考えると、ないとは言い切れない仕様であった。


 決断は早かった。


 アラタは滑るように勢いを緩め、振り返る。


 竜巻のような、あるいは蛇のような、現時点では戦えると思えない姿のゼラチナスウォーグが視界に入る。

 アラタは直線に進み、激突の瞬間に直角に近い横っ飛びをした。


 引っ掛けた。

 

 想定よりもゼラチナスウォーグの突進が早く、左足がその体に触れてしまった。

 42あったHPが一気に22まで削られる。


 それでも反転に成功した。

 

 アラタは走り、さきほどのコボルトを再度視界に収めた。

 コボルトのHPが見える。


 HP 1/22


 乱数だったら不運という他ないが、不運を呪っているような暇が今のアラタにはない。

 通り際に刃を袈裟に食い込ませ、コボルトの姿がかき消え去る。


 経験値とマニーが入り、レベルが4になった告知が網膜に表示される。


 背後からは再びゼラチナスウォーグの気配が迫っていた。

 

 アラタは直線にならぬようにジグザグと動きながら正方形フィールドへと戻る道を行き、その道すがらスキルポイントの振り分けを呼び出した。


 集中しろ。アラタは再度自分に言い聞かせる。


 ルートの選定に九、スキルの振り分けに一の意識を割いてアラタは逃げに逃げる。


 スキルのアクションをポイントし、忍術の一覧が表示される。


 火遁

 水遁

 土遁

 風遁

 雷神


 アラタは一目で雷神に決めた。

 なんでこいつだけ神なのか知らないが、いかにも強そうだ。だって神だし。

 それに、ゼラチナスウォーグの液体状の体に電撃は有効であるように思えた。


 本当にスキルポイントを振っていいかという質問に瞬きで了承。


 意識に、結ぶべき印が流れ込んでくる。


 背後の物騒な轟音が鳴り止むことはなかったが、もう正方形フィールドは目前だった。


 アラタは忍者刀を納刀し、両手でたった今意識に流れ込んできた印を結ぶ。


 数分と経っていないのに、正方形フィールドが酷く懐かしく感じた。

 アラタが逃げ回った道なき道とは違い、草は低く、障害物もまるでない。


 印は既に結び終わっている。


 アラタはフィールドに飛び込むやいなや身を翻した。

 目の前には発狂モードから戻ったゼラチナスウォーグが姿を変えようとしていた。


 アラタは右手を突き出し、親指から中指までを立て、銃の真似をしている形を作り、狙いを定めた。

 ゼラチナスウォーグは元の姿に戻り、動き出そうとしていた。

 アラタの指は、ゼラチナスウォーグの核を指している。


 忍術は、手で印を結んだのち発声することで発動する。


 言う。


「雷神」

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